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【さ】三歩歩くと忘れてしまう

最近いろんなことを忘れることが多くなってきたような気がする。

まだ10代の頃に「人間には自分にとって嫌だったことを忘れるという特殊な機能が搭載されていて、もしその機能がなかったら人間は死んでしまう」ということを何かで読んだことがあって、それからこのことをそれなりに意識して日々を過ごしてきた。
だから「忘れる」ということは決して悪いことばかりではないという気持ちで今まで生きてきている。

確かに10年ぐらい前に酔っ払って駅で転んで右の頬骨を骨折して2週間ぐらい入院したときのことはなんとなく覚えているが、その時の痛みは忘れてしまっている。
大学受験のときに全ての大学に落ちたことも、事実としては覚えているけれど、その時の落ち込んだ気持ちみたいなものはよく覚えていない。
父親に浪人するんで予備校のお金を出してくれ、って頭を下げたのは覚えているけれど。

逆に感動するほど美味しかった日本酒との出会いとか、目が離せないほど美しい夕陽が沈む景色だったりとか、すごく刺激的なセックスだったりとかそういうのはよく覚えている。

前者は「同じようなことを繰り返さない」程度の記憶に留められているのに対して、後者は「もう一度体験したい」記憶として維持されているという感じだ。

僕は今年で50歳になっていて、マレーシアのイポーというところに5年近く住んでいるいわゆる海外赴任者なんだけれど、最近の「三歩歩くと忘れてしまう」というこの感じは、年齢的なものはもちろんあるにしても、海外で生活しているということも大きく関与しているような気がしている。

マレーシアは面白い国で、イスラムのマレー系マレー人と中華系マレー人とインド系マレー人という3つの人種がお互いの宗教観や風習、文化などを尊重しながら生活をしている。
僕みたいな赴任者や外国人労働者みたいな人もいるけれど、それはごく少数なので、アメリカのようないわゆる多民族国家とは少し違う感じだ。

マレー系は主にマレー語と英語、中華系は中国語(僕の住んでいる地域は主に広東語)とマレー語と英語、インド系はヒンズー語を中心としたインドの言葉と英語とマレー語を話せる。

ただし言葉の得意不得意は人によってもちろんあるし、教育によっても違うので、母国語(正確に言うと彼らの母国はマレーシアなので母の母の母国語みたいな表現が正しい)以外の言葉に関しては、言語力に相当の差がある。

彼らがコミュニケーションを取るときは、自分が得意な言語と相手が理解しやすい言語を混ぜて話をするので、僕がいるオフィスではマレー語と英語と広東語とインドの言葉と日本語が常に飛び交うことになる。

僕は日常生活は日本語と英語で、マレー語はほんの少し理解できる程度なので、マレー語しか話せない人、中国語しか話せない人、インドの言葉しか話せない人(このタイプはほとんどいない)とはコミュニケーションが取れないことになってしまう。

海外で生活している人のあるあるだと思うのだけれど、母国語以外のコミュニケーションで得た情報は、とても忘れやすいような気がする。
日本語のようにしっかりと脳に刻み込まれる感覚がないというか、もうちょっと大雑把な理解の仕方をしているんだと思う。

また日本語で得た情報と他の言語で得た情報は、脳の中で違う格納庫に保管されているような感じもあって、そもそも格納庫の大きさは決まっているはずだし、会社では社長という立場にいるのでそれなりに処理しなきゃならない情報量は多いから、格納庫がいつもいっぱいで、容量オーバーでボロボロと記憶がこぼれ落ちているという感覚もある。

僕はCC付きも含めると一日に70通ぐらいのメールが来るので、すぐに返答して片付けちゃえばいいもの、あとで返事すればいいもの、放っておけばいいものとを区別するようにしている。あとで返事をすればいいものはToDoリストにとりあえず入れるのだけれど、ここに入れ忘れたら最後、もうそのメールは完全に無かったものになってしまう。

そんなこんなでまあ最近はいろんなことをよく忘れる。

缶ビールが切れたので、ケースで買って車のトランクに入れたら忘れてそのまま部屋に帰ってしまうとか、携帯をどこに置いたか忘れちゃうとかそんなことはザラにあって、この間自分でもびっくりしたのは、同じマンションに住んでいて、顔はよく見て挨拶もするんだけど、まだ名前を知らない日本人の奥様(僕が住んでいるマンションは、僕のような赴任者が年中出たり入ったりするので、こういうケースはよくある)に名前を聞いて、しばらく世間話をしていたら、その最中にその人の名前を忘れてしまっていたことである。
カオリさんというお名前だったが、それ以来その人と会ったときは、一旦昔から知り合いのカオリちゃんの顔を思い出してから、名前を思い出すというプロセスを踏んでいる。

この感じは海外にいる期間が長引けば長引くほど進行している気もするので、対策として出来るだけ先手を打つような生活態度を心がけている。

「あっ、これは忘れる予感がするな」と感じたときに対処をしておくということで、パソコンの画面にデカデカとメモをしておくとか忘れそうな人の顔と名前を何度か思い出して記憶させるとか携帯の機能を使って事前に知らせてもらうようにしておくとかそういうことだ。

まあでもよく考えてみると、忘れちゃいそうなことってほとんどがどうでもいいことだったりもするので、人の迷惑になったり人を傷つけたりするようなことがなければ、今のまま余計なことは忘れちゃうっていうことでもいいような気もする。

その方が絶対に人生はシンプルになるし。



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Hiroshi Hizawa

コンドーム屋でマーケティング・広告宣伝を担当したのち、現在はマレーシアの製造工場で社長。座右の銘は「人生面白いか面白くないかのどっちか」。好きなものは競馬、日本酒、巨人軍。あいうえお順に文章を書くチャレンジをしています。
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