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張博樹『六四以来の中国政治思潮(2015)』2019

 翻訳は張博樹著 石井智章ほか訳『新全体主義の思想史 コロンビア大学中国講義』白水社 2019年。元のタイトルは張博樹《改變中國:六四以來的中國政治思潮》2015年。翻訳で読んでタイトルと中身の違いに驚いた。改めて原題を見て、この翻訳のタイトルは誰がつけたのか、悪いことをしていると思った。この本の中身は、中国語のタイトルが示す内容だ(写真は成城大学成城池傍の緑陰)。
 思想史というアカデミックなタイトルと、この本の内容には大きな齟齬がある。これを思想史として白水社が出版したのは疑問がある。
 標題から私が期待したのは、きちんとした学問的な見取り図だ。とくに欲しいのは、中国における思想論争の見取り図だ。誰が問題を提起し、どのような論争があって、現在どうなっているか。しかし参考文献に上げられている文献から分かるのは、それぞれの分野の専門書研究書を必ずしも張がみていないということだ。つまりこの本からは、各論争の正確な情況は分からない。これは学問的に評価できる本ではない。
 例えば12章 紅二代と「新民主主義への回帰」。新民主主義をめぐる熱い議論の全体像を期待したが、内容は張木生が2011年に出版した本ただ1冊の本の論評だけである。この薄い中身は一体なんなのか?
   とはいえ収穫はあった。
 まず、左派の論客二人の名前を認識したこと。本書は保皇毛派の代表として張宏良(チャン・ホンリアン 中央民族大学教授 1955-)を取り上げ(第7章)、新左派の代表として甘陽(ガン・ヤン 北京大学で学ぶ 清華大学新雅書院院長 1952-)を取り上げている(第8章)。
 この選定は間違いではない。とはいえ張宏良は文化大革命まで肯定という極端な考え。中国社会で支持が多いとはとても思えない。後追いで調べると時事評論家として経済情勢まで議論しているようだが、1章を使ってとりあげるべき相手だったかは微妙だ。他方、甘陽の主張は、中国の独自性を強調するものであるようで、そこから中国の古典への回帰、さらに社会主義の堅持を説くもののようで、これは抑えてよいロジックだ。
 それから、1946年憲法を基礎にした中国の憲法体制を主張する議論を知ることができたこと。(2章の頭で自分の知人である中国社会科学院の友人たちとそして自分の主張を並べたあとに)、現在米国在住の除文立(シュー・ウェンリ 北京大学で学ぶ。改革開放後の中国で民主党派を立ち上げようとして繰り返し逮捕。長期服役。米国在住。1943-),辛灝年(シン・ハオニエン   作家 六四事件後公職を辞す その後米国在住 1947-)、封従徳(バオ・ツオンド 六四運動の学生指導者の一人。北京大学、ソルボンヌ大学で学ぶ。現在、米国在住。1966-)を取り上げている。
 大変奇妙なのは、張がこの3人の主張を46年憲法をそのままの形で中国に適用とするものだとして、台湾での改憲の経緯を示して46年憲法にはいろいろ問題があり、そのまま中国に適用するわけにはゆかないと話をまとめていることだ。この張のまとめ方には問題を感じる。果たして46年憲法を基礎にするという意味は、張が主張したような意味だろうか。問題は、中国という国の連続性をどう考えるか。46年憲法からの連続の上に、民主中国を作るというのがこの3人の主張なのではないだろうか。
 (なお46年憲法であるが制定が46年末の憲法制定国民大会。施行は47年1月から。久保亨『社会主義への挑戦1945-1971』岩波書店2011年にも記載がある。久保さんは47年憲法と呼んでいる。久保さんはこの大会の開催そのものが、1946年1月の政治協商会議での合意をくつがえすもので、選挙自体も棄権、買収などの問題があった。しかし半面、条文の内容自体は画期的意義があった。不幸にして2.28事件のあと戒厳令が布かれ(3月10日)、憲法施行が停止された。しかし1987年台湾で戒厳令が撤廃されたあとの台湾の民主化が、この憲法によって導かれたように、将来、大陸において民主政治が求められたとき、この47年憲法が改めて振り返られる日がくることだろうと書いている。pp.5-7, 9, 21-25。2.28事件は台湾で国民党の統治への不満から民衆の暴動が発生した事件を指す。その後、大陸から派遣された国民政府軍が武力弾圧を行い多くの犠牲者を生んだ。pp.29-30)。
 振り返って2章の構成をみると、張は最初に社会科学院の旧友たちと自分の主張をならべ、そのつぎに最近でてきた主張として3人を紹介、そのうえでいまのべたようなまとめ方でこの3人を切り捨てて、中国国内の論者に目を移している。張自身が中国を離れて、米国在住の論者であることを考えると、アメリカに移り住んでいる中国人のなかで、さらに内輪もめをしているように見えないではない。
 私は、この本に書かれている情報は情報として有益だと感じたが、エッセイとしてであればともかく、学問的な本としては各論者の扱い方に不満を感じた(学問的に言えば、各論者の経歴、著作、批評などが総覧されるべきだがそうした手続きは、取り上げられているどの論者に対してもとられていない。)。

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