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『君の名は。』(2016年)映画評

※この文章は2016年9月に書いたものです。きょうこれから『天気の子』を観るので、その前に前作の『君の名は。』を自分がどう観たのか、改めておさらいするつもりで載せてみました。


映画を観て、まず感じたのは「この話(この映像)どこかで見たことあるなー」という感覚でした。


大林宣彦監督の「転校生」と「時をかける少女」、そしてジブリアニメの「耳をすませば」を合体させたようなだなと思ったのです。

高校生の男女の心と体が入れ替わってしまうという発端部分は言うまでもなく「転校生」で、未来から来た男の子が歴史を書き換えてしまうというプロットは「時をかける少女」です。さらにラストシーンの展開は「時をかける少女」に非常に似ています。(というかあの結末をひっくり返した)

そして世間的には「胸キュン映画」と考えられているけれど、実はそうでもない(それ以外の要素の方がウエイトが大きい)という点で、「耳をすませば」ともリンクします。つまり「君の名は」が素晴らしいのは、様々な見方が出来る点です。僕は恋愛映画というよりは青春映画として捉えています。

「甘ったるい子ども向けのアニメ映画」と敬遠するのは、少しもったいないと思います。
 まず主人公の瀧と三葉の関係性ですが、これって単純な恋愛関係なのでしょうか?2人はそれぞれ思春期を迎えています。瀧くんはバイト先の先輩に片思いしていて、三葉は口噛み酒を同級生にバカにされるような閉塞的な町の人間関係に辟易しています。


そんな中で突拍子もなく起こる入れ替わり。世界で自分たちしか共有しえない秘密を持ってしまったのです。これは非常に心もとないことです。誰にも信じてもらえないだろうし、それでなくても思春期だから周りの目が気になります。さらに2人に共通しているのが「母親の不在」です。

甘える存在がいないからこそ、この2人は姿の見えない相手の存在に支えられています。瀧にとって三葉は自分でもあり、その逆もしかりなのです。相手が自分のことをどう考えているのかわからないのが恋愛。だからこそ面白かったり難しかったり…

でも相手のことを普通では知りえないところまで知っているのが今回の瀧と三葉なのです。世界中で唯一、自分のことを理解してくれる人間がどこかにいる。それは友人のようでもあり、母親代わりでもあり、自分自身の化身でもあります。とはいえ、本当の気持ちはやっぱり推し量れない。そこの駆け引きは間違いなく恋愛感情といえます。こうした込み入りに込み入った関係性が、まず面白い。そしてこれは『転校生』のエッセンスを巧みに取り入れていると思います。


次に映画全体のテーマとなっているのが「記憶と風化」です。特に、彗星が落下して糸森町が破壊される描写は誰もが東日本大震災と結びつけたと思います。しかしあの震災も5年が経ち、被災しなかった人にとっては鮮烈な印象が少しづつ薄れているのではないでしょうか。本作の瀧くんも3年前の記憶を忘れていました。


また入れ替わりは夢と似た性質を持っていて、体験している瞬間はすごくリアルなのに元に戻ると急速に記憶から消えていってしまいます。私たちの多くが夢と現実を区別して生きています。夢を見なくなって久しいという人もいるかと思います。けれども、ある時突然に忘れかけていた過去を呼び覚ましたり、未来を予見するかのような夢を見ることもありますよね。夢と現実は地続きの世界で、どちらも自分の人生なのだという哲学が『君の名は。』の根底に流れているように感じました。


「記憶と風化」の観点でみると『君の名は。』は、瀧くんが失った記憶を取り戻すことで、自分が誰かを見つける話として見ることもできます。三葉の記憶を失くした後の彼は就活生として面接を受けますが、どうも上手くいかないのです。それもそのはずで、彼は記憶を失ったことで自分がなぜ建築家になりたいかが分らなくなっているのです。

「たとえ東京だっていつかはなくなる、だから記憶に残るものを作りたい」という瀧くん。彼の心はかすかに覚えていたのです。糸森町のスケッチを夢中になって描いた理由を、彗星の落下で被害を受けた町に執着した理由を。

しかし、その記憶を完全に思いだすことができない、だから彼はいつまでも先に進めないのです。そんな彼を救うのがあのラストシーンです。瀧くんが三葉の手に書いた「お前は誰だ」というのは、自分自身への問いでもあるというわけです。そして、これは『耳をすませば』に似ています。『耳をすませば』は、高校卒業後の進路に悩む主人公の雫が、聖司くんに出会うことで自分の将来と向き合う話でした。どちらも単に恋愛だけじゃなくて各々の青春があるわけです。


最後に今回僕が一番グッときたのが三葉の髪の使い方です。最初に瀧くんが髪を結わなかった時に、恥ずかしがる仕草をします。このときは単に思春期だからなのかと思うのですが、彼女本人が鏡の前で髪を糸で縛る時の表情で、三葉が髪型とこの糸に強いこだわりを持っていることがわかります。

これは推測ですが、母親の形見なのかもしれませんね。それだけ思い入れのある糸の髪留めを瀧くんに渡す三葉でしたが、向こうがそれを覚えていないショックで髪をバッサリ切ってしまいます。でも、瀧くんはお守りとして、髪留めをミサンガのようにして3年間持っていました。ところが2人が初めて対面した時に、三葉の髪はすでに短くなっている・・・

このすれ違いは、明らかにオー・ヘンリーの小説『賢者の贈り物』にインスパイアされていると思います。


伏線が丁寧に張られていて本当に上手いなと思ったし、さらにラストで瀧くんが三葉を見つけるきっかけがあの髪留めになっていて、見事だなと思いました。


というわけで『君の名は。』大満足でした。ただ、1つ言わせてもらうならLINEが出てくるんですけど、瀧くんと三葉がLINEで会話してれば、もっと楽に解決できたと思います笑。でもそしたらメル友くらいで終わってたかも。だからSNSだけじゃ真の人間関係は育めないぞという、新海監督のメッセージなのかもしれませんね笑。


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