Love Deve #7 最終回 「Love Deve」


「ねえ、デブ」と甘い声が耳元で流れる。「あたしの前で、オナニーしてみせて」


間接照明を暗くした部屋は、目が慣れるにしたがって互いの存在はわかる。麗華はベッドの枕の方に座り、反対側を指差した。

オレはズボンを脱いで、さすがにパンツは履いたままで、ベッドに上がって正座した。

「はやく」と白いパックをつけたままの麗華が催促する。

オレはパンツの中に手を入れて、自分で自分をさわりはじめる。さっきまであんなに大きかったのに、いまは幼く縮こまっていた。麗華の目の穴は、じっとオレを見ている。

オレはさわりながら、「なんでお腹に、傷、つけたの」と、ずっと言えなかったことを聞いた。

「傷?」

「中学2年のバレンタインデー。墨汁とカッターで」

「墨汁じゃないよ。あれは、溶けたチョコレート」

あれチョコレートだっけ? と一瞬騙されそうになる。「ウソだ。お腹に傷が残ってる」

「みせて」

オレはシャツを脱いだ。暗闇でもDの痕はわかる。膝で立って、麗華の目の前にもっていく。

「よかった。まだ残ってた」と麗華は冷たい指先でDに触れた。「これは、デブはあたしのものっていう、大事なサインだから」

そう言って、麗華は顔を覆っていた白いパックを全部はがして、床に落とした。



胸が締め付けられるくらい可愛い顔だった。

ふれたいのにふれる勇気がなくて、オレはただ麗華を見つめたまま、自分をさわった。麗華は離れた位置で、体育座りをして、じっとオレを見ている。

手の動きが強くなる。オレの目は麗華だけを見つめている。麗華はワンピースの膝をゆっくりと広げた。下着はつけていなかった。麗華もオレを見たまま、自分の指で、自分をさわりはじめた。すぐに音が聞こえる。オレの息が荒くなる。麗華も息を漏らす。オレの動きが速くなる。麗華も両方の指で激しくさわっている。オレは必死に麗華を見つめる。麗華も泣きそうな顔でオレを見ている。

オレは耐えられなくて、あ、いきそう、と小さく声に出すと、麗華は上体をこちらに倒して、顔を斜めにして髪をかきあげ、下を向いた。




桃華はイケメンの先輩と学生結婚して、現在2児の母だ。フェイスブックでたまに子供たちの写真をアップしている。みんな桃華に似て美男美女だ。

彩華はキャバクラを辞めてSMクラブの女王様として働いている。個人的に支援してくれるお客さんが何人もいるらしく、女王様は趣味らしい。

オレはあのあと、一気に激太りして、もとの「デブ」に戻ってしまった。今は100キロの大台を行ったり来たりしている。頭髪も薄くなり、もう誰もオレのことをイケメンだと言うことはなくなった。でもこれで良かったと思っている。

麗華はあの3ヶ月後に、歳の離れた関係者と電撃結婚して、アイドルを電撃引退した。




遮光カーテンの隙間から外を見ると、すでに太陽が昇っていた。東京タワーが見えるんだね、とオレが言うと、麗華は「だからここに決めたの」とこたえた。

帰り際に「これメールアドレス」とメモ用紙をズボンのポケットに突っ込んできた。「中学から変わってないから恥ずかしいんだけど」と言った後に、「デブ、ありがと」と少し照れて視線をそらした。「またね」

「また」とオレも言って、玄関が閉まった。

エントランスから外に出ると、光がまぶしくて一瞬目を閉じる。地面から熱気が立ち込め、街路樹からセミの鳴き声が聞こえる。徹夜で不明瞭な頭のまま、ポケットに手を入れて、さっき麗華がくれた紙を取り出した。

手書きの文字を見て、オレは思わずマンションを見上げる。麗華の部屋を必死に探す。でも窓が多すぎて、どれが麗華の部屋かはわからなかった。

もう一度、紙を開いた。

麗華のメールアドレスは「love_deve@」で、その単語を見てオレは涙があふれる。14歳の麗華からのラブレターだった。タイムカプセルに入れられて19歳のオレにやっと届いた。




誰かと誰かの関係性をあらわす言葉はいくつかある。友達、親友、恋人、セフレ、夫婦。他人に説明するために言葉はあるから、オレたちは選択肢の中から適当な1つを見繕って使用する。あの子は恋人だった、あの子はセフレだった、浮気相手だった。

でも、1つの単語で言い表せない関係なんてきっといっぱいある。人と人は心の重なりだから、ほんとは人の数だけ言葉が必要なんだ。

オレはあの麻布十番の夜以来、麗華には一度も会っていないけど、でも今でも麗華のことは大好きだし、大事な人には変わりないし、本当に感謝している。




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