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写真の話#01

写真遊び。
自分が子供のころ初めて持ったカメラは黒いボディにオレンジ色でMINOLTAと銘が打たれたコンパクトカメラだった。
飽き性の父が使っていた物をおさがりで譲り受けたのか、はたまた祖父のものであったのか、今となっては確かめようもない。特に写真に興味があったわけでもなく、家族旅行の先で親を撮ったりする程度の遊びの延長だった。ソフトクリームを食べている母親を写して「なんでそんなとこ撮るの!」と怒られたのは今でも覚えている。しかし、今もアルバムに収められている子供の目線で撮られたその写真はブレも含めて良い一枚だ。
後年、良いと思ったらシャッターを切れ!結果は数年後にわかる。なーんて書かれた一文を目にして「はいはいその通り」と思ったものだ。
当たり前である。シャッターを切らなければ何も生まれないのが写真だ。意味なんて後からいくらでもついてくる。

遺品。
祖母より抗えない重さを持って自分に渡されたのは祖父の
「ASAHI PENTAX SPOTMATIC」 通称PENTAX SPだった。幸運なことに初めてのレンズが Super-Takumar 50mm f1.4 。このレンズは今でも特別な1本だと思っている。描写性能うんぬんの話は置いておき、この単焦点レンズの写りにすっかり魅了されてしまった。色々なところで色々なものを撮った。シャッタースピード、絞り、ピント、全てこのカメラが実践の中で失敗と共に教えてくれた。20代のややこしさと未熟さにはぴったりのカメラだった。
オートバイの後ろに乗せたりと随分手荒に扱ったものだが、今のところひどい故障はない。受け取った時よりは随分と色褪せてしまったけれど。

復活。
生活の変化とともに写真にのめりこむ時間がオートバイにのめりこむ時間にすり替わった。しばらく期間は空いてしまったが、デジタルカメラの隆盛と共にPENTAXのデジタルカメラを手に入れた。目的は一つ、祖父のカメラについていたレンズをデジタルカメラにつけて写真を撮ることだ。
すぐにアダプターを買った。マウントスクリューの Super-takumar がこのアダプターで全て使用できるようになるので「悪魔のリング」とも呼ばれている。

そうして開かれたデジタルカメラでの写真の道は、すそ野が広がりすぎてしまい、今ではデジタルとフィルム、中版フィルムまで入り混じった何でもござれな状況になっている。相変わらずデジタルのプリントもフィルムのプリントもする。紙にしない写真は自分の中で価値が落ちる。次のアルバムを探しているうちにプリントした写真がたまってしまう。
撮るものはあまり変わっていない。日常の美しさに抑揚をつけながら今も写真を撮り続けている。

アルバムを整理していると、ソフトクリームを食べている娘の写真がでてきた。つい先日撮ったものだ。ブレてはいないし目線もこちらを向いているが、驚くほど昔撮った母に似ていた。
命は巡る。写真はそれを淡々と記録する。

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岡田さん

写真を撮るのが好きです。風景、人物、動物、食べ物、気が向けばなんでも撮ります。情景が好きです。PIXTA : https://creator.pixta.jp/@hirookadaphoto で写真も販売しています。アイスコーヒーが大好きです。よろしくおねがいします。

エッセイ

ちょっと長めのお話です。
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