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「しゃっくり止め職人」の栄光と挫折

「小技のデパート」の異名をとるワタクシには、40年来、幾多の人々を救ってきた十八番がある。

「しゃっくり止め」である。

文字通り、ヒトのしゃっくりを止められるのだ。

小学校低学年でこの技を身に着けて以来、友人や家族、延べ人数なら四桁に届くのではないかという膨大なしゃっくりをこの世から葬り去ってきた。

そう、私は「しゃっくり止め職人」なのである。

どうやって止めるかだって?
まあ、そう慌てないでいただきたい。
まずは正しい基礎理解を得ておこう。
Wikipediaから引用する。

しゃっくり(噦り、吃逆、呃逆、嗝、英語; hiccup)とは、横隔膜(または、他の呼吸補助筋)の強直性痙攣および、声帯が閉じて「ヒック」という音が発生することが一定間隔で繰り返される現象で、ミオクローヌス(myoclonus:筋肉の素早い不随意収縮)の一種である。

しゃっくりは明確な原因がなくても起こるが、飲食物や会話などの刺激がきっかけになることがある。まれに横隔膜の炎症や肝臓癌・腎臓病・脳腫瘍といった疾患によって引き起こされることもある。

引用などしなきゃよかった。
要は(普通の)しゃっくりは、横隔膜の痙攣が原因の、自分でコントロールできない一時的なトラブルだ。
こんなの、誰でも知ってますね、すいません。

横行する野蛮な止め方

世間には、いろいろなしゃっくりの止め方が流布されている。
愉快なノウハウを集めた好著「わかもとの知恵」(金の星社、2001年刊)には以下のようにある。

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なかなか強引かつケミカルなリスクを伴う手法である。
表紙にも採用されている挿絵をみると、しゃっくりを止めるというより、重度の麻薬中毒患者をさらにヤク漬けにしているようにも見える。
これ、死ぬだろ、アリさん。

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もっともポピュラーなのは「ビックリさせる」という手法だろう。
ショックで横隔膜の痙攣がとまるという理屈である。
これは古典的であるとともに、ドラえもんのひみつ道具の原理に採用されているところから、少なくとも22世紀まで有力な手段として生き残るであろうと推察される。

もっとも、「ビックリさせる」という方法は評判が悪い。
普通、人間は突然ビックリなどさせられたくないからだ。
背中を叩いたり、大声を出したりといった暴挙に及び、おまけにしゃっくりが止まらなかったら、相手に恨まれるだけである。
こんな野蛮な手法が22世紀まで受け継がれるのが確実視されるとは、実に嘆かわしい。

しゃっくりを止める方法には他にも、
・息を止める/強引に吸い続ける
・酢を飲む
・コップの反対側から強引に水を飲む
・舌をグイっと引っ張る
などなど、ショック療法の延長線上とも言える原始的な手段がいろいろとある。
いずれも、しゃっくり止め職人の私に言わせれば、五十歩百歩の昭和な方法である。

スマートな止め方

そろそろ読者も焦れてきたころだろう。私の方法をご披露する。
まず、フォームはこうである。

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(←止めるヒト 止められるヒト→)

手を握る前に、こんな前置きをする。

「手のひらの真ん中には、横隔膜のツボがあります。次にしゃっくりが出たら、その瞬間にツボを押します。ただし、かなり強く押すので、ちょっと痛いかもしれません

そして写真のように右手のツボに親指を乗せたら、左手全体で相手の手をつかみ、自由を奪う。すこし強めのグリップで、相手に「逃げられない」と思わせるのがポイントだ。
そのうえで、少し顔の位置を下げ、上目遣いでにらむように相手の目をのぞき込む。これ以上ないほど、真剣な表情を作る。
そして、

「絶対に目をそらさないで。瞬きもできるだけ我慢して」

と相手に要求して、こちらも瞬きせずににらみ続ける。

これで、しゃっくりは、止まる。

本当なのだ。絶対、とは言わない。9割がた止まる。
止まったな、と思ったら、「1分ぐらいはしゃべらないで」と指示する。
経験的に、油断して声帯を動かすと再発してしまうケースが多い。

近所の兄ちゃんの知恵

私にこの方法を伝授してくれたのは、かなり年が離れた近所のお兄さんだった。5歳上の長兄より少し年上だったように記憶する。元気かな、ハットレ君。
彼がどこからこのスマートな手法を仕入れてきたのかは分からない。40年ほど前のことだから、ネタ元は雑誌か、深夜ラジオか、テレビか、その辺りだろう。
兄弟間で試してみたら、確かに、かなりの確率で止められる。
原理がよく分からないのが、逆に面白かった。

それ以来、私は学校で誰かがしゃっくりしているのを見つけると、「止めてやるよ」とおせっかいを繰り返した。
小学校、中学校、高校と幾多の実戦経験を積み、しゃっくり止め職人としての道を着々と進んだ。
高校のバスケ部の同級生に至っては、ある日、休み時間ごとに私の教室まで「助けてくれ」と泣きついてきて、その日だけで4~5回、しゃっくりを止めてやったことがあった。
というか、毎時間、しゃっくり再発してんじゃねーよ、キンタ。

高校生ぐらいになると、この手法の原理というかキモも分かってきた。
要は、しゃっくりしているヒトを緊張させれば良いのだ。
一応、その道では手のひら中央は横隔膜の「反射区」とされるが、そんなん、どうでもいいと思う。

「ちょっと痛いですよ」「瞬きしないで」と手を固く握って迫られ、日常生活ではありえないほど目を凝視される。
これで緊張しないわけがない。
その結果、横隔膜の痙攣から気がそれて、しゃっくりするのを「忘れてしまう」というのが、おそらくこの手法の作用機序だ。

面白いのは、この原理を説明した後でも、しゃっくり止めの効果はあまり減衰しないのだ。
私は滅多に真面目な顔をしないのでギャップによる緊張誘発効果が大きく、しゃっくり止め職人の適性が極めて高いと自負している。

大学生になっても、この技は一部で喝采の的であったが、社会人になってからは相手を選ぶようになった。
しゃっくりで困っているのがオッサンならいいのだが、女性だと躊躇せざるを得ない。
だって、止まらなかったら、「口実を見つけて手を握りたがるただのセクハラオヤジ」と認定されかねないではないか。
君子危うきに近寄らず、である。住みにくい世の中だなぁ。
ちなみに三姉妹は、しゃっくりが出ると、「止めて」と寄ってくる。奥様はなぜか体質的に滅多にしゃっくりが出ない人である。

止まらないしゃっくりもある

さて、こうして長年しゃっくり止め職人として研鑽を積んだ私には、密かに抱き続けてきた疑問があった。

「この手法は、世界に通用するのだろうか?」

日本人は、手を握られたり、目を見つめられたりするのに慣れていない。
でも、そんな所作が日常茶飯事の欧米では、私の手法は相手に緊張感をもたらせず、ただのセクハラ一直線に終わるのではないか?
私は所詮、島国・日本でしか通用しない「井の中の蛙」ではないのだろうか?

プライドと好奇心を試す天与の機会は、赴任先のロンドンで訪れた。

場所は中心部と郊外の境界線に位置するホワイトシティー駅。通勤で利用していたセントラルラインの主要駅で、ホワイトシティー止まりの電車もちょいちょいあり、乗り換えで降車する人が多い駅だ。

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(高井家では「白街(しろまち)」と呼ばれてました)

ある晩、私は自宅の最寄り駅に向かうイーリングブロードウェイ行きの電車への乗り換え待ちで、ホームのベンチに座っていた。
しばらくして、ベンチの一方の端に座った30絡みの女性が、1分に2回くらいのハイペースでしゃっくりしているのに気付いた。
彼女のしゃっくりは、5分ほど経っても止まらなかった。

この5分は、彼女にとってはしゃっくりとの格闘、私にとっては長年の疑問に挑むチャンスをつかむか迷う苦悩の時間となった。

最後には、職人の探究心がためらいを打ち負かした。
私は女性のすぐ隣に席を移し、こう切り出した。

「奇妙に聞こえるのは承知しているが、私はしゃっくりを止める名人だ。これまで何百人ものしゃっくりを止めてきた。少しの時間をくれれば、あなたの苦痛を止められるかもしれない」

彼女は「この人、何を言い出すの?」と驚きつつも、興味津々な様子

「OK、やってみましょうよ!」

と乗ってきた。さすが、ノリがいいね!
ついに、この日が来た。

しゃっくり止め職人、世界デビュー戦である。

私は彼女の手を固く握り、日本でやっていたように、英語で前口上を述べ、彼女の目をじっと見据えた。

試すこと数分。

彼女のしゃっくりは、いっこうに止まらなかった。

実は、対峙した瞬間、私は「これは、アカン」と敗北を悟っていた。
なぜなら、彼女は尋常じゃなく酒臭かったからだ
経験的に、酔っ払いのしゃっくりは私の手法では止まらないのだ。
酔っ払いと緊張感が対極に位置するのは、言うまでもなかろう。
しばらくして、彼女が乗る電車がホームに滑り込んできた。
敗北感に包まれた私は、

「助けになれなくてすまない…」

と力ない言葉を口にした。
すると彼女は、

「あなたはベストを尽くしてトライしてくれた。ありがとう!

と酒臭いながら心のこもった謝辞と爽やかな笑顔を残し、セントラルラインの古ぼけた車両にふらつく足で乗り込んでいった。

酔っ払いって、素敵ですね!

世界デビュー戦は、こうして不本意な結果に終わった。
でも、私は、まだ長年の疑問への答えは出ていないと思っている。

シラフなら、欧米人相手でも私の手法は通用するのではないだろうか?

この疑問を解き明かす日が来るまで、私のしゃっくり止め職人としての歩みは終わらない…。

ちなみに、もう1つ、深刻な悩みがある。
この手法、自分のしゃっくりは止められないのだ。
鏡を見ながら何度か試したが、ダメだった…。

しゃっくり、奥が深いな…。

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