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  • 短編など

    突発短編集です。各話に世界観の繋がりはありません。

  • アギラ -たそがれの國-

    この小説群は、綿谷真歩さんの創作長編小説「たそがれの國」の世界観をお借りしています。 ※2018/2 改訂

最近の記事

七リーグ靴って知ってるか? 一歩踏み出すだけで七リーグ先までジャンプ出来るっていう、便利な魔法の靴だ。もちろん、そんなものは寝る前の子供に読み聞かせするための絵本や童話の中にしか存在しない。 存在しないはずだった。つい最近まで。そんなデタラメなものは。 だが奴らは作った。そして俺にそれを履かせた。 魔法の七リーグ靴との違いはただひとつ。その靴は時間すら跳躍する。 仕事は単純だ。最も古い時代に辿り着くこと。そして、もし可能なのであれば、そこからさらに先へ進むこと。 我々はどこ

    • α

      その現象は白鯨と呼ばれた。 過去の威光だという奴も居るし、ただの自然現象だという奴も居るし、ごくまれに主と仰ぐカルトめいた奴も居る。 だが結局、空を行く巨大なそいつの正体を誰も知らない。私達にはもうかつてのように空を飛ぶ術は無い。 だからその白鯨はαと呼ばれた。 αが姿を見せるのは決まって少し汗ばむような晴天の真昼だ。 始めは空気を凍らせて固めたかのような輪郭だけがうっすらと空に浮かび上がる。優美な曲線が太陽にきらめく。やがてそれは徐々に白く変色していく。白濁し、濃くなり、

      • 始点

        天国が駅の形をしているとは思ってもみなかった。僕が読んだことのある本だと、そこはいつも夕方だった。 夜の来ない夕焼け、遠くに青い海がどこまでも広がっていて、みんながそこへ還るために長い列を作っているから、辛抱強く順番待ちしなくちゃならない。けれど、人々は誰もが怒りや悲しみを忘れ、優しく親切だから、順番を争って喧嘩になることは無い。 僕は漠然と、天国はそんなような場所だと思っていたのだ。いや、願っていた。沢山の優しい人が僕を待っていてくれると良いなと。 死の予感は前々から感じて

        • 虎の過日

           大きな嵐が地球を覆った時代があった。僕が生まれるよりも前の話だ。僕は次の夏で十五歳になるけれども、空はいつも晴れてばかりで、曇りはおろか嵐なんて一度も見たことがない。だから僕は、その時代を経験した父さんや母さんから嵐の話を聞いて、その様子を想像する。  雲は地面に触れんばかりに低く厚く迫り、地層のように黒く黒く押し固まって地球の全土を覆う。風、雨、時々雹(ひょう)、そして雷が雪崩のように降り注ぐ日々だ。  日常的に嵐を経験していた父さんたちの世代でさえ、その嵐を異常な嵐と見

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        • 短編など
          17本
        • アギラ -たそがれの國-
          27本

        記事

          あらまし

          「皆さん、虫を集めてはなりません」  それが今朝テレビを付けて最初に報じられたニュースだった。 「集合した虫たちは大変危険です。一匹ではそれほどでなくとも、集合した虫たちには我々を遥かに凌ぐ知性と自我が宿るからです。皆さん、虫を集めてはいけません。虫を集める可能性のある行動を取ってはなりません。例えば、食べ残しを含めたゴミを外に5分以上放置してはなりません。人も動物も死んだらすぐに焼却しましょう。花は咲かせてはなりません。田畑を耕作してはなりません。食料は、一定期間を置いて順

          あらまし

          大きな車輪

           特に何もしなくてもなぜか国語の成績だけは昔から良かったんだよなあ、というのが、友人がおれに漏らしたささやかな自慢だ。  友人は名を葉(よう)という。葉とおれは、今年同じ大学に入学したばかりの同期生だ。葉は文学部で、おれは法学部だけれども、同じ英語の講義を取っていたので話をするようになり、二ヶ月ほどが経って今に至る。  人と触れあうことを彼は恐れたことがないのだ。初めて葉と話した時の第一印象がそれだった。幼少期から引っ込み思案で、人見知りの気があるおれからすればその人懐っこい

          大きな車輪

          常空の丘(後)

          << 前   目次 また、数日が過ぎて、ハイクは王都へと戻っていた。 荷物をすべて引き払う、といっても、元々が元々の狭さなので、大して重労働でもなかった。五年暮らした部屋がこんなにも呆気なく片付くのかという思いもあるにはあるが、無意識のうちに、いつかこういう時がくるかもしれないと物を増やさないようにしていたのかもしれない。家具はすべて売り払い、それでも一番大きな本棚と、青い椅子を残したのはアリアのためだ。きっと泣かれる、と思って、別れは言わずに発つことにした。 壁と床を洗い

          常空の丘(後)

          常空の丘(前)

          << 前   目次   次 >> 一晩。たったの一晩で、國の内情が一変した。 各地を襲う厄災、天災、魔獣の群れ、國土を飲み込む有象無象かつ千差万別、多種多様の現象を、分類するに分類できず、名付けるに名付けられず、そうしているうちにただ曖昧な総称として“黄昏”と呼ばれるに至った正体不明の存在が、現実に対処可能な物体として定義され、白日の下にその輪郭が晒された意味の大きさを理解できない者が、果たして國にどれほど居るだろう。それだけでなく、黄昏を引き起こす原因となっているのが、希

          常空の丘(前)

          我らの物語

          << 前   目次   次 >> 両足が、凹凸の目立つ堅い煉瓦を踏んだ。胸の内側に、竜が舞い戻ってくるのを感じる。空白に、あるべき質量の物がずしりと収まり、落ち着く感覚。湿った濃厚な緑と土の匂いを深く吸い込んで、ハイクは静かに目を開いた。 目の前に、セイファスとアザレアが立っていた。心配そうな二対の目がハイクをじっと見つめている。ハイクは穏やかに、二人に笑いかけた。瞼の裏には未だ、苛烈な西日の名残がちかちかと瞬き、火花を散らしている。 「ゆりかごは消えた。でもって、中で眠っ

          我らの物語

          飛翔(後)

          << 前   目次   次 >> 事は起こった。 銃口から飛び出した透明な弾丸は、真っ直ぐに大鷲に向かって飛んで行き、寸分違わず、胸に宿った小さな錠を撃ち抜き、そして、大鷲の体を貫いた。痛みも、衝撃も、感じなかっただろう。眠りから覚めた瞬間のように、大鷲の巨体は、わずかに揺れ動いただけだった。 ゆりかごを封じていた錠は砕け散り、砂よりも粉々になって、朝の霧が爽やかに晴れるように、大鷲の体内から消え失せた。 こうしてハイクの友は、真の自由を得た。大きな体の全身に、屈託の無い

          飛翔(後)

          飛翔(中)

          << 前   目次   次 >> 家に戻ると、セイファスが二階から下りてきたところだった。よく眠れたかね、と聞かれ、ああ、と頷いて、それだけだった。 支度を終えると、ハイクとセイファスは大通りに出た。太い通りの中央に、一隻の小さな白い飛行船が泊まっている。セイファスが呼んだ迎えとは、このことだったらしい。側に立っていた操縦士らしき男が、こちらに気付いて駆け寄ってくる。セイファスに似てすらりと背が高く、飛行士が好んで着る、道具入れが沢山付いた分厚い皮の外套を身に纏っていた。

          飛翔(中)

          飛翔(前)

          << 前   目次   次 >> ついに、真実を手に入れた。ハイクはすべてのあらましを知り、そして今こそ初めて、己が真に成すべきことを、自分がこの地に導かれた本当の意味を理解した。条件は整い、真なる浜への道は開かれた。結局のところ、ハイクの足元に敷かれていたのは、迷いようもないほどに整然と整えられたただ一本の道筋であり、予定されていた題目であり、長い物語のほんの一節に過ぎなかった。 つまみ上げた弾丸は、限りなく透明でありながらも、珠であった時の虹のきらめきをそのままじっくり

          飛翔(前)

          アギラ(後)

          << 前   目次   次 >> また、別の景色が現れた。男が、薄暗く湿った廊下を明かりも持たずに歩いていく。窓はなく、地下のようだ。廊下の両脇にはいくつもの独房が連なっていた。狭苦しい独房は、空のものが半分、もう半分には、ルドラと思われる異形の人々が収容されている。実際に目にしたハイクの祖先達は、誰もが人型の魔獣と大差ない容姿だった。皆床に横たわったり、壁にもたれてこちらを睨んだり、おかしな唸り声を上げたりしていて、姿形に差はあれど、地下牢に居る誰もが、繰り返された戦いで

          アギラ(後)

          アギラ(前)

          << 前   目次   次 >> 人の話し声が聞こえる。それを認識した瞬間、ハイクは自分が、今までとは全く異なる部屋に立っていることに気付いた。浜に落とされた時のような転移の術かと思ったが、そうではない。耳に入ってくるざわめきが、すべて古代の言葉だ。頭の中で翻訳するまでもなく、その言語は不思議とハイクの耳に馴染んだ。像の効果なのだろう。 銀色の広い部屋だった。先程絵で見た実験室に似ている。角ばった黒い装置があちこちに据え付けられ、その隙間を、沢山の人々がせわしなく行き交って

          アギラ(前)

          嘆きの谷(後)

          << 前   目次   次 >> 歩き始めた廊下の床には、一つの国の興りと繁栄の様子が描かれていた。鉱脈を掘り当て、富を得た開拓民。集落は村へ、村は街へ、街は都市へと発展し、人々は財に恵まれ、生涯の豊かな暮らしを約束される。 「だが、それも長くは続かなかった」 絵の先を示し、セイファスは声を落とした。 「強大な帝国となった黒の谷は、より大きな富を求めるあまり、いつしか他国から略奪と搾取を繰り返すようになっておった。他者の恨みか、己の欲か、長く積もった種火はやがて巨大な炎とな

          嘆きの谷(後)

          嘆きの谷(前)

          << 前   目次   次 >> “黒の谷”の場所は、大鷲が知っているという。テントに戻ってウルグ達とクラッカーと干し肉の朝食を摂ったあと、二人が沢に水を汲みに行った隙を見計らって、ハイクはフィデリオから貰った地図を開き、大鷲に聞いて目指す地点を確かめた。目測で、歩いて四日ほどの距離だ。その後、ハイク達はテントを引き払い、支度を整えて、森の入り口まで引き返した。ウルグとルーミは、これから工房都市スクイラルへと向かうらしい。つまり、東だ。ハイクが向かわなければならないのは北だ

          嘆きの谷(前)