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君に幸あれ 第2話 粘着

君に幸あれ 第2話  粘着
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「誰か、思い当たるファンの方とかいらっしゃいませんか?」
「いえ、ファンの方一人ひとりを把握している訳ではないので……でも、気持ち悪いファンの方は多いです」


あのライブの騒動のあと、病院に運び込まれたエマ。死んだように気を失い、目を覚ましたのはそれから3日後。以前にも増して頭痛と倦怠感が酷くなり、立ち上がるのがやっととという程に、身体は衰弱していた。
しかし検査結果は全て異常無し。本人を前にして、主治医も首を傾げるばかりだった。
そして日々エスカレートする怪奇現象。
ある日は金縛りに遭い、部屋の天井に打ち付けられ、またある時は入浴中にも金縛りに遭い、湯船に沈められるなど、身体的にも精神的にも、もはや猶予のないところまで、エマは追い詰められていた。
困り果てた彼女のマネージャーと所属事務所は、芸能人御用達の霊能者、湊月奈央に救いの手を求めるのだった。

奈央はエマを見るや否や、それが『怨霊』である事を示唆した。今回の類は、通例であれば生霊の仕業が殆どで、祐定を抜刀するまでもない。がしかし、今回彼女にまとわりついてるのは『怨霊』。しかも執念深く、執拗にエマを我がものにしようと、彼女の背中にぶくぶくに太った中年男性がへばりついている。
  生前余程エマに恋焦がれていたのだろう。彼の身体は彼女の背中と同化を始めており、その癒着部分は『運命の赤い糸』とでも言いたげに、無数の赤い血管が迸っていた。
しかも顔、首、胴体、脚までびっしりと彼女と融合しており、これを無理やり引き剥がそうとすれば、エマも無傷では済まされない。その血走った血管が万が一彼女の脳や、各神経にまでたどり着いていたとすれば、精神に異常を来たしてしまうだろう。
そうなれば祐定の出番。邪に穢れたその魂そのものを、一思いに斬りつけるのみ。

エマの憔悴ぶりを見た奈央は、祖父、湊月現辰より祐定を受け取り、いざ、その怨霊と対峙する。

「報酬は如何程で……」
控え室に護符を貼りながら、マネージャーの進藤は恐る恐る口を開いた。
「相談及び鑑定料で基本10万、祈祷料15万、成功報酬50万、その他雑費請求します!」
 祐定との交信を図る為に精神を集中していた奈央は、冷たく言い放った。
「およそ100万かよ……」
法外な金額に項垂れる進藤。
「あの、少し静かにしてもらえますか?進藤さん、あなた、エマさんを助けたいんでしょ?  だったら金の事など気にせずに、一緒に祈ってください! 少しでも雑念が混じれば、あなたにも霊障が起こりますよ!」
奈央が脅すように一喝すると、進藤は唇を真一文字に結び、それ以上口を開かなかった。

「エマさん?  少しだけ質問します」
「はい……」
  奈央の問いかけに力無く答えるエマ。その顔はまるで急激にダイエットを行い、病的に痩せ細ったそれと同様。否、それ以上だ。真っ青に染まり、唇はボロボロにひび割れ、紫色に変色し、そもそもの彼女の美しさは、見る影も無くなっていた。
  エマの痛々しい症状に、同じ女性として心苦しかったが、意を決して次の言葉を放つ。
「いつ頃から、このような症状、現象に悩まされていましたか?」
「ここ1ヶ月前後から体調が優れずに、熱っぽい状態が続いてました。それから1、2週間で怪奇現象?みたいなのが起き始めて、毎晩金縛りとか、身体を誰かに触られるような……最近は叩かれたり、殴られたり、蹴られたりで、怪我が多いです」
「その現象の際、誰かの声を聞いたりしませんでしたか?」
「誰かの叫び声や、喚き声、喘ぎ声が耳鳴りのように今でも頭の中でこだましています」
「その声に聞き覚えありませんか?」
「聞いた事あるような、ないような、誰の声かは判別出来ません」
「誰か、思い当たるファンの方とかいらっしゃいませんか?」
「いえ、ファンの方一人ひとりを把握している訳ではないので……でも、気持ち悪いファンの方は多いです」

奈央は頭を抱えた。こういう事例の場合、特定の誰かが彼女に取り憑くパターンが多く、おおよそ心当たりの人物が居るはず。しかし今回は不特定多数の中の一人。或いはそもそもがファンなどではなく、個人的に彼女に恨みつらみのある人物かもしれない。彼女のSNSに届いたダイレクトメールから、それぞれの身元を割り出したが、全員が存命である。本来であれば、原因と経緯を究明した上で、散滅にあたる方がより効果的。むやみやたらに祐定を振り回すのは、『神事』でもある故、好ましくはない。
が、しかし、今回は悠長な事を言ってる場合ではない。エマの体力はみるみるうちに、衰弱して行く。その流れを一刻も早く断ち切らなければ、生命の危険にも及びかねない。今回はもはや力技でねじ伏せるしかない。
奈央は唇をきつく結ぶと、目の前で浅い深呼吸を繰り返すエマを見据えた。
そして、祐定を握る右手に力を込める。
「せいやぁぁあっ!」
抜刀一閃!
銀色の閃光が、奈央、エマ、周囲で怯える関係者たちの目に、その軌跡を焼き付けた。
幾筋も光る閃光に、奈央以外の者たちは、あまりもの眩しさに、反射的に目を伏せた。
「っしゃぁあ!」
「せいぃ!」
「さぁあ!」
居合激しく振り下ろされる祐定。その度に驚いたかのようにぶるぶると震える、エマの背後の男性。
「びゃびゃぁ!」
赤ん坊のような喋り方で、奇声をあげたかと思うと、
「びゃばばばば」
と、笑い転げる始末。
「汝、名を申せ!」
「びゃびゃびゃびゃ」
「名をなんと申す!」
「びゃらばびらば」
埒が明かなかった。
男にはこちらの意図が伝わっていない。ましてやヌメヌメと淫らに濡れた表皮には傷ひとつついていない!

「この豚野郎!」

かれこれ一時間ほど、奈央は祐定を振り下ろし、背中の男を罵倒し続けている。
彼女の後ろに控える、マネージャーの進藤と、事務所社長の不安気な視線が、奈央の背中を斬りつける。
もはや消耗戦。
どちらかが倒れるまで続けられる泥試合へと、それは突入していた。そして不穏な空気に集まる低俗霊の群れ。
それらはエマは勿論のこと、奈央にまで食らいつこうと、今か今かとそのタイミングを見計らっていた。
ここで奈央が諦めれば、エマばかりでなく、この控え室に居合わせる全ての者に、霊障が被ることは必須。霊能者としてのプライドに賭けてもそれだけは避けなければならない!

「惟神霊幸倍坐世(かんながら たまちはえませ)、ノウマク サンマンダ バザラダン センダ マカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カンマン!急急如律令!」

もはやヤケクソで呪言を唱え、奈央は斬りつけるのではなく、祐定を男に突き刺した。
「びゃびゃびゃびゃ」
男は驚いた顔をすると、奇声をあげながら、両手を広げると、突き刺さった祐定を掴みにかかった!
「何を!」
奈央も負けじと、押し込む両手に力を込める!
「びゃばばばば!」
男の奇声と共に、奈央は激しい突風に吹き飛ばされた。控え室の長机数台を弾き飛ばし、奈央は壁に叩きつけられた。
「く!……」
痛みに苦悶の表情を浮かべる奈央。その両手は祐定から離れ、無防備なまま。当の祐定も弾き飛ばされ、反対側の壁に突き刺さっていた。
「びゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃ!」
怒声とも取れる男の奇声に、奈央は我に返る。目の前のその男は、先程よりもより一層脂肪で膨れ上がり、その巨大さは天井に達していた。そして、その脂肪の塊の中から、無数の手が現出し、奈央目掛けてその手は飛びかかって来た!

「ノウマク サンマンダ バザラダン センダ マカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カンマン!」
即座に印を結ぶも、無数の手は奈央の身体を掴み取った。触手のようにぬらぬらと奈央の身体をまさぐり、そして絡みつくその手の群れ。
「ノウマク サンマンダ バザラダン センダ マカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カンマン!」
何度も呪言を唱えるも、それを無視するかのように、その手は奈央の口の中まで侵入していく。そして、首に巻きついた他の手が、一気呵成に首を締め上げていく!

『万事休す!』

そう、悟った瞬間、床に落ちていたエマのスマホから、けたたましい着信音がこだました!
奈央は、薄れゆく意識の中で、その着信音に何かを感じるのであった!




つづく



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