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「看護師から起業家を目指す」幾度もの挫折を経験したいわこさんが見つけた看護師以外のキャリアとは?

この記事は自主企画インタビューとして、執筆いたしました。
想定媒体:看護師の多様なキャリアを提案するオウンドメディア
ペルソナ:看護師、女性、29歳、子どもと夫と3人暮らし
ペルソナの悩み:それなりにやりがいを感じながら働いているが、今後のキャリアについて悩んでいる。看護師以外の仕事を経験してみたいと思っている。

今回は、「看護師が見つける看護師以外のキャリア」をテーマに保育士兼看護師であるいわこさん(https://twitter.com/yururiha_iwako)に自身のキャリアについてインタビューさせていただきました。

いわこさんは保育士から看護師にキャリアチェンジしましたが、息子さんの不登校や過酷な労働環境により、看護の現場から離れることを余儀なくされました。現在は、コミュニティ運営をする傍ら宿の運営を目指し、ビジネスコンペにも挑戦中というユニークなキャリアの持ち主です。

看護師としてのキャリアや転職に悩んでいる方はぜひ記事を読んでみてくださいね!

キャリアのスタートは保育士、何度も挫折を経験しながら看護師に

キャリアのスタートは保育士

保育士時代のいわこさん

ーーー自己紹介をお願いします。まず、看護師を目指したきっかけはありましたか?

弟が白血病で亡くなっていて、当時担当だった看護師さんが家族と一緒に泣いてくれたことにとても感動しました。それがきっかけで看護師になりたいと思うようになったんです。

ーーーそうだったんですね。これまでの看護師としてのキャリアや働き方について教えてください?

実は、私のキャリアは保育士から始まっています。高校生のとき、環境の変化や授業についていけず退学した経験があるのですが、そのときに看護師になる夢をいったん諦めていまいました。その後、通信制の高校に通い直し、先生の勧めで保育士を目指すことになります。保育士として働いてみたら意外と楽しくて、向いていると感じていました。

ーーー楽しかったのになぜ、保育士から看護師にキャリアチェンジしたのでしょうか?

業務の一環で発熱した園児の保護者に連絡したとき、「ほかの保育園には看護師さんがいてちゃんと見てくれてたのに!ここは看護師さん1人もいないんですね!」と言われ、はっとしました。看護師になりたいという夢を思い出したんです。

当時、まだ20代でしたし、「通うなら今だ!」と思い立ち、働きながら准看護師の学校に通い、トータル5年間かけて正看護師になりました。

息子が不登校になり、退職せざるを得ない状況に

病棟看護師時代

ーーー現在は看護師をしていないと伺いました。看護師の仕事を辞めた理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?

看護師としては、新卒で急性期病院に就職し、3年勤務しました。その後は、結婚や出産、自宅の購入などライフステージの変化に合わせて児童発達デイサービスや特別養護老人ホーム、保育園などで看護師として転職しています。

直近では、児童発達支援施設の管理者として働いていましたが、仕事が忙し過ぎて精神的に参ってしまったり、息子が不登校になり、物理的に仕事を続けられなくなってしまい退職。私の看護師としてのキャリアはそこでストップしています。


看護師からでコミュニティの代表へ

コミュニティ「ゆるりは」HPより

家族を守るため、看護師を離職

ーーー現在、発達障害やグレーゾーンなどのお子さんを育てる家族向けコミュニティ「ゆるりは」の代表をされているとお聞きしました。看護師からコミュニティの代表になるまでのいきさつを教えてください。

息子が小学校に入学してまもなく、「学校に行きたくない」と言い出したんです。でも、うちは共働きだったし、近くに親戚も1人もいません。そのころは一軒家を購入し、ローンを返済していたので仕事は絶対に辞めるわけにはいかない!という強い気持ちもありましたね。

なので、最初はどうにか登校させていたのですが、しばらくして息子が「死んじゃいたい」と口にしました。その言葉を聞いて、無理に登校させるのをやめ、仕事も辞めました。

病院を受診した結果、息子は発達に凸凹*1があるとわかり、息子に合う学校を探し始めたのですがこの時期は本当にしんどかったです。


フリースクールでの出会いが「ゆるりは」立ち上げの始まり

コミュニティ「ゆるりは」HPより

ーーーコミュニティ「ゆるりは」を立ち上げるきっかけはあったのでしょうか?

仕事を辞めてしばらくは、経済的ダメージやいつまでもサポートが見つからない不安に苛まれ、1人で悩み孤独に陥っていました。でも、藁にも縋る思いで参加したフリースクールの家族会でロールモデルとなる親子に出会え、それが転機となったんです。

当時の一番の悩みは、通わせたいフリースクールはあるが、自宅から遠く、通学のために家を売る必要があることでした。フリースクールの家族会には、偶然、私たちと同じ境遇の家族も参加しており、勇気を出してその悩みを打ち明けてみることに。

すると、ご夫婦は「もう大正解!本当に家を売る決断をしてよかった。このフリースクールに息子を転校させてから、登校できるようになったし、今は地域の学校にも時どき通っていますよ」笑顔で話してくれました。その言葉に背中を押されて、「家を売る」という私たちにとって大きな大きな決断をすることができました。結果的に息子はそのフリースクールには行きませんでしたが、特認校*2に通えてます。

家族会での経験をきっかけに、不登校や発達障害についても学び始め、専門家から「子どもは雑談、大人は息抜きが不登校支援では大切」*3というのを聞きました。フリースクールの家族会で私が救われた気持ちになったのは、息子が雑談できる場所を見つけ、自分自身も息抜きできたからだと気づき、私もそんな場所を作りたいと思ったのが『ゆるりは』の始まりです。

誰もがのびのび過ごせる宿を島で運営したい

いわこさんが入会された起業塾

起業に向けて入塾、ビジコンにも参加中

ーーー最近、起業塾にも入会されたと聞きました!

はい、自然体験ができる宿を島で運営するのが今の目標で、実現に向けてビジネスコンペティションにも挑戦中です!

起業塾に入ったのは、同じ目的を持つ仲間に出会えることで自分自身が感化され、“起業を成し遂げる”という意欲を高められると期待したからです。あとは、起業塾の代表と面談したとき、実際に夢を叶えた人を頼ることは、夢への近道になると感じたからですね。

ーーーすごい!しかし、なぜ宿の運営を目指しているのでしょうか?

先日、私の地元である長崎県五島市に家族で帰省したんです。五島では、漁師である父の定置網漁を見に行ったり、釣りや魚を捌くのを見たりして過ごしました。私にとっては当たり前の島の風景なんですが、息子はとっても楽しそうで、帰るころには「漁師になりたい」と言うように!

息子さん釣りに挑戦中

実際、大阪に帰ってからも言い続け、体力をつけるために空手を習いだし、水が嫌いで一切プールの授業を受けなかったのに、今では毎週のようにプールに通っています。島には子どもの未来を変えるきっかけが潜んでると思うのです!

五島市の風景

行事に参加できなかった、修学旅行に参加できなかった不登校や発達に凸凹のある子どもたちとその家族が誰にも縛られずのびのびに過ごせる宿を、みんなの別荘を作りたいんです。

「看護師免許を持ってますよ!」の勢いで色々なことにチャレンジして欲しい

ーーー最後にキャリアや転職に悩む看護師にメッセージをお願いします。

看護師の免許を持っていると、周りにも「せっかく国家資格を持っているんだから」と言われたり、自分でも「もったいないな」と思ったりして、“看護師として働かなくちゃいけない”と刷り込まれ、看護師の仕事だけを探しがちですよね。
でも、コミュニケーション能力や看護師的視点は、他の業界でも活かせる場面がたくさんあり、必要とされている実感があります。「私、看護師免許しか持ってない」と言う人がよくいますけど、「看護師免許を持ってますよ!」の勢いでいろいろなことにチャレンジして欲しいですね。

看護師の仕事がすべてではないし、自分の能力に見合った場所で、自分が1番輝ける場所を探すのが1番。まずは自分が幸せに過ごせることが大切ですし、社会にも貢献できると思っています。

ーーーなるほど、ちょっと視野を広げて、看護師以外のいろんな世界を覗いてみてほしいですね。
いわこさんは結婚、出産、育児、転職、さまざまな経験をしたからこそ、非常にたくさんの視点をお持ちだと感じました。これからもコミュニティの発展が楽しみです。今回、取材を受けてくださりありがとうございました。

*1 子どもの発達には大きな個人差がありますが、その偏りが大きい場合に「発達に凸凹(でこぼこ)がある」と表現されます すくすく子育てchより

*2 特認校とは、従来の通学区域は残したままで、特定の学校について、通学区域に関係なく、当該市町村内のどこからでも就学を認めるもの 文部科学省HPより

*3 児童精神科医 本田秀夫医師の講座より抜粋
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