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田代琳「私了」『作家』2016年第2期

   東西(筆名 原名は田代琳  ティエン・タイリン  1966-)の2016年の短編小説である。田代琳は広西省の山村で生まれた。一旦、地元の師範学校をでて中学の教師となり、県の宣伝部などに勤務している。1990年代半ばから職業作家として認められるようになった。『作家』2016年第2期に発表後、《2016中國年度短編小説》灕江出版社2017年,pp.56-65に収められた。

   小説は、銀行の通帳(存折)が机の上に置かれるところから始まる。彼(李三層)はどこかから帰ったところ。村に入る前に井戸で靴底の泥を綺麗に洗い流してきた。陽は落ちて、三層夫婦の影を長く壁に映している。彼らには、李堂という名の息子がいる。李堂の携帯は久しく通じない。奥さん(埰菊)は言う。李堂の住んでいたところをあなたが閉じて(封閉)15日、これは道理にあわないではないか(還情有可原)。李三層は弱弱しく通帳の中身を見ることを勧める。
   そこには埰菊が見たこともない大きな金額が記入されていた。
   李堂は埰菊が27年前、心臓病を患った身でなんとか産んだ子供。その心臓を抑えながら、埰菊はまさか銀行強盗をしたのでは?まさか腎臓でも売ったの?とか心配する。埰菊は心臓に悪いので通帳の数字の理由を明かすように李三層に訴えるが、三層は当ててごらんというばかり。埰菊は想像を膨らませお金持ちのお嬢さんと李堂が出会ったと考えつき、三層は埰菊に話しを合わせる。埰菊はそういえば李堂が長江(揚子江)を見に行くと電話で伝えてきたことを思い出す。三層は、お嬢さんと李堂が写真をとっていたとき、一陣の風が吹きお嬢さんが船から落ちて溺れた。李堂はお嬢さんを救おうとして溺れたと。埰菊は自ら紡いだ話の結末に驚いて倒れてしまう。
 やがて夜遅く気が付いた埰菊はなぜ早く教えてくれなかったかと、三層を責めた。三層は答えて言った。台風だったんだ。船は転覆し、我が家の李堂だけでなく多くの人が亡くなったんだ(死的不光是我們家李堂)。ごめん、ただ君の苦しみをやわらげたかったんだ(對不起,埰菊,我只過是想減輕一點你的痛苦)。

 (この話の直接の背景は, 2015年に揚子江で相次いだ海難事故である。とくに6月に起きた大型客船「東方の星」の台風による沈没事故では犠牲者の数は396人にのぼり多くの人の記憶に残った。なお原題の「私了」は暗示したという意味。死んでしまった:「死了」とかけている。)

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