「究極のUX」のヒントは近所の銭湯にあった

今、私は動揺している。
ほんの浮気のつもりだったのに、本気で惚れてしまいそうなのだ。
といっても、ご期待に沿えるような家庭崩壊系の話ではない。
銭湯の話である。
3連休に絡めて引っ越し、室内は「シッチャカメッチャカ」からようやく「ガッチャガチャ」ぐらいまでたどり着き、ネット環境もできた。
うん。
手も足も腰もパンパンだし、自分へのご褒美で銭湯ぐらい言ってもバチは当たるまい。
さっそくGoogle先生にお尋ねすると、歩いて10分もかからないところに良さげな銭湯があった。というか、銭湯で「☆4.1」なんてのは、なかなかの優良銘柄に違いない。

「本当は『心の故郷』に行きたいところだけど、ちょっと遠くなっちゃったからな……」

そんな妥協と打算のつもりで、私はいそいそと近所の銭湯に向かった。

心の故郷 あけぼの湯

先に「心の故郷」について説明しておこう。
それは都営新宿線の船堀駅からほどちかい「あけぼの湯」という銭湯である。ちなみにGoogleのレビューは「☆4.2」である。

さて、軽く紹介でもとググったら、ごく最近、こんな長編記事が出ていて驚いた。

さわりだけ抜粋する。太字は高井。

あけぼの湯は江戸時代(創業1773年)から240年以上も続く老舗の銭湯だ。創業当時は交通の要だった江戸川区を流れる新川の川沿いで営業していたが、人の流れの移り変わりとともに1953年に現在の場所に引っ越してきた。
1階には大浴場や露天風呂、2階には岩盤泉やマッサージ風呂、牛乳風酵素風呂など計12種類ものお風呂がある。サウナも通常のものとスチームサウナの2種類があり、設備は非常に充実している。
「いろんな種類のお風呂を楽しめるだけではなくて、あけぼの湯では全てのお風呂に無色透明の天然温泉を使っています。都内で無色透明の天然温泉を楽しめる銭湯は、かなり珍しいと思いますよ」と、嶋田さんはあけぼの湯の魅力を語る。

そう、ここは様々なお風呂があって、すべて天然温泉なうえ、サウナから露天風呂まであるのだ。
それで、値段はフツーの銭湯と同じ。サウナに入っても800円かからない。
「あけぼの湯」という地上の楽園について、上記の良記事から唯一抜けているファクターを補足しておこう。

湯上りの「生中」、たったの500円。ナマですよ、ナマ。

2016年にロンドンに赴任するまでは自宅から自転車で10分弱だったので、多い時は毎週末、少なくとも月2回は通っていた。
三姉妹が小さかったころ、子どもを自宅で風呂に入れてから「あけぼの湯」に行くという我ながら訳のわからないことまでしていた。
昭和な風情がたっぷりで、ホームページがまた何とも言えない味わいがある。ぜひこちらのリンクからタイムスリップしてみてください。

The Economistに出た銭湯

「あけぼの湯」については、ロンドン時代にちょっと愉快な思い出があるのでついでに。
欧州のお風呂事情は日本人には悲劇的で、温泉はおろか、まともに湯舟にザッブーンと入れるところすらほとんどない。毎週、楽園に通っていた身にはつらい境遇だった。
そんなある日の朝、自宅2階のイマイチなバスタブで長年の習慣の朝風呂をつかっていたら、階下から三女の大声がした。

「お父さん、あけぼの湯がつぶれそうだよ!」

なに!?おれの心の故郷が……?
しかし、ここはロンドンだ。
どうやってそんな情報を三女が入手できるというのか。
さては東京時代のママ友あたりから、LINEかメールでいい加減な噂話でも流れてきたのだろう。

「 ニュースソースはなんだ! いい加減なこと言ってると許さんぞ!」

と叫び返すと、

「Economistに出てるよ!」

は?Economist?
また、こいつは訳の分からんことを……湯から上がり、1階に降りてみると。
ホントに出てた(笑)

確かに、後継者不足で東京最古の温泉が19代目にして姿を消すかもしれない…とある。私個人にとどまらず、日本の文化にとって重要なテーマなのに、写真のキャプションが酷かった。

"Not to be confused with Soapland"って……おかげで三女が「vanishing soaplandだって」って間違って単語登録してしまったのを覚えている。
しかし、よく見つけたものだ。小6のくせにThe Economistなんて読んでやがるとは。

閑話休題。
ということで、私はロンドンに行くまで10年ほど、「あけぼの湯」にこの身を任せてきた。小さなころは娘たちをちょいちょい連れて行ったこともあり、思い出深い場所でもある。
帰国後は自宅が都営新宿線で数駅離れたところに移ってしまった。
それでも強引に電車で通い、月イチか隔月ぐらいで足を運んでいた。

そう、私にとって「あけぼの湯」こそ本命であり、たまに行く他の銭湯はあくまで間に合わせの浮気のようなものだったのだ。

今日までは。

「タオル?無料です」

本日、Google Mapで探してふらりと入ったのは、「さくら湯」という銭湯だった。
「くつろぎプラザ」というのが意味不明だが、下町っぽい街並みに溶け込む店構えに「銭湯ハンター」のアンテナが反応し、期待が高まった。

玄関からして「いかにも」である。いいね、いいね。
特にこの、「すべての傘は盗まれる運命にある」という性悪説に則った傘のロッカー。銭湯はこうじゃないとな!

番頭まで進んだところで間抜けなことに気づいた。
タオルを持たずにきてしまったのだ。
今どきの銭湯はたいてい無料のボディソープとリンスインシャンプーが備え付けてある(これ、マメな)。
でも、タオルは通常、有料だ。
仕方ない。ま、100円か200円で石鹸とセットだろう。

「タオル、いくらですか?」
「はい、これ、どうぞ。御代はけっこうです
「え?」
「バスタオルは50円です。いります?」
「いや、いいです」

おいおい。太っ腹だな!
今、サイトを見てみると、「手ぶらでOK」というコンセプトで運営しているようだ。

予備知識ゼロだったので、「タオルぐらい気にすんねぇ」という人情が心にしみた。思えばこの時点で私の心は「浮気」から「本気」に傾きかけていたような気がする。
第一印象、大事よね……お風呂も男女も。

痒いところに手が届きまくる

追い打ちをかけるように好印象を高めたのが、ロッカーのカギとサウナ使用者用の識別バンドだ。両方とも金属やプレート部分が肌に触れにくいような形状のラバー製バンドになっていたのだ。
サウナ愛好者ならお判りいただけるだろうが、これは嬉しい。サウナでは金属製のカギはけっこう熱を持つ。これが肌に触れる「アッチッチ」リスクをバンドで低減しているわけだ。

脱衣所で手早く衣服を脱ぎ棄て、いざ、浴場に。
ここでまた感心した。サイトで浴室内を隈なくみられる(ってのがすごいな…)ので暇な人は見てみてほしいのだが、面倒だろうからキャプチャしておいた。こんな感じだ。

左手の湯舟は、奥から「入浴剤入り」「セラミック床風呂」「肩湯風呂」「ジェット噴射」「ジャグジー風」と並んでいて、それぞれ1~2人でいっぱい。一番手前の白濁しているのは入浴剤ではなく微細な泡が発生するタイプだ。シュワシュワして気持ちよく、温まる。

浴場全体は、ご覧のように、決して広くはない。
だが、狭さのなかで「品揃え」をキープしているだけでなく、お湯が「ぬるめ」から「熱め」まで3段階に分けてある。細やかな気配りだ。
ヒットだったのは床に足裏マッサージのセラミックプレートが敷いてある珍しいお風呂だった。
足踏み運動の要領で凸凹を5分ほど踏むと、足裏の筋肉はほぐれるし、温まるし、血行は良くなるし、控えめに言っても最高だ。

さらに、狭さを補う洗い場の工夫を見よ。
6角形の「島」が2つあり、壁際の洗い場と合わせて十分な人数が「待ち」のストレスなく利用できる。シャワー、カランも使いやすい。
良く見ると、通常のプラスチック椅子以外に、奥に1つ、大きくて高めの椅子が別に用意してある。
子どもが使ってもよし、足腰の弱った高齢者にも優しい配慮だ。

2つ並んだシャワーブースに行って、また「おお、分かってる……」と唸った。
無料のボディソープとシャンプーが、立ったまま手元で使える位置の棚にセットされているのだ。
他の銭湯だと、ボトルを放り込んだプラスチックのかごが浴場内をさまよっているので、まず探すのが面倒。しかも、洗い場での床置き前提だから、シャワーだとイチイチしゃがんでポンプをプッシュしなければならない。

「なかなか気の利いた店主だな」と体を洗ったあと、サウナに向かうと、こちらもスペースとしては3~4人でいっぱいの小部屋だが、温度管理は熱すぎず、温くもない92~93度と完璧だ。心地よく汗が噴き出してくる。
壁には、ありがちな砂時計ではなく「サウナ用時計」が付けてある。
これも「サウナー」からすると「わかってるな!」というポイントだ。
特殊な時計で、赤い細い秒針と長針しかない。長針は1分で通常の時計の1時間分、進む。目盛りは「1から12まで」だから12分で長針が1周するわけだ。
これは「砂時計争奪戦」を避けて正確にサウナ内に何分いるのか全員が把握できるフェア&クリアなシステムなのだ。

あっちもこっちも…できる……。
できるぞ、この銭湯!

いつものように3クールのサウナの後で軽く湯につかって脱衣所に戻った。
そして設備をぐるりと見わたして、さらに感心した。
まず、これ。

「おしりだって、あらってほしい」という名コピーにならえば「メガネだって風呂入りたい」といったところだろうか。

そのすぐ横の有料ドライヤーの場所には、「髭剃り後用のローションあります。特価10円 番頭まで」と貼り紙があった。
「ああ、これもナイスだな……。でも、今、湯上りすぐに塗りたいんだけど、番頭まで出ていけないしなぁ。次回は入るときに買おう」と考えていたら……
なんと!

脱衣所に、番頭直通窓口!!
これは、「番頭さんから丸見えは嫌」というヤングのニーズとアクセシビリティを両立する素晴らしいソリューションだ。
楽しそうだったので、「コンコン」と叩いて、ローションを10円で買ってみた。
やっぱり楽しかった。エンターテインメント性までありやがる。

凄いのは浴室だけではなかった

ああ、なんて居心地の良い銭湯だろう。
お客の目線で、「こんなこといいな、できたらいいな」がそろっている。
これこそ、最高のユーザーエクスペリエンスってものだろう。

すっかり気を良くした私は、銭湯の醍醐味の1つ、「湯上りに30分ほどボーっとする」という至福の時を過ごすため玄関横の休憩所に向かった。
ここも「これでもか」という心配りの目白押しであった。
まず、浴場で唯一不満だった、銭湯の売り物の「壁画」の不在がこんな形でカバーしてあった。

「やっぱり東京の銭湯には富士が似合うな」と眺める横には、ボーっとする人の最高のパートナー、熱帯魚の水槽ときたもんだ。

もちろん、健康チェックのアイテムもそろっている。

この体脂肪計の電池が切れていたのが、今日の唯一の「落ち度」だった。

ダラダラすごす人向けに本も用意されている。マンガから小説までそこそこ良いラインナップだ。

「この銭湯、底が知れん……!」
と、スラムダンクの赤木みたいなセリフを思いうかべていると、さらに驚きの発見があった。

性悪説の傘立てとは真逆の、性善説な貸し出しコーナー。昔、駅にこういうのありましたよねぇ。
「小さな図書館」。
いい。
実にいいぞ!
どれどれ、と蔵書をツラツラ見ていたら、こんなものを発見した。

これは……。この銭湯の人なんじゃないだろうか?
本なんて出してて、もしかして、業界では有名人なのだろうか。
ちなみご経歴はこの通りだ。

銭湯生まれ、銭湯育ち、「さくら湯」自体、私が生まれる20年も前、つまり67年前に開業している。
恐れ入りました。

まさか、こんな「飛び入り」で入った銭湯で、「痒いところを全部ベストの『圧』で掻いてもらう」ような最高のUXを味わえるとは思いもしなかった。

最寄駅から3分でこんな場所があって、そこから自宅まで10分弱。
「手ぶらOK」の受け入れ態勢。
これは、もう、「下着の替えを常時カバンに忍ばせる」以外、選択肢はないではないか。

うん。
こうしよう。
「あけぼの湯」は心の故郷。
「さくら湯」はホームグラウンド。
優劣などない。
「浮気」も「本気」もない。
あるのは「素晴らしい2つの銭湯」だけだ。

と自分を誤魔化しているのは、痛風リスクが高まってビールが飲めないってのもある。ひとまず「故郷は遠きにありておもふもの」ということにしておこう。秋の検診で尿酸値が下がったら、「あけぼの湯」、地下鉄乗り換えて再訪します。

帰り道の橋の上から見上げると、スカイツリーが綺麗にライトアップされていた。

いやいやいや!
Google photo先生、盛り過ぎでしょ。
元写真はこれです。

こういう「カサ上げ」するような所業は、本当のUXとは言えないんじゃないだろうか。
Googleの諸君、一度「さくら湯」に行って本当の顧客目線のUXとは何か、学んでらっしゃい。

しかし、高井さん、よく銭湯ネタで5000字も書けますね(笑)
久々にnote書けて嬉しくて、調子に乗ってしまった。
では、また。

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高井浩章

5万部超の経済青春小説「おカネの教室」を書いた人。 記者歴20年超の三姉妹のお父さん。 新潮社フォーサイトで「独選『大人の必読マンガ』案内」連載中。 ツイッターもやってます→ https://twitter.com/hiro_takai 取材等の問い合わせはツイッターでお気軽に。

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