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「Kindleで1万部突破」のヒットはどうやって生まれたか ベストセラー「おカネの教室ができるまで」総集編その2

このほどシリーズを一本化した完全版を公開しました。リンクはこちら。

発売から半年で約3万部のベストセラーとなっている異色の経済青春小説「おカネの教室」。サラリーマン記者が書いた家庭内連載の「変な本」がいかにヒット作に化けたのか。兼業作家のメジャーデビュー体験記の総集編その2です。
今回はKindleの個人出版、Kindle Direct Publishing(KDP)の体験記が中心。KDPでのコンテンツ作りやマーケティング、ロイヤリティ収入の内幕などを赤裸々に紹介します。
総集編その1の家庭内連載編を先に読んでいただけると、より深く楽しめます。

目次

最初に 1万ダウンロードへの道
1 リライトの極意「寝かせて、削る」
2 よみがえった「電子書籍の衝撃」の衝撃
3 超お手軽 Kindle個人出版
4 Amazonレビューの光と闇
5 村上春樹を倒したKindle本
6 もうかりまっか? もうかりまっせ!
7 
計算通りと計算外
8 なぜ1万部突破を達成できたのか
あとがきと予告
(本編は「『おカネの教室』ができるまで」の9~15回を大幅に加筆修正した総集編です。小ネタにご興味あれば、そちらもご覧ください)

最初に 1万ダウンロードへの道

まずKDP版「おカネの教室」の累計ダウンロード数をご覧いただこう。

2017年3月のリリースから3か月足らずの5月に5000を超え、半年強で1万の大台を突破している。これはKDPとしては異例のヒットだ。
この間、無料部門の総合トップも獲得した。Kindleの無料コンテンツの3大勢力、「エロ」「著作権切れの名作」「マンガ・ラノベ」を押しのけての快挙と自負している。
「快挙」といっても、この時期にリリースされた「A女優大全」シリーズにすぐにごぼう抜きされ、トップだったのはわずか3時間ほどだったが…。

ちなみに「おカネの教室」は商業出版のKindle版でも半額キャンペーン時に有料部門で数時間だけトップを取った。おそらく有料・無料の両方で首位になったコンテンツは空前絶後ではないかと思う。

ここで「ダウンロード数」について説明しておく。テクニカルな詳細に興味のない方は下のボックスは飛ばしてもらって構わない。

Kindleには「Unlimited」という定額読み放題サービスがある。月額980円払えば、文字通り、数十万の対象コンテンツが無制限に読める。
「おカネの教室」の場合、読者の9割はUnlimitedだった。「ポチ」っと買ってくれる読者と違って、こちらはダウンロードしたかどうか、作者にはわからない。分かるのは読んだもらったぺージ数だけだ。
そこで便宜上、この既読ページ総数を作品のページ数で割った「読了換算数」をダウンロード数としてカウントしている。途中で投げ出す人もいるだろうから、単純なダウンロードより堅めの数字になるはずだ。
このベースで、KDP版は前編・後編・統合版のシリーズ3作で1万1000超のダウンロードを獲得した。

では、「1万ダウンロードまでの道」をたどってみよう。

1 リライトの極意「寝かせて、削る」

7年にわたる家庭内連載が完結したのは2016年10月のことだった。
この時点では、KDPを含めて出版の予定はなかったが、私は全面的にリライトして作品の完成度を高めるつもりだった。「完成形にして娘たちに繰り返し読んでもらえるものにしたい」という思いとともに、「せっかくだから友人や知人にばらまこう」と考えたからだ。
見栄っ張りなので、未完成のものを拡散するのはプライドが許さなかった。

1か月「寝かせる」
最初に取り掛かった、というか、取り掛からなかったのは、「原稿を寝かせる」ことだ。
私の小説作法のバイブル、スティーブン・キングの「書くことについて」から引用する。

原稿をどれだけ寝かせたらいいかはひとによってちがうが、私は六週間を最低の目安としている。(中略) あなたはその原稿のことが気になってならず、何度もそれを取り出したいという衝動に駆られるだろう。(中略) だが、誘惑に負けてはならない。(中略) 機はまだ熟していない。(中略) かつて数か月にわたって毎日数時間をあてた非現実の世界をほぼ忘れかけたときが、ようやく引き出しのなかの原稿に向きあえるときなのだ。

昔から「夜書いた手紙は朝読みなおしてから出せ」と言われる。今ならSNSの投稿がそうだろう。「寝かす」ことには、そういった頭を冷やすという効能以上の意味がある。さらにキングを引こう。

はじめて経験する者は、六週間ぶりに自分の原稿を読むことに不思議な感慨を覚えるだろう。(中略)「自分と瓜ふたつの他人が書いた原稿を読んでいるような気がするにちがいない。それでいい。それこそが時間を置いた理由なのだ。いつだって、自分が愛している者より、他人が愛している者を切り捨てる方が気が楽だ。

「切り捨てる」とは、原稿をバサバサと削ることを差す。キングの教えにならい、1か月ほど原稿を寝かせてから、私は第2稿に取り掛かった。

初稿から2割カット
リライトがどう進んだのか、初稿と第2稿の分量を比べてみよう。

初稿  21万4600文字 229ページ
第2稿 16万9600文字 175ページ

文字数、ページ数とも2割ほど圧縮している。
どんな調子でガシガシやったか、少し長くなるが冒頭シーンを引用する。
先に第2稿、つまりKDPのリリース版から。

 予想通り、教室はがらんとしていた。
 ちょっと迷ってから、僕は窓から三列目、前から三番目の席についた。校庭の真ん中でサッカークラブが準備体操をしている。ため息が出た。クラスの男子十五人のうち十人がサッカークラブを希望して、当選枠は五人しかなかった。僕は四年生、五年生に続く三連敗で落選した。バスケ、野球クラブの抽選でも続けて落ちて、残ったのは英語クラブと、ここだけだった。英語は大嫌いだから選択の余地はなかった。こんなクラブ、五年の時には無かったし、「なんで、いまどき」とは思ったけど。
 もうクラブ開始時間を五分過ぎているのに、誰も来ない。よっぽど人気がないんだろう。それにしても顧問の先生すら来ないってのは、どういうことだ。
 「ようこそ!」
 突然、教室の後ろから大きな声がして、僕はビクッと飛び上がった。三センチくらい、ほんとにお尻が浮いた。

次に初稿。読む必要はない。太字が「削り」対象なので、残した部分とのバランスだけご覧いただきたい。

 思ったとおり、教室はがらんとしていた。
 こういうとき、どこに座るかってのは、なかなか難しい問題だ。
 教壇の真ん前に座るのはいやだ。でも、一番うしろとかもまずい。「さ、空いてるから、前に」なんてちょいちょいと呼び寄せられて、結局、先生の目の前に座らされるかもしれない。
 ねらい目は真ん中あたり、しかも右か左にずらした席だな。
ちょっと迷ってから、僕は校庭の窓側寄り二列目、前から三番目の席についた。
 外をながめると、校庭の真ん中では野球クラブとサッカークラブ、正門近くのスペースではテニスクラブが準備体操をしている。ため息が出る。
 こんなところに座ってなくちゃいけないのは、ひとえに僕のくじ運が最低の最悪だからだ。
 
 姉貴はいつも「くじ運は生まれつきの才能」と自慢する。確かにヤツは、強力な「引き」を持っている。この前なんて、ショッピングモールの抽選で、わずか六回のチャンスで二等と四等を引き当ててみせた。商品はポインセチアかなんかの植木とやわらかティッシュ二箱だったけど、父さんも母さんも大喜びだった。「さすが」とか言って。僕だってガラガラポンって球が飛び出るやつ、回してみたかったのに。母さんははじめから「ここは千秋の出番ね」なんて言って僕を軽く無視してくださった。
 まあ、いい。それより、僕のくじ運がひどいって話だ。

 サッカークラブから落ちたのは仕方ない。クラスの男子二十人のうち十八人が希望して、当選枠は五人しかなかったんだから。でも、四年生、五年生に続く三連敗は、けっこうへこむ。
 ひどかったのは野球クラブの抽選だ。希望が十人で五人が通るっていうわりと「広き門」だったのに。
 気がついたらバスケットボールとかほかのクラブはみんな埋まってて、
残ったのは英語クラブと、ここだけだった。英語は論外。姉貴が下手くそな巻き舌で教科書を読んでるのを聞いてるだけで鳥肌がたつ。
つまり、僕に選択の余地はなかったのだ。
 でも、こんなクラブ、五年の時には無かったよな。「なんで、いまどき」とぼやいたら、小木曽先生、ニヤニヤして「英語にしてもいいんだぞ」だって。さすが三年生から続けて担任だっただけに、僕の嫌いなものをよく知ってる。
 時計を見上げると、もう三時半を回っている。でも、まだ誰も来ない。よっぽど人気ないんだろうな。というか、顧問の先生すら来ないって、どういうこと?

「ようこそ!」
 突然、教室の後ろから大きな声がして、僕はビクッと飛び上がってしまった。大げさじゃなく、三センチくらい。ほんとに、飛んだ。

連載モノとしてはリズムが出るような描写や独白も、読み切りモノとしては冗長で退屈に感じる。こういう部分をバサバサと落とした。
ちなみに書籍版はこの第2稿からさらに削っている。見比べてみると面白いかもしれない。

「削る」という基本方針について、キングの面白いエピソードを紹介しよう。ハイスクール時代、投稿した雑誌から次々届く不採用通知のなかに、キングの手法を一変させた一通があったという。

編集者の署名(印刷されたもの)の下に、こう記されていたのである。”悪くはないが、冗長。もっと切りつめたほうがいい。公式 ーー 2次稿=1次稿マイナス10%。成功を祈っています”

それまでキングの第2稿は、初稿より長くなりがちだったという。
やってみると分かるが、原稿というのはその気になれば削れる個所は多く、しかもほぼ間違いなく、削ったほうが良い文章になる。
この作業を徹底するためにも、「寝かせ」て他人になる儀式が必要なのだ。

「穴」を埋める
贅肉を落とす作業とともに大切なのは、ストーリーとキャラクターの一貫性の確保だ。
「おカネの教室」は連載時、キャラ任せ・筆任せの「キング方式」で執筆した。同じように「いきあたりばったり、思いつくままどんどん即興的に」書くという村上春樹は、第2稿の作り方をこう語る。

そういう書き方をしていると、結果的に矛盾する箇所、筋が通らない箇所がたくさん出てきます。登場人物の設定や性格が、途中でがらりと変わってしまったりもします。時間の設定が前後したりもします。そういう食い違った個所をひとつひとつ調整し、筋の通った整合的な物語にしていかなくてはなりません。(「職業としての小説家」より)

「おカネの教室」の場合、初稿には以下の2つの大きな「穴」があった。

①ビャッコさんのキャラがぶれている
②「かせぐ」「ぬすむ」「もらう」の説明が混乱している

①は、村上が言うように、キャラの性格が書いているうちにずれていった結果だった。初稿のビャッコさんは最初、ちょっと感じの悪いキャラとして描かれている。ちなみに作者の脳内イメージは「不機嫌な椎名林檎」だった。
心を閉ざし気味だったビャッコさんが徐々に打ち解ける、という流れ自体は残しつつ、前半と後半のギャップを埋め、変化をマイルドにした。

厄介だったのは②の講義内容の混乱だった。
これも「行き当たりばったり」の産物で、カイシュウ先生の説明は回りくどく、前後が食い違う部分もあった。書籍版では立て板に水の講義を展開する彼も、実は生徒2人のツッコミに大いに苦戦していたのだ。書いている私も一心同体で四苦八苦していたわけだが。
この②の解消はかなり難題で、結局、リライトには1か月程度かかった。

「世間」に出た家庭内連載
2016年12月14日、私はFacebookにこう投稿した。

三姉妹向けに書いていたお話が書きあがった。「おカネの教室」というタイトル。ということで、完成特別記念で(笑)、読んでみたいという奇特な方、以下のアドレスにリクエストいただいたらファイルをお送りします。Word形式です。

この時点でもなお、私には、KDPも含めて出版の心づもりはなかった。配ったファイルの作者名は「おとうさん」のままだった。
ともあれ、家庭内連載はこうして初めて「世間」の目に触れることになった。そして、それは予想外の反応を呼び起こした。

2 よみがえった「電子書籍の衝撃」の衝撃

投稿には反応してくれた親類や高校・大学時代の友人20人ほどにせっせとファイルを送った。しばらくして感想が返ってきた。「超面白い」「本にしたら絶対売れる!」という声のほか、「こんな素晴らしい本をタダでシェアしてくれるなんて、アナタは素晴らしい人だ」なんていう面はゆいものもあった。
自分でも「これ、なかなか面白いよな」とは思っていたが、ここまでの反響は予想外だった。

商業出版に向かない「変な本」
とはいえ、「こんな変な本は出版社からは出せないだろう」というのが私の冷静な判断だった。「書店のどのコーナーに並ぶか想像できない」と思ったからだ。この「置く棚が決まらない」問題は商業出版後も続いている…。
しかも私は当時ロンドンにいた。出版社に伝手もなく、売り込みに歩くわけにもいかない。

「さて、どうしたものか」と思ったとき、浮かんだのが電子書籍の個人出版という選択だった。
それには佐々木俊尚の「電子書籍の衝撃」の記憶が強く影響していた。
今から8年前、情報通信業界の担当記者になった私は、お勉強の一環で2010年刊のこの本を読み、文字通り、衝撃を受けた。読了してすぐ米AmazonからKindleの端末を取り寄せたくらいだ。
最も印象深かったのは、書き手にとっての電子書籍のインパクトを指摘した部分だった。同書は電子書籍の「生態系」が完成し、従来の紙の本と違う世界を築く条件に、
①適切なデバイスの普及
②プラットフォームの出現

を挙げたあと、こう記している。

第三に、有名作家か無名のアマチュアかという属性が剥ぎ取られ、本がフラット化していくこと。
第四に、電子ブックと読者が素晴らしい出会いの機会をもたらす新しいマッチングモデルが構築されてくること。(「電子書籍の衝撃」より)

今読めば、「そりゃそうだろう」と思うかもしれない。
だが、この本が出たのは2010年、iPadの発売前なのだ。私個人で言えば、iPhone3GSでスマホデビューした直後のことだった。
今回、再読してみて、「予言の書」としての先見性に改めて驚いた。当時の自分が衝撃を受けたのも道理だ。
「電子書籍なら、いつか自分も自由に出せる」。
そのとき感じた興奮が「おカネの教室」の着地点とつながった。
偶然だが、「おカネの教室」の家庭内連載は「電子書籍の衝撃」を読んだのとほぼ同時期に始まっている。スティーブ・ジョブスが言い残した通り、「どの点とどの点がつながるかは、つながる時までわからない」ものだ。

最終確認のつもりで商業出版の経験者の友人2人にも「おカネの教室」を送って意見を求めた。2人はやはりほぼ私と同意見だった。
方針を固めた私は、Kindleでの個人出版について情報収集を始めた。
そして、その、あまりのお手軽さに、拍子抜けした。

3 超お手軽 Kindle個人出版

当時も今も、「個人でKindle本を出したんですよ」と話すと、「すごいですね」という反応が返ってくることがある。
実はこれ、何もすごくない。少し調べればわかるが、Kindle Direct Publishing(KDP)は、あまりにも簡単で、コストもほぼゼロなのだ。
Amazonのアカウントを持っていれば、
①ロイヤリティーの受け取り口座設定
②コンテンツのアップロード
この2つだけでKindleストアに参入できる。ファイル形式は自動変換されるので原稿はWordでも大丈夫だ。
①はいわば初期設定だから、2冊目以降は文字通り、あっという間に出て、有名作家だろうが、無名のアマチュアだろうが、同列に「市場」に並ぶ。

本も見た目が9割?
「おカネの教室」の場合、目次や著者プロフィルなどを足した程度で、テキストの準備は1~2時間で終わった。

一方、表紙には時間をかけた。Kindleストア内で、商業出版とKDPの表紙のクオリティの違いは小さなサムネイルでも歴然としている。自分で回遊してみて「表紙が安っぽいKDP」は絶望的に読む気が起きないと悟った。
表紙の作成には長女が大活躍した。親馬鹿は承知だが、長女はデザインの感覚がかなり優れている。少なくとも私よりははるかにセンスがある。親馬鹿ついでに、「落書き」を1つをご披露しよう。

(ロンドンにいたころ、ある冬の日にお出かけしたら、あまりに寒かったので描いたという、ぬいぐるみ風の三姉妹。左から次女、長女、三女)

最初に私が作った表紙は、我が家のアートディレクターから「読む気が起きない」と完全なダメ出しをくらった(連載では画像を晒したが、ここでは割愛)
ディレクター様からはこんな指示が出た。

・もっと教室っぽい奥行きのある写真にする
・普通の本のように、推薦文付きの帯をつける
・文字は少なめ、フォントは大きめにする

アドバイスを受けて、まずはネットで素材を探して写真を購入。長女がデザイン全般と色使い、私が文言と題字(iPadの黒板アプリで指書きした)を担当した。前編・後編それぞれへの推薦文を前述の出版経験者のお2人にお願いした。
ちなみに作業はすべてiPadの無料アプリ「ibis Paint」でやったので、コストは写真代など総額500円ほどしかかかっていない。

ほぼ丸1日の作業で完成した最終バージョンがこれだ。

(残念ながらKDP版は現在、新規配信停止中)

これは長女も私も「会心の出来」とかなり気にいっている。ストアで並んでも商業出版に引けをとっていなかった。この「顔」の良さは、ヒットにかなり貢献したのではないかと思う。
「この世にお金を…」という2行の文は、のちの商業出版の際にもほぼそのまま帯に採用されている。

あっという間にストアに
これで準備はすべて整った。
2017年3月5日のロンドン時間午前0時ごろ、私はKDPの著者管理サイトの「発売する」をクリックした。コンテンツのステータスは「下書き」から「レビュー中」となり、「審査は通常48時間以内に終わります」といった趣旨のメッセージが出た。
「明日か明後日には出るってことね」
私は「ついに、やっちまったな!」と思いながら、ベッドに入った。

その晩、私は夜中の3時前に小用に立った。寝ぼけ眼でスマホで検索してみると、Kindleストアにはもう「おカネの教室」が並んでいた。
「おい、いくらなんでも、簡単すぎんだろ!」
笑いと驚きで目が覚めてしまい、階下に降りてエールで一人で乾杯した。
こうして家庭内連載の「変な本」は、ひっそりと世に出た。

4 Amazonレビューの光と闇

出したはいいが、無名の新人の個人出版など、誰も興味を持つはずがない。誰も出たことすら気づかない。
最初に頼りになるのは知人と「口コミ」のみだ。Facebookで拡散すると、知人を中心に短期間でダウンロードがそこそこ伸びた。
その結果、実感したのはKindle市場の恐ろしい過疎っぷりであった。最初の2日で30部ほど売れると、売れ筋新刊コーナーでいきなり7位にランクイン。児童書部門の2位に躍り出た。
「だれでも本を出せるKDPは素晴らしい。でも、誰も読んでくれない」という情報は、事前にネットで把握はしていた。Kindle市場のコンテンツは数十万単位ある。よほどちゃんとマーケティングしないと、「コンテンツの海」に沈没するのは目に見えていた。

「後編400円」のワケ
マーケティングという視点から価格設定について触れておきたい。
「おカネの教室」は当初、前編100円、後編400円の2分冊とした。全体で500円というのはKDPではかなり高価格だ。
あえてそうしたのは、「後編を買ってくれた人=読了してくれた人」の数を把握したかったからだ。
前編は客寄せ用の試し読みで100円。
続きを読みたくもないのに400円追加で払う人はいないだろうから、「買った人=通読した人」と見てよいだろう。

私には「KDPでもうける」発想は全くなかった。事前の販売予想は1年で良くても1000部程度、収入は数万円だろうとみていた。うまいもの食って散財しよう、くらいの感覚だった。
収入より「多くの人に自分のお気に入りの作品を読んでほしい」「どれぐらい満足してもらえたのか知りたい」という気持ちが強かった。
あえて付け加えれば、「大事に読んでほしいから、たたき売りはしたくない」という気持ちもあった。

サクラレビューの真実
マーケティングのもう一つのポイント、死活的に売れ行きを左右するファクターが、レビューだ。
さて、Amazonレビューといえば、サクラ疑惑である。
白状しよう。私も最初、サクラを動員した。無料配布で読んでくれた友人や親類など数人に「レビューを書いて」と頼み込んだ。
「評価を盛りたい」というより、「呼び水」がないと普通の読者が感想を書き込みにくいと思ったからだ。ちなみに、自分でレビューを書き込むダークサイドまでは落ちなかった…。

余談だが、先日、ある企業を取り上げた新刊で、発売直後に5つ星レビューが連発された後、いきなり「社員です」というタイトルで1つ星レビューが登場し、会社に購入とサクラレビューを強要されていると告発する事例を目撃した。それが「参考になった」代表的レビューとして表示されるようになったかと思うと、数日後にひっそりと削除されてしまった。
Amazonレビューの闇は深い…。

そんなホラーなケースと比べると、「おカネの教室」は、自分で言うのもなんだが、良心的(?)だったと思う。「頼むから書いて」という完全なサクラは最初の数件のみだ。
それ以外にもグレーゾーンの「お願い」は数件あった。Facebookやメールで「面白かった!」と感想をくれた人に、「Amazonにレビューを書いてくれると嬉しい」と伝えた。実際にレビューを書いてくれたのは、おそらく5割弱ぐらいだろうか。4つ星で批判的な意見をきちんと指摘してくれた人もいたし、これはサクラとはちょっと違うだろう。

完全な「クロ」のサクラと、グレーなお願いで、「ちょっと面白そうなコンテンツかも」と思ってもらえる体裁は整った。

5 村上春樹を倒したKindle本

次の問題は、無名の新人の最大の悩み、「露出」だ。
読者の目に触れる機会をいかに増やすか、書店で言えばいかに良い棚を取るか。これが売れ行きを大きく左右するのは当然だ。
この点で、KDP版「おカネの教室」は戦略と運の両面がうまくかみあった

KDPの場合、「露出アップ」の武器は、1コンテンツにつき5日間限定で展開可能な無料キャンペーンだ。
リリースから1週間強たった2017年3月17日、私は前編を対象に3日間の無料キャンペーンを打った。
これが予想以上の大成功を収め、ダウンロード数は3日で300を超えた。無料部門の総合ランキング5位まで食い込み、エロとPS4の宣材を除けば実質2位という快進撃となった。

(右下が「おカネの教室」。レビューはこの時点で8件)

後知恵で考えると、成功のポイントはこんな風にまとめられる。

①キャンペーンを週末にぶつけた
②事前にFacebookで「友達」を広げておいた
③ツイッターのbotが「無料キャンペーン中」と拡散してくれた
④レビューを見て「タダなら落としておこう」と思ってもらえた

①は当たり前として、②は少し説明がいるだろう。
ペンネームの「高井浩章」名義のアカウントを作った後、私は面識のない方にもどんどん「友達」申請の対象を広げた。重点ターゲットにしたのはフィナンシャル・プランナー(FP)や長期投資に取り組んでいるプロ・アマの投資家、金銭教育の関係者などだ。「おカネの教室」という作品の特徴に加え、SNSをビジネスに活用していて拡散力が高い人が多いと判断したからだ。実際、あるFPの方はブログの書評や投稿のシェアで数十という単位で読者を広げてくれた。

③のKindle系botの威力も、自分で出版してみて初めて分かった。割引中のコンテンツを片っ端から拡散するアカウントが「今ならタダ」としつこいほどリツーイトしてくれた。普段、タイムラインのゴミだと思っていたbot投稿に大いに助けてもらった。④については、良心を押し殺して「サクラ」を仕込んでおいて正解だった、ということだろう。

回りだす好循環
ここから先の展開が、本当に「想定外」だった。
キャンペーン翌週の週末から、読み放題サービス「Kindle Unlimited」の読者が爆発的に増えたのだ。

(KDPの既読ページ数はこの日、最終的に1万2000に達した)

上はUnlimited経由の読者が「おカネの教室」を読んだページ数のグラフだ。「Kindle Edition Normalized Pages=KENP」は「Unlimitedの読者が初めてその本を読んだページ数」を示す。再読してもダブルカウントされることはない。以下ではKENPを単に「既読ページ数」と記す。

この既読ページ数の飛躍は、キャンペーンで露出のレベルが大きく上がった効果だった。無料ランキングTOP5に入った後、前編は有料に戻ったが、TOP100圏内をキープしていた。

マジックナンバーは「100位」
Amazonのランキングは、100位以内をキープすることが極めて重要だ。書影のサムネイルがランキング画面に表示されるからだ。できれば本全体の総合ランキング、悪くてもサブカテゴリーで100位以内に入れば、ストア内の「露出」は格段にあがる。
このあたりの位置につけていれば、「投資」や「経済小説」といったサブカテゴリー内でトップになる可能性も高い。そうすると、タイトルや書影に「ベストセラー」のタグがつく。これも「売れてる感」を強めてくれる。
「売れているモノがさらに売れる」時代にあって、これは大きい。
ある程度売れれば、ご存知のAmazonのオススメ機能で「この本を読んでいる人はこんな本も」と推薦されて、読者へのリーチも一気に広がる。

こうした好循環の波に乗り、Unlimitedの既読ページ数は週末には1万超、平日も6000から8000という高原状態が続いた。これは「1日に30人から60人の読者が全編を読了している」という驚異的なペースだ。実際には1人の読者が数日から1週間ほどかけて読むだろうから、リアルタイムで読んでいる人数は数百人に達していたはずだ。
「これ、とんでもないことになってるな」。事態は私の想像をはるかに超えつつあった。

「騎士団長殺し」の殺し方
4月初旬には、それまでどうしても抜けなかった村上春樹の「騎士団長殺し」を「おカネの教室」が上回った。Kindleだけでなく紙の書籍を含む総合ランキングでのガチンコ勝負で、だ。


(記念のスクショ。奇しくも誕生日の出来ごとだった。さりげなく池井戸潤も抜いている)

ついに、有料コンテンツという土俵で、日本を代表する作家の最新作を、個人出版の「変な本」が(わずか数日間とはいえ)抜いた。お値段が19分の1という事実を考えても、これは胸のすく達成だった。やれやれ。

恐るべし「1つ星爆弾」
しかし、好事魔多し、である。
読者が広がり、レビューも増えて、とんとん拍子だったところに「爆弾」が落ちた。1つ星レビューの登場である。

(節目の20件目のレビューがコレで、かなり凹んだ…)

たかがレビュー1件と侮るなかれ。これを境に、ダウンロード、Unlimitedの読者数も、3割ほど目に見えて減ったのだ。これが最新レビューで目立つというのはあったにせよ、「こんなに効くのか」と驚いた。
時間がたてば影響は小さくなるとは思ったが、早めに対抗策を打つに越したことはない。
「爆弾」が落ちた翌週末には、「1000ダウンロード突破記念」と称して残り2日分の無料キャンペーンを展開した。幸い、今回も200部ほどのダウンロードを記録し、「1つ星爆弾」のダメージを帳消しにしてくれた。

レビューの増加と並行してブログ等での紹介記事も増え、「露出増→読者数増→露出増」という好循環が綺麗に回りだした。
部数は面白いように伸びて、5月の半ばごろには前編・後編合計で5000を突破した。

見えてきた商業出版
このころから「これだけ実績があれば、紙の書籍で出してもらえるのでは」と考えるようになった。Kindle版を出す時点で「まかり間違って大ヒットしたら…」と想像していたシナリオが現実になりつつあった。
そして実際、5月末ごろから複数の出版社への接触を始めたのだが、このあたりの経緯は「商業出版編」で詳述することとしよう。

部数は6月には累計6500部ほどに達し、そろそろ日々の販売数やUnlimitedの読者数もピークアウトがはっきりしてきた。
そこで7月25日、通常価格400円の後編を対象に一気に5日間の無料キャンペーンを打った。これも350部を超える大成功に終わった。
前述したとおり、KDPの無料キャンペーンは1つのコンテンツにつき5日しか打てない。
前編・後編とも枠を使い果たし、あとは自然体で行くしかないはずだったが、ここで私は温めていた「奇策」の投入を検討し始めた。
その奇策と計算外の突風が重なり、「1万ダウンロード突破」という快挙への道が開ける。

6 もうかりまっか? もうかりまっせ!

ラストスパートのお話の前に、ご興味のある方も多いだろうから、生臭い話題を片付けておこう。
はたしてKDPはどれぐらいもうかるのか、というお題だ。

KDPには以下の2つの収入源がある。
① 読者のコンテンツ購入代金からのロイヤリティー
② Unlimitedで読まれたページ数に応じた分配金
意外だったのは、実際の収入は圧倒的に②が多かったことだ。
Unlimitedでは、新規読者が1ページ読むごとに作者に0.5円強の分配金が入る。再読はノーカウントで「銭」にはならない。
「おカネの教室」は前後編で約320ページの分量だったので、通読してもらうと1部170円(税前)ほどの収入になる。
ピーク時の1日1万ページペースだと、毎日5000~6000円ほども入ってくるわけだ。実際、4月、5月のKDP収入は軽く10万円(税前!)を超えた。6月以降、多少下火になってからも1日2000~3000ページは読まれていたので、会社帰りにパブで一杯いけるぐらいの副収入にはなっていた計算だ。

ちなみに①の方のロイヤリティー率は価格によって違って、250円以上は著者の取り分が70%で、99円から249円なら35%。「おカネの教室」の場合、前編は1部売れると35円、後編が350円の収入になる。

「ポチっと」から「ペラっと」へ
最終的にKDP版「おカネの教室」は1年ちょっとで約80万円(税前!!)のロイヤリティー収入を生んだ。
注目すべきは内訳で、総収入の9割はUnlimitedの分配金が占め、コンテンツ購入のロイヤリティーは1割ほどにとどまる。
この事実はKDPのコンテンツの作り方に重要な意味を持つ。
端的に言えば、「エロい表紙で読者を釣っても銭にならん」のである。
購入型サービスなら「ポチっと」させれば儲かる。
KDPではそれは通じない。読者が10ページで放り出せば、作者には5円ほどしか入ってこない。最後までページをめくってもらえるコンテンツでなければ、もうからない。
「ポチっと」から「ペラっと」への革命である。
電子書籍で「ペラっと」というのも、妙な話だが、まあそういうことだ。

さて「おいおい、あんた、ボロ儲けしたんやな」と思った読者に、言わずもがなの補足をしておきたい。
「おカネの教室」のロイヤリティーは、私の懐には1円も入っていない。
詳細は省くが、おもに手続きの煩雑さが理由で、私はKDP収入の振込先を両親の国内口座に入るようにセットアップしておいた。「せいぜい数万円だろう」と高をくくっていたからなのだが、これが思いのほか大規模な仕送りになってしまった。娘のために書いた趣味的コンテンツで親孝行できたのだから、結果オーライということにしておこう。

7 計算通りと計算外

売れっぷりの話に戻ろう。
夏場になり、「おカネの教室」は完全に一服した。そこで、かねて温めていた作戦に打って出ることにした。
前編・後編の統合版を100円で投入するという、実質8割引きの断行だ。統合版は別コンテンツなので、また5日間の無料キャンペーンも打てる。
統合版は8月2日にKindleストアに投入した。ここに計算外のファクターが加わり、第2ブームの波がやってきた。

上は「おカネの教室」シリーズの既読ページ数のグラフだ。
発売直後の山と、緑色が乗っかった第2の山、後半にも少し低めの第3の山がある。青が前編、赤が後編で、緑が「統合版」だ。第2、第3の山を作ったのは、私の統合版投入作戦ではなく、計算外の突風だった。
ちなみに右端の第4の山は、書籍版の発売後にも並行販売していたときにKDP版の方が「売れてしまった」ためにできたものだ。

Kindleストアで「平積み」に
統合版のリリースからしばらくして、私は前編の読者が妙に増えているのに気付いた。統合版を出したのに、と首をひねるしかなかった。
数日後、たまたま見たKindleストアのホーム画面で、前編がAmazon公式から「オススメ」に選出されているのを発見した。

Amazonは月に1度、110~120程度のKindle本を「オススメ」としてプッシュしている。書店で言えば一番棚で「平積み」されるようなものだ。大半が大手出版社の作品やマンガが占めるので「自分には関係ないな」とノーチェックだった。
選ばれてみると「平積み」効果は絶大だった。レビュー数や「星」の平均が高かったこともあり、「オススメコーナーの中のオススメランキング」で2位に入っていたからだ。
これでまた、爆発的にダウンロードが増えた。

3月のリリースから約10か月。「おカネの教室」の部数はついに1万の大台を突破した。3人の娘のために書き上げた物語が、想像もしなかった数の読者を得た。2018年1月にも再びKindleストアの「オススメ」に選ばれ、部数はさらに上積みされた。
このころには年明けの商業出版も正式決定していた。「Kindleで1万部突破のヒット作!」という文句は、書籍版で強力なキャッチコピーになった。

8 なぜ1万部突破を達成できたのか

KDP版「おカネの教室」が1万部を超える大ヒットになったのは、私なりにマーケティングに力を注いだ結果であり、その過程でいろんな方の助けや運にも恵まれた。
だが、「なぜ1万部を超えたのか」という問いへの最もシンプルな答えは、「面白いコンテンツとして読者に受け入れられたから」という、当たり前の事実だと思う。
ここにKDP版のレビューの最終集計がある。

52件のレビューの8割が5つ星、4つ星までで94%を占める驚異的な高評価を受けている。「1つ星爆弾」が2発あるのはご愛敬。
ちなみに商業出版の書籍版も53件のレビューの66%が5つ星、22%が4つ星と素晴らしい高評価をいただいている(7月30日時点)。こちらは「ガチ」で、サクラは一切動員していない。

前述したように、Unlimited中心のKindle市場では、「最後までページをめくらせる」コンテンツでなければ、ヒットになりえない。
「買わせる」のではなく「読ませる」、青臭い物言いをすれば、良いコンテンツが報われる世界なのだ。
無名のアマチュアにとって、膨大なコンテンツの海に飛び込み、読者を得るのは並大抵のことではない。
それでも、誰もが読者と直接つながれるチャンスを与えてくれる電子書籍の個人出版には、挑戦する価値が十分にあると思う。

幸運に恵まれ、1万部突破という成果を手にし、出航の準備は整った。
「おカネの教室」には、さらに広い世界、商業出版への船出が待っていた。

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「おカネの教室」できるまで、ご愛読ありがとうございます。
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シリーズ総まくりをKindleで出しました。
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