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【く】黒か白か

僕は「人から決めつけられる」ことが好きではない。
自分のことはもちろん、他人のことを決めつける人のことも苦手だ。

日本ではゴルフをやったことがなかったけれど、マレーシアに赴任するときに「どうせお前は将来ゴルフをやることになるんだから、これやるよ」と言われてクラブセットをもらったことがある。
その人は親切でくれたんだろうけど、「どうせお前は」みたいな言い方をされると「死んでもやるか!ボケ!」っていう気持ちになってしまう。

「あいつはA型だから几帳面なんだよね。」とかいう話を聞くと、「んなわけねーだろ!A型にも色んな人がいるんだよ!ボケ!」という気持ちにもなる。

人生は黒か白かという二択で歩んでいくものでは絶対にないし、その間にあるグレーの部分に面白いことがたくさんあるんだと思っているからだ。

僕はいまコンドームの製造会社の責任者としてマレーシアに赴任しているという立場なんだけれど、赴任する前はマーケティング全般を担当していて、広告や商品コピーの制作をやったり、広報を兼ねたりしていた。
医療用具であるコンドームをどう売り込むかという表現には、薬事法(現在は医薬品医療機器等法と名称が変わっているが、面倒くさいので薬事法と呼びます)に細かい規制があって、これをどうかいくぐるのかっていうことを考えるのは相当楽しかった。

このあたりのことを少し説明すると、コンドームは「性感染症の予防と避妊」という効果効能が認められている「医療用具」で、厚生労働省から認可を受けないと製造ができない製品である。この認可をもらうには厳しい検査や品質基準を担保していなければならなくて、更に毎年監査機関からこの品質基準や製造環境、書類の整備などに対して合格をもらわないと、製造を続ける事もできないという、雑貨品などとは違って厳しい法律に縛られる製品なのである。

大雑把に言うと、コンドームの広告や製品のコピーでは、薬事法上で認められた効果効能以外の表現は禁じられている。
つまり「性感染症予防と避妊に効果がありますよ」という以上の表現は、禁じられているということである。

しかしこれを真っ正直に守っているのでは、競合との差別化にならない。
各メーカー知恵を絞って、自社商品のアピールのために、黒か白だけではない、「黒に近いグレーから白に近いグレー」までの間で、商品のコピーや宣伝文句を考えなくてはならない。

「気持ちのいいコンドーム」とは言えないので、「薄いコンドーム」とか「使用感のないコンドーム」とかと言いかえたりする。
早漏の人のために競合他社から発売された分厚いコンドームに、「もはやなにも感じない!」という商品コピーのシールが貼られていて、コピー開発者の狂気を感じたこともある。

ずいぶん前にうちの会社で、AV界のタイガー・ウッズと言っても過言ではない加藤鷹氏とのコラボ商品を作ろうという企画が持ち上がったことがある。
このときに品質保証の担当者(先輩)と企画担当の僕とで全く立場の違う論戦が繰り広げられたことがある。
品質保証は基本的には白じゃないとダメという立場だし、僕は限りなく黒に近いグレーで勝負したいという立場である。

僕:加藤鷹さん、もちろん知ってますよね?コラボしたいっていう話が出てるんですけど、なにか問題あります?
品質保証(以下品保):またまたそういう言い方して。どうせまともに売ろうって思ってないんでしょ?
僕:いやいや、セックス界のマイケル・ジョーダンですよ!(当時はこう言っていた)欲しい人たくさんいるでしょ?
品保:薬事法の六十六条の「誇大広告」っていう部分に「医師その他の者がこれを保証したものと誤解されるおそれがある記事を広告し、記述し、又は流布することは禁じる」ってあるんだよね。これ使ったら加藤鷹になれる、って思って買う人がいるんじゃない?そうすると法令に違反する恐れがあるんだよね。
僕:本気ですか?(笑)マイケル・ジョーダンモデルのシューズ履いたって誰も彼みたいに空を飛べるとは思わないでしょ?シャレで済むと思うんですけど。
品保:でもさ、これ使ったら加藤鷹みたいなセックスができるってなったら欲しいと思わない?
僕:確かに欲しいですね、それ。男の夢ですね。
品保:でしょ?そこがヤバいんだよね。そういうふうに思われる商品になったら法令違反の可能性が出てくる。医療用具では、医者の推奨ですら広告表現上はダメって書いてあるのに、セックス界のマイケル・ジョーダンが推奨したら相当ヤバい可能性あるね。
僕:でも、もし消費者の方が使って「加藤鷹になれなかったじゃねーかよ!どうしてくれるんだ??」ってクレームの連絡してくる人ってどれくらいいますかね?
品保:うーん、それは確かにあんまり考えられないけどな。まあでもそこまで考えておくのが品保の仕事なんだよね。どうする?
僕:あくまでもパッケージのみのコラボレーションで、中身は通常のコンドームなんですよ、って言ったら諦めてくれるんじゃないですか?むしろ笑ってくれそうな気もしますし。
品保:まあそうかな。でもパッケージデザインとか表現とか全部チェックさせてよ。「これであなたもテクニシャン!」とかそういうのやめてね。
僕:わかってますよ!ありがとうございます!

当時は今みたいにコンプライアンスとかがうるさくなかったし、SNSもなかったし、うちもいい会社だったので、こんな感じで企画が通って商品化したんだけど、あんまり売れなかった。
取り越し苦労というやつで、さすがに「これを使えば加藤鷹になれる!」って思った人はいなかったみたいだ。

というように、あまりに物事を決めつけてかかってると、実はそんなに大したことじゃなかったりして拍子抜けすることもある。
これに関しては、僕が加藤鷹とマイケル・ジョーダンをイコールだと決めつけていたことが失敗の最大の原因である。

同様に人を決めつけるようなことをしていると、その人の可能性を潰すことになるし、普段は見えていない別の顔を発見するチャンスを逸することにもなる。

この間日本に一時帰国していたときに、たまたまバイキングという番組を見た。大臣が復興絡みの失言で辞任したというニュースだったが、ちょっと恐ろしいな、という感情を持ってしまった。僕が4年以上まともに日本のTV番組を見ていないということもあるのかも知れないけれど。

司会の坂上忍の他に、3名のコメンテーターがいた。それぞれ立場というか肩書が違っていて、よく覚えていないけれど、政治記者みたいな人と大学教授みたいな人と女性の権利を守る会みたいな人たちだったと思う。

まず坂上忍が「この失言は許せませんよね!」みたいなことを延々と言ったあとにコメンテーターに話を振るのだが、それぞれが別の立場でこの大臣のことを否定しまくる。

「以前はこんな漢字も読めないで間違えたこともあるような大臣ですので、兆候はあったんですよね。」
とか
「先のサイバーセキュリティの担当者のくせに、パソコンも出来ないそうですよ。」
とか
「震災で被害を受けた人の気持ちを考えると、とても言えるような話ではないですよね。普段からこういう人なんでしょう。」
とか
「ここまでのバカを任命した安倍首相の人を見る目を疑いますよね。」
とか、こういう感じのことを延々とコメンテーターが眉をひそめながら言いまくるのである。

この大臣のことをウィキペディアで調べたら、衆議院議員を7期連続で続けているし、外務大臣政務官や内閣府副大臣、国務大臣なんかも勤めたことのある政治家である。

少なくとも番組に出ているこいつらよりは、間違いなく人のために働いてきた人だろう。政治家としては素晴らしい実績である。

この発言の音声を聞いたが、ハッキリと意思を持って言ったわけではなくて、スピーチの最後に冗談のような感じで言ったような印象を受けた。

確かにこの立場の人が、大震災で未だに苦しんでいる方々が多い日本でこの発言をするのは間違いだと思う。
そういう意味では黒だ。

でもこの大臣とは全く関係のない、したり顔のコメンテーターが、あたかも被災者も含めた我々の代表のような立ち位置で、この黒を更にドス黒く染め上げるべく、テレビというメディアで攻撃を繰り返しているのだ。

「日本を離れて海外で生活していると、日本の嫌な面も見えてくるのよ」というようなクソダサい話をしたいわけではないので、このへんで止めておくけれど、やってることは「いじめ」と同じなんじゃないかと思う。

小学校のときに、すごく無口で少し太っていて天然パーマだっていう理由だけでまわりのみんなから「気持ち悪い」って言われていた女の子がいた。
確か山田さん。
彼女はなにを言われても反抗するのではなく、ただ黙って下を向いているような人だった。

クラスの席替えのときに誰も彼女の隣の席に座りたくないみたいな雰囲気だったことがあって、僕はその時に手を上げて「隣に座る!」って言ってしばらく彼女と隣同士だったことがある。

これは僕に正義感があるということでは全然なくて、言葉が少ないとか容姿とかで人を決めつけて差別するっていうことが昔から大嫌いだっただけの話で、自慢したいわけではない。

しばらく彼女と隣の席で過ごしていたら、この人は実はものすごくいい人で、消しゴムがなくなるとすぐに貸してくれるし、教科書を忘れたりするとさっと横から見せてくれるし、給食を分けてくれたりもした。
ずっと無口ではあったけど、嬉しそうに笑う顔が印象的で、いま思うとお互い独身で30歳ぐらいで出会ったらプロポーズしたいような人だった。

僕のこの気性は間違いなく母親譲りだ。

とにかく口うるさい母親だったが、一貫して僕に何度も言っていたのは「人のいいところだけを見なさい」ということだった。

まだ元気で生きているので、今度日本に帰ったら「あんたの言ってたことは間違いじゃなかったな」って伝えようかな。だいぶ恥ずかしいけど。

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Hiroshi Hizawa

コンドーム屋でマーケティング・広告宣伝を担当したのち、現在はマレーシアの製造工場で社長。座右の銘は「人生面白いか面白くないかのどっちか」。好きなものは競馬、日本酒、巨人軍。あいうえお順に文章を書くチャレンジをしています。
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