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モノラルの音楽プレーヤーをデザインした理由、そして音楽の未来

主に一側性難聴者をターゲットにしたモノラルミュージックプレーヤーアプリ「New Monaural」を今月にリリースしました。ステレオの楽曲をヘッドフォンの片側だけで聴いたとき、一般的なモノラルとは違うサウンドで音楽が楽しめるようにデザインされたものです。

クライアントワークと並行しながら個人プロジェクトとしてずっと進めてきたのですが、初期の企画から完成までに3年もかかってしまいました。長過ぎですね。

設計や開発はもちろん、「なぜモノラル再生なのか」「本当にそんなものが必要なのか」といった問いに対して、自分なりの答えを発見するのにも時間を要しました。リリースまでこぎつけられたのは、ユーザーインタビューなどから学びを得たことも非常に大きかったです。それくらい、コンセプト設計の詰めの部分でひたすらに悩みました。

ということで、今日はNew Monauralの背景にある、自分の考えを書きたいと思います。

通学と音楽の日々

高校時代のことから話します。1990年代。iTunesもYouTubeもSpotifyもない、そもそもデジタルオーディオという言葉すらなかった頃です。

当時の通学経路には、クラスの音楽小僧たちの御用達となっていたCDレンタルショップがあり、放課後に寄って洋楽のコーナーを徘徊するのが常でした。アルバムを試聴し、借りてきたCDをマクセルだかソニーだかの60分テープにせっせと録音する。それを学生鞄に2、3本つっ込んでおいて、通学の電車に揺られながら安物のヘッドフォンステレオで聴く。

2018年の今と比較すれば、笑えるほどローテクなミュージックライフでしたが、それはそれで楽しかったものです。ただ、自分には不便に感じていた問題がひとつだけありました。

まだ聴き慣れていない曲を通学中にプレイしているとき、変だなと感じることが時々あるのです。感覚で言うと、30曲に1曲くらいの割合。曲間のインターバルでもないところで無音が続いたりとか、まるでカラオケのようにスカスカのアレンジになる瞬間があるとか。「えっ、こんな感じなの?」と思って自宅のステレオで聴き直してみると、違和感なく普通に聞こえる。通学中に聴いていたときと差異がある。

その原因は、まあ最初から薄々は分かっています。「難聴」です。自分は左耳の聴力がほとんどない一側性難聴者なので、ステレオのヘッドフォンで音楽を聴いているとき、左側のチャンネルで鳴っている音が聞こえていないのです。

音楽と定位

それでも、ほとんどの場面では何の問題ありません。困るのは時々で、左側だけにヴォーカルや楽器を振り分けるように音像定位が作られているパートが出てきたときだけ、それは不自然なサウンドとして聞こえます。プロデューサーやミキシングエンジニアが楽曲に込めている工夫が、自分にはむしろ災いしているわけです。
例を挙げてみます。

Lenny Kravitzの有名曲です。ギターのリフがオクターブ違いで2本弾かれていて、それが左右のチャンネルに完全に振り分けられています。一側性難聴者にとっては最悪といえるパターンです。

Dream Theaterの「Awake」に収録されているインスト曲。3:24あたりからギターで弾かれているメロディがほぼ左チャンネルでしか鳴っていないため、自分には何かが足りないように聞こえます。まるでギター・カラオケみたいに。

これは高校時代に聴いていたものじゃありませんが、Jónsiのソロアルバムの曲です。声を楽器のようにして作られているイントロのハーモニーが複雑で、片側のチャンネルだけだと不自然に感じるところがあります。

こういった曲をヘッドフォンで聴くときに遭遇する不便さは、少なくとも自分は致命的な問題とまでは思っていません。ステレオで聴いているときに曲を覚えてしまえば、ヘッドフォンのときに多少の違いに気付いても「あ、そう」という感じです。好きなギタリストのソロパートが全然聞こえなくても「はいはい、知ってた」みたいな。

通学の満員電車の中で、そういった数十秒間の不都合を「ま、いいか」と思ってずっとやり過ごしてきました。モノラルのイヤフォンや変換ケーブルがあることはもちろん知っていましたが、そういった手段を使いたいとは思いませんでした。

そして時代は変わり、今はiPhoneで音楽を聴いています。Appleはアクセシビリティにも当然配慮しています。iOSの設定(「一般」-「アクセシビリティ」)には「モノラルオーディオ」という機能が用意されていることを知っていますか?

この子をONにするだけで、ステレオの楽曲をモノラルに変換して聴くことができます。ステレオでは聞こえなかったサイドギターのリフも、あのソロも、それでばっちり聞こえるはずです。

ところが、この機能の存在を知ったあとでも、自分は使う気になれませんでした。なぜでしょうね。馬鹿なのかもしれません。せっかく機能が実装されているのに。

でもこれは、自分が難聴のことをどう思っているのかを、改めて見つめ直すきっかけになりました。

一側性難聴者の日常

一側性難聴者の日常は、聞こえにまつわる細かな問題にどう対応するか、その準備とアジャストの繰り返しだと言えます。

片耳が聞こえないという制約があるので、音の方角がよく分かりません。聞こえない側からやってくる音を反対側の耳でとらえるには、静かな環境や、狭く閉じた空間などの助けが必要だったりします。

そういった制約によって最も影響を受けるのは、対人のコミュニケーションです。これは音楽を聴くというパーソナルな行動よりもずっと深刻な問題を伴います。たとえば電車や、賑わっているカフェなどの騒音環境の中では、話し相手が自分の聞こえない側にいるだけで、会話がほとんどできなくなります。

コミュニケーションの相手は、もちろん各自の意思で行動しているので、一側性難聴者に都合の良いように振る舞ってくれるわけではありません。静かな店で飲みたいとか、この席に座りたいとか、私たちは自分の希望を常に持っていますが、状況によってはそれを相手に伝えることが難しかったり、コンテキスト的にふさわしくなかったりする場合もあります。それでも「まあなんとかなるかも」という甘い考えで状況に臨み、結局ろくに会話ができなかったなんてことはあるあるです。

普段は健聴者とあまり変わらないのに、シチュエーションによって制約があるというハンディキャップの微妙さこそが、一側性難聴者が直面している困難です。難聴という自分の個性を、ことあるごとに手を挙げて宣言したいほどのことではない。だから、関わる人たち全員にこちらの都合にあわせてもらうのではなく、自分でアジャストするだけで済むならそのほうが嬉しい。そしてうまくいかなかったときは、運が悪かったと思って静かに受け入れる。そんな感じの日常です。

切望しているのは、難聴のことで落胆せずに済む平和な一日だったりします。自分の中でなにかを諦めたり、残念に感じたりせずに済むような。

「ステレオを捨てる」のではなく。

iOSのモノラルオーディオを使う気になれなかったのは、おそらくこの機能に「ああ、これで俺はステレオを捨てるんだな」という諦めの必要を感じたからだと思います。何かを失って、その代わりに不都合を少しだけ解消する。楽曲の意図などをスポイルして、とりあえずモノラルにする。それが果たして自分の望んでいることなのか、とか。

設定画面のさほど深くない階層にあり、1タップで有効にも無効にもできるのなら、ユーザビリティ的には問題ないはずです。これ以上分かりやすくも、シンプルにもしようのない機能とUI。ですが、ユーザー体験の面で言えば、必ずしもそれで十分だとは限りません。ONとOFFの間にはユーザーの決断があり、その決断の前後には、大げさに言えばユーザー自身の過去と未来が関わってくる。機能上の手軽さやシンプルさと、ユーザーがそれにどのような意味と重みを感じるかは、この場合は何の相関関係もありません。

先天性の一側性難聴者である自分は、ステレオとは一体どういうものなのかを正確には知りません。ですが、ステレオスピーカーで音楽を聴いたり、ライブに行ったりすれば、音の広がりのようなものは当然感じます。片耳難聴であっても、決して単純に左右のチャンネルをひとつに合わせただけのモノラルな世界に生きているわけではないのです。

New Monauralの基本コンセプトは、そのシンプルな事実を発見したときに生まれました。

一般的なモノラルとは違い、左右のチャンネルを音場空間の中でミックスし、一側性難聴者が普段(ヘッドフォンを使わずに)音楽を聴いている時の音のバランスをモノラルで再現します。(公式サイトより)

New Monaural、そして音楽の未来

ステレオではなくても、普段通りの感覚で音楽が聴ける。デザイン的にも優れている。楽曲の左右のチャンネルに関する情報がビジュアルで分かり、それが様々な曲でどうなっているのかを統計的に見ることもできる。ステレオをモノラルへとスポイルするのではなく、新しいモノラルの概念を生み出す。それがコンセプトの根幹であり、究極の目標になっています。

公開したばかりで、改善の余地だらけです。まだアプリ名称に名前負けしているようなレベルですが、辛抱強くサービスを続けていく所存です。

残念なのは、iOSの仕様により、再生機能にどうしても制約が出てしまうことです。クラウド上にある曲、そしてサブスクリプションの楽曲では、特殊なモノラル再生をおこなうことがでません。それらは楽曲のファイルをデータとして活用できないようになっているためです。

音楽ビジネスの主流は、楽曲の販売からサブスクリプションモデルに移りつつあり、それはリスナーや開発者が音楽をデータとして自由に扱える可能性が減っていくことを意味します。New Monauralのようなアプリは近い将来に開発しづらくなる可能性が高いです。個人的にはそれを危惧していますし、そうなる前に、例えばモノラル向けにミックスした楽曲そのものが配信されるようになるとか、そういう発展的な未来がやってくるといいとか。そんな風に思っています。

To be continued.

デザインや開発についての具体的な話がなくてすみません。長くなったので別の機会に書ければ書きます。

【お知らせ】アンケートを実施しています!

Emotionaleでは片耳難聴者の方向けに音楽に関する匿名のアンケートを実施しております。New Monauralをお使いになったことがない方でもまったく問題なくご回答頂ける内容です。音楽への思いやハンディキャップに関することなど、皆さんの声をお寄せください! アンケートフォームはこちらです。


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hirokimu

フリーランスのデザイナー/デベロッパー。アプリやサービスなどのUXディレクション、設計、デザイン、開発を手がけています。 https://www.emotionale.jp/

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