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友達がいないことについて

 友達っていうのは無理して作るものじゃないし、「わたしたち友達だよね」って約束するものでもない。友達がいないって、恥ずかしいことじゃないし、別に普通のことやと思うな。

 僕はそもそも群れるのが得意ではないし、頻繁に会うような友達はいない。でも寂しいとかそんなこと思ったことはない。だって、周りにはいい奴ばっかりやからね。もちろん気が合わない人もいるけど、そこに囚われててもしゃあない。毎日集まるとか、頻繁にラインするとか、そういうのはなくても、みんなと仲良し、と、僕は思ってる。知らんけどな。それが友達という存在なのかどうかはどうでもいい。

 愛のある関係って、人と自分は違うってことを理解して、その違いを大事にできるかどうかやと思うねん。「わたしたち友達だよね」ってなると、そこにルールができるねんな。ほんとは違うこと思ってるのに、そのルールを守らないと友達関係が崩れてしまう。でも人はそれぞれ違う。好きなものも大事にしているものも違う。干渉しないでその人を好きでいられるかどうか。その人がどこか見えないところに行っても「おもろいなぁ」って言えるかどうか。誰か自分とは違う人と仲良くしていたらそれを喜べるかどうか。それができたら、わざわざ無理して友達を作ったり、約束したりする必要がなくなると思う。自分の心が変わるからね。

 自分の意見は持っていても、人を変えようとしてはいけないと、僕はある時から思うようになった。ひとそれぞれ自由に生きないと。生き方や価値観において、何かを要求してはいけない。直列式ではなく、並列式の愛情、関係というやつやね。二つの電球があるとして、それを直列で繋げると、二つの電球は共に弱く光ってしまう。ところが並列なら二つの電球はどちらも100%で光る。それぞれで生きればお互い輝けるし、きっとそのほうが楽しいし愛し合える。

 究極のことを言うと、例えば過去に喧嘩別れした奴とか、自分を騙した奴とか、陰で僕の良くないことを言っている奴とか、そういう奴らにも、最終的には「自分おもろいなぁ」って言ってやりたい。なかなかそこまでは行けんけどな。死ぬ直前までには、そこに行きたいな。
 そしたらもう友達がいるかどうかなんて話自体が生まれないし、どうでもよくなる。みんなのことが大好きやから。まぁ、今はまだあいつしばくぞとか思うし、全然まだまだやけどな。ほんまハラタツこと多いよな。たのむでほんま。

 だから友達はいらんねん。まぁ安心してる。こんなグチグチしたブログ書く奴、友達できへんから。

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