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昔の中国鉄道旅行

 海外での移動に鉄道を使った国は、中国、ロシア、韓国、ウズベキスタン。今度は中国の鉄道のお話。
 今は飛行機がたくさん飛んでいる。それを利用できる裕福な人が増えたからだろう。全国に高速道路網が整備されてきたので、高速バスも走るようになった。
 昔の人民の移動手段は主に鉄道。切符を買うのが大変だった。切符売場の前は長蛇の列、割り込みをされないよう皆ピタリと体を引っ付けている。決して前にいる人が大好きなわけではない。スリだっているだろう。それでも窓口の手前では割り込みしようとする輩が隙を狙っている。でも窓口が開いているのはまだいい。窓口は行先によって分かれていたが、ウルムチ駅の上海行きの窓口はいつ行っても閉まっていた。不思議に思ったが、なぜかというと切符が様々なところで事前に押さえられてしまい、もはや売る切符が残っていないから窓口を開ける必要がないということらしい。ところが駅前にはダフ屋がいて、なぜか欲しい行き先の切符を持っている。どうしても切符がほしい場合はそいつから手数料を上乗せされて購入することになる。それでも購入できるだけまだマシかもしれない。
 駅前には切符を買えずにぼーっとしている大きな荷物を抱えた人民一家がいっぱいいる。逆に、列車を降りたものの、これからどうすればいいのかわからないおのぼりさんもいる。こういう人たちをひと昔は「盲流」と言った。だから駅前は治安がよくない。
 中国は広いので長距離列車が多い。席の種類は軟臥、硬臥、硬座という構成がほとんど。軟臥は上下2段ベッド2つの4人用個室。値段が飛行機並に高かったりする。硬臥は上中下3段ベッドの6人用開放部屋。これでもそこそこ快適だったりする。中国列車旅行といえば、やはり硬座が格好の話のネタ。いまはそれなりに柔らかいシートになっているらしく、エアコンもあったりするが、昔は本当に硬いビニール張り逆Tの字シート。背もたれがまっすぐというのは結構きつい。硬座でも基本全席指定席だが、主に途中駅では「無座」という自由席を売っている。その席の切符を持っている人がいない間は席に座れるのだが、そんな切符をたくさん売ってしまうので、通路に人があふれることになる。それでも一晩ならまだなんとか我慢できるが、3泊4日の列車を無座で過ごすと、並の日本人なら列車を降りたとたんに病院直行だ。
 あふれているのは人だけではない。ゴミもあふれている。中国人は物を食い散らかす。ゴミは足もとに捨てるか、むかしは窓の外に放り投げた。ビールの空き瓶も平気で投げる。散らかすのがゴミならまだ許せる。車内で痰を吐くのもまだなんとか我慢できるか。親が小さい子供にその場でおしっこさせることもある。さすがの中国人も皆内心迷惑に思っているに違いないが、誰も文句を言わない。他人のことには干渉しないのが中国の掟らしい。但し、日本の歴史教育は例外のようだ。列車の中でその光景を見たことはないが、駅とか空港の待合室でそれを見たことがある。清掃員は黄色の水たまりを黙々と掃除していた。中国人民は意外なところで寛大だ。
 列車の中では数時間ごとに車掌が乗客に怒鳴り散らしながらモップで掃除を行う。列車の中はまるで動物園で、車掌はさながら飼育員だ。乗客は神様ということは絶対ない。列車に乗るのは競争だ。改札が開くと乗客は改札口に殺到し、そこを通過すると指定の車両まで必死にダッシュする。指定席ならあわてる必要がないのにと思うのは事情を知らないからだ。彼らは概して大きな荷物を抱えている。荷物置き場を確保したいから我先と駆け抜けるのだが、今度は車掌が「こんな荷物置く場所ない」と怒る。
 一度硬座で一晩過ごしたことがある。外国人専用の切符売り場で切符を確保した。初めは空席があったが、途中で大きな街に停まり、そこで席が埋まった。ところが後方で突然喧嘩が始まった。何が原因なのかはわからないが、思いっきり殴り合いとなった。ドスッ、バスッという音がでる度に、大きなどよめきが起きた。どえらい所に紛れ込んでしまったと思った。
 深夜、とある駅に停車したとき、大勢の人民が乗り込める車両を探して、ホームを右往左往していた。担当する車両が満員だと車掌はドアを開けてくれない。もしどこかの車両のドアが開いたものなら、乗客はそのドアに向けて殺到する。その光景はまるで「蜘蛛の糸」のようだ。中国では列車旅行は苦行だ。切符を買うのも一苦労。切符があっても乗れない。譲り合いという言葉は存在しない。
 一方で、軟座も軟臥も経験した。駅には専用の待合室があり、偉い人が集まってくる。車内の居住性は、軟臥と硬座とでは天国と地獄ぐらいの差がある。社会主義国家のくせに、貧乏人の人権は金持ちの数分の一しかないらしい。

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 中国には長距離列車が多いので、大抵食堂車がある。値段は概して高いが、火を使って料理しているので味は悪くない。ただし列車によってあたりはずれがある。上海からウルムチへ行く時の列車は、軟臥に乗っていて、4人部屋は全員日本人だった。毎食スタッフが「食べに来るか」と尋ねてきて、毎回ビールを飲みながら食事してとても楽しかった。ただし、同部屋の3人が西安で降りてしまってからは一人となった。一人で食堂車で注文する際、メニューが難しい漢字しかなくて意味がわからず、エイヤッで注文したら見事に嫌いなものばかり出てきた。それもまた楽しい出来事。
 帰りも同じルートの列車に乗ったが、全然ダメだった。車掌はほぼ全員女性で、自分の車両は、一人はまあまあ愛想良かったが、もう一人は無愛想。食事の時間になると、乗務員用の車両から何十人もの無愛想な連中が一斉に食器を抱えながら食堂車に向かって通路を行進していく。そのうちに食事の時間ですよーって呼びに来るのかと思ったらそんな様子はない。どうやらこの列車の食堂車は乗客ではなく乗員のためにあるらしい。これもまた中国か。
 こういう光景も「世界の車窓から」という番組で紹介してほしいものだ。

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