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ちゃんとしないことで得られるクリエイティビティ〜ロンドンレコーディングの様子と共に

 僕は元々、物事を“ちゃんと”してしまう性格です。リハーサルにはちゃんと譜面を用意して、曲順もほぼ決定な感じで持っていく。時間はちゃんと守って、スタジオの時間も決まってるから、いつものリズム、時間の範囲でちゃんと仕上げる。ライブは練習した通りにちゃんと順序立ててやる。レコーディングも同じ。いかに最短距離で合格点を出すか。若い時にどこかでこのやり方、音楽の作り方を学んで、それを当たり前だと思ってやってきたんでしょうね。
 この“ちゃんとする”やり方は、人に迷惑をかけない、親切な、そして、人に怒られないやり方です。でも、ちゃんとすればするほど、作品がつまらなくなることがあるということについて。

 ロンドンでの二ヶ月に渡るレコーディングで、僕は“ちゃんとしない”ことを学びました。プロデューサーはクマ原田。そう、この人こそ、

 “King of Chantoshinai”

 札幌出身のベーシストでプロデューサー。十代でロンドンに渡り、Van MorrisonMick TaylorKate Bushなんかとセッションを重ねてきた、元リアルヒッピー。話好きで、一日中喋る。音楽の話に限らず、政治、教育、宗教、芸術全般などについて。この話が面白いからいいものの、庭でのモーニングが終わったら喋り、ランチの時間だといってチーズとパンを食べたら喋り、そしたら「お茶でもしましょうか」ってなってティータイムで喋り、「そろそろお腹空いてきたね」ってことでパスタを茹でて、その後も0時過ぎるまで喋る。僕が「そろそろ寝ますね」ってリビングを出るまで、喋る。すごい。そうやってテーブルに何かテーマをあげて語り合うということが日本ではほとんど無かったから、それは新鮮やったけど、でも、それが一週間続くんですよ。こっちはレコーディングしに来てるんですけど。この辺りで普通の人なら思うよね。

ちゃんとして

 そうやって一日中喋って、ほんとに何も作り出さない一週間が過ぎた頃、ようやく楽曲のアレンジ、プリプロが始まったんですが、テンポ、キー、大まかな構成を決めるだけですぐ終わる。いちいち、すぐティータイムになる。一日に紅茶を何杯飲んだか。ティータイムて。

イギリスか!

 スタジオレコーディングの日が迫ってきた頃、「そろそろミュージシャンをブッキングしないとな」ってクマさんが言ったんです。普通思うよね。

 いやまだしてへんかったんかい

 レコーディングは、Inner London北東部のHackneyという町にあるUrchin Studiosで。

 Laura MarlingLucy RoseL.A Salamiなど、僕の好きなオルタナフォークなアルバムが作られたところでね。ここのエンジニアであるDan Coxと、ドラマーのMatt Ingramと一緒に音楽を作りたかったんです。ギタリストはDanの紹介でイタリア人のStef Bernardi。キーボーディストはKeir vine。同世代の彼らは素晴らしかった。僕が欲しかった音がそこに確かにあった。

 いよいよレコーディングが始まって、僕は念のために簡単なコード譜を作っていったんです。そしてそれをミュージシャン達の譜面台に置いた。そしたら、どうなったか。

 誰も、見ない

 せっかく書いてきた譜面を誰も見ない。誰も見ないから、最初の数テイクは間違う。コードも間違う。

 そらそうやん! 譜面見たら分かるやん!

 何回か続けて間違えた後、ドラマーのMattから提案。

「Tell me the timing! Say “Chorus”!」

 Chorus、つまり、サビが来るタイミングで「コーラス!」と言ってくれ、と言ってきやがる。

 いやいや、目の前の譜面見たら分かるやん!

 しかし彼らは見ない。ちゃんとしない。だから僕はサビに入るところで「コーラス!」と叫ぶ。

 なんなん

 そして、めちゃめちゃいいテイクが録れる。最高やなあいつら。要するに、譜面じゃなくて音を聴いてカッコよくしようぜって。音がぶつかったら不正解、タイミングがズレたら間違いって、誰が決めたの?って。コードから外れたからダサいの?って。それがクールかどうか、グルーヴがあるかが重要だって。ちゃんとすればするほど、どこもはみ出さない、小さくてダサい音楽になるよって。誰かからそう言われたわけではないけれど、僕にはそう聞こえたんです。

 レコーディング後半はギターやシンセのダビング。Stefはストラト一本だけほぼ裸みたいな状態で持ってきて、スタジオに転がってたエフェクターを、スタジオに転がってたケーブルでバラバラに繋いでアンプを鳴らす。こういうケーブルとかって、メーカーとかめっちゃこだわって揃えたりするんちゃうん。いや、この人せえへん。でもそれで、めっちゃええ音。


 Stefはレコーディング後にオーストリアに行ったんやけども、自分のストラトを、裸のまま壁に立て掛けて、しかもいつ倒れてもおかしくないような角度で立て掛けて、そのままオーストリアに行った。

 全然ちゃんとせえへん

 クマさんもそうやったな。スタジオまでベースをケースに入れずに裸で持って行く人初めて見た。


 Danのミックスが始まって、それは素晴らしかったわけですが、夕方になってご飯食べたら、「今日はもう終わり」って、自分の気分で帰りよんねん。

スタジオ代払ってんのこっちなんすけど


 そういえばレコーディング中、一回もパンチインしませんでしたね。日本でのレコーディングだと、間違えたりするとその箇所だけを演奏し直すことが多いけど、それを誰もしなかった。「僕、間違えました」って、誰も名乗り出ない。それは、誰も自分の間違いを認めない、ということではなくて、彼らには「間違い」という概念自体が無いんやと思います。なんか変な音を弾いても、それはそれでええんちゃうかと。まぁ後はどうにでもしてっていう。

 そうやって一見めちゃくちゃに見える進行にも関わらず、なんと予定通り、レコーディングは終了。あれだけフワッとした状態でスタジオに入り、初めてそこからアレンジ、音作りをしていったにも関わらず、何か余計に時間がかかった感じがしない。むしろ効率が良かったようにさえ思える。何より予想外の驚き、発見がたくさんあって、毎日がエキサイティングやったな。

 思い返してみると、Stefなんて、クマさんがブッキングを後回しにしことで出会ったんです。本来やりたかったギタリストがスケジュールNGになったから。クマさんのブッキングが遅れたことによって、つまり“ちゃんとしない”ことでStefに出会えたわけですね。人間的にも優しくて、日本に憧れていて、英語や日本語を教えあったり、すごくいい友達ができた。
 Keirとの出会いもそう。プリプロの期間中にKeirがクマさんの家に遊びに来たんです。僕のデモを一緒に聴いて、「どうKeir? アイデアある?」みたいな。ギャラの話とかスケジュールの話ではなく、まず音楽の話をする。もちろんそういうのは信頼し合った仲間でしか出来得ないけれど、お金の話や仕事の枠組みの話を先にしてしまったら、つまり、“ちゃんと”してしまったら、あの制作の雰囲気にはならなかったと思う。全てのミュージシャン達が、仕事仕事したやり方でなく、自分の作品だと思ってレコーディングに参加してくれたのがとても嬉しかったな。もちろんギャラはちゃんとお支払いしましたよ。
 仲間を大事にしてモノづくりをするのは素晴らしいね。

写真ぐらいちゃんとせえ


 後に僕はアンビエントミュージックと呼ばれる音楽を作り始めることになるんやけども、Keirはその音楽の先輩になるんです。未来に繋がる刺激をくれる出会いでした。

 ちゃんとしないことって、すごく難しいと思います。特に日本人にとって。ちゃんとしないと、枠の中で仕事をしないと、怒られるし、やっていけないのが日本。最近は特にそういうムードじゃないかな。
 レコーディング中、レンタルギター屋で借りたマーティンの弦が錆び切ってたんですよね。調整されてないからめちゃくちゃ弦高が高くて弾きにくいしピッチも悪いとか、日本じゃ考えられへんもんね。そんなんあったらクレームの嵐やん。でも、ロンドンでは誰も気にしないし怒らない。そしてその、音痴で弾きにくいはずのギターでめっちゃええ音出すねん。最高や。

 とにかく、最高のものが出来たんです。ちゃんとしないことで得られるものの大きさ。あぁ、こうやって自分を壊せるんやって、新しいものってできるんやって、感動したわけです。クリエイティブのヒントをたくさん見つけられた。

Album「SIREN」
最高やから聴いてね。


 それで帰国してから、あの人たちとは引き続き音楽がしたいと思って、ギタリストのStefを日本に呼んだんです。一緒に日本でのツアーを回ろうと。お店を抑えて、告知もして宣伝して。ロンドンからStefが来るぞ〜!ってね。で、ツアーひと月前になってStefからメールが来たんです。

「So sorry Tadashi! I couldn't renew the passport in time」
〜ごめんタダシ! パスポート更新間に合えへんかった〜

 結局Stefはパスポートが切れて日本に来れなかったという。そんなんあります? 僕はその時思いましたね。

ちゃんとしよ


ゆうて。

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