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賈平凹「老いて生きる」(2014)

 賈平凹(チア・ピンアオ)は1953年陝西省生まれの作家。手元にあるのは「老生(老いて生きる、長生きするという意味)」と題された2014年に発表された小説の翻訳(吉田富夫訳中央公論新社2016年)。著者「あとがき」によると、著者自身は農村部で育った。土地改革を見聞したのは小学校に上がる前だろうか。著者が中学生になってから「文化大革命」が始まり、教師だった父が反革命分子とされ苦労したことが伺われる。この小説が小説として成功しているか、描くべきことを描き出せているかは、ここでは置いて、土地改革についての記述を、一つの資料として読んでみる(写真は澤蔵司稲荷慈眼院入り口のレリーフである)。

 「老生」第二話に土地改革の話がでてくる。物語の村では、地主の土地、農具などを分割した。地主のものを貧農に分割し、富農や中農のものは分割しないし地主の土地の分割分を分けない。そこで議論としては富農のものも貧農に分割すべきだという議論、階級成分を問わずすべての土地と農具を没収したあと、人頭割で均分すべきだという議論がでてきたとしている。翻訳p.194 土地改革の議論、その矛盾が大変よくわかる。それで出てきた問題は、この村では地主の土地は大きくなかったので、富農や中農に比べて、貧農が貧しいという問題が解決されないという問題。

   こうした問題がでてきたのは、この村では地主の土地があまり大きくないため。それでどうしたかというと、一度決めた階級成分を変更して、富農に区分したものを地主に区分して、その土地を取り上げて貧農に分割した。翻訳p.197 階級区分がご都合主義で、適当に設定、変更されるものだったことがここでもよく分かる。

   あともう一つは寺の土地で、言いがかりをつけられて坊主は殺され、その土地が貧農に分けられている。翻訳pp.208-209 寺が保有する土地を再配分することが、寺を攻撃する理由になったと考えられよう。

   土地改革のあと、地主は土地改革を恨みに思って土地改革破壊を狙うに違いないということになり、地主分子に対する闘争会が何度か開かれた。翻訳pp.215-216  地主の王旦那は叩かれた足の傷が悪化、ついにはそれが原因で落下して亡くなった。その奥さんは、農会の主任によって強姦される。翻訳 翻訳pp.216-220 地主たちが報復してこないように、最善は地主一族を殺害するか、立ち直れない階層に落としたということだろう。

   このお話は創作ではあるが、土地改革が中央の方針が現場で矛盾を起こすと、階級成分を変更してつじつまをあわしたりしたこと。農会を利用して権力を握った貧農が、地主に乱暴したり。その背景に地主の復権報復を恐れる意識があったことなどが描きだされている。そしてこうした部分に小説を超えたリアリティがある。中国の土地改革の醜悪さが示されているようにも思える。ただここでよく見えないのは、地主だ富農だ中農だ貧農だということ以前に、これらの人たちの血縁や縁戚関係である。同じ村なら、その関係が入り組むと思えるし、さまざまな相互扶助関係があり、単純に逆転はむつかしかったはず。そこが見えないのがどうも納得がゆかない。

  「あとがき」によると、著者はこの小説を2013年冬に脱稿。しかし著者は1年あまり、机の引き出しにねかしたという。これはかつての革命への訣別だとしている(翻訳p.513)。自ら長く生きて、否定すべきことを書いたという思いがあるのではないか、と受け止めた。

 以下は同じ著者による「説話」と題された散文から。この話では、普通話(標準語)が話せないから、あまり外でしゃべらないと始め、流言を自ら流すことは避けられたと話を最後にまとめている。

我出門不大説話,是因爲我不會説普通話。(中略)不會説普通話,有口難言,我就去見領導,見女人,見生人,慢慢發與社交,越發瓜呆。(中略)寫不會説普通話時片寫道:普通話是普通人説的話嘛!(中略)不會説普通話,我失去了許多好事,也避了許多是非。世上有流言和留言--流言凴嘴,留言靠筆。--我不回去流言,而濃濃流言對我撲面而來時,我只能沉默。

老生后记(The Leed Center for New Chinese Writing, University od Leeds)

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