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ベストセラーはこうして生まれた 「おカネの教室」ができるまで 商業出版編

このほど全シリーズを一本化した完全版を公開しました。リンクはこちら。

ベストセラー街道快走中の異色の経済青春小説「おカネの教室」。サラリーマン記者が書いた家庭内連載の「変な本」がいかにヒット作に化けたのか。兼業作家のメジャーデビュー体験記、総集編その3にしてシリーズ最終回です。
今回は個人出版したコンテンツがいかに商業ベースの「本」に練られていったか、リライトやタイトルを巡る編集者とのバトル(?)、無名の新人がとったマーケティング戦略の奇策などを紹介します。

「総集編その1 家庭内連載編」「その2 個人出版編」を先に読んでいただけると、より楽しめます。

目次
はじめに~~日本初?「Amazon三冠王」
1 大手出版社の分厚い「壁」
2 全公開!これが出版企画書だ!
3 ダークホース・ミシマ社の即決力
4 盲点だった「商品」にする発想
5 狙うは「一気読み本」
6 タイトル変更? あり得ない!
7 「ビジネス書」でいいのか?
8 想像超えたデザインの力
9 本は「初速」が命!
10 ついに発売! でも…
あとがきと予告

(本編は「『おカネの教室』ができるまで」の16~25回を改稿したものです。小ネタは削っているので、そういうのがお好きな方はこちらのマガジンから各回をご覧ください)

はじめに~~日本初?「Amazon三冠王」

まず「おカネの教室」の現状報告から。
3月の発売から8か月ほどで「紙」は8刷まで版を重ね、絶好調のKindleなど電子版を合わせると、(ここだけの話)5万部も視野という勢いだ。
10月11日には念願のAmazon総合ランキングでトップを獲得。
Kindle版のランキングでは、商業出版が有料部門、個人出版が無料部門でそれぞれ総合トップをとったことがある。
おそらく日本初のAmazon三冠王コンテンツだろうと思われる
家庭内連載から始まり、しれっとKindleで個人出版された本が、どうやってAmazonトップを取れる「商品」に育ったのか。偶然と必然が織りなす道のりを追ってみる。

1 大手出版社の厚い「壁」

「おカネの教室」の商業出版化に本格的に動き出したのは2017年5月だった。
個人出版したKindle版は3月初めのリリースから2か月半でダウンロード数が前後編合わせて5000~6000を記録していた。「本」の市場で電子書籍のシェアはアバウト1割。単純に換算すれば、「おカネの教室」は紙の本なら数万部のヒット作に相当する売れ行きとなっていた。

(最終的に個人出版版は1万を超えるダウンロード数を記録した)

総集編1で書いた通り、家庭内連載を執筆中、カイシュウ先生が「ピケティの不等式」を持ち出した瞬間、「これ、本になるかも」という予感はあった。Kindleの個人出版には「これは『変な本』だけど売れる」という証拠を数字で示す狙いもあった。読み放題「Kindle Unlimited」の読者が多いことを割り引いても、この実績を示せば「大外れはなかろう」と興味をもってくれる出版社があると期待した。

「個人」で勝負したい

商業出版を決めたとき、私には普通の新人作家とは違う選択問題があった。
「自社」から出すか、「他社」から出すかという問題だ。
私の本業は新聞記者で、勤務先のグループ内には出版社もある。そこから出版するという選択肢があった。
「自社」の方が話が早いのは間違いない。「他社」にはツテもコネも何もなく、おまけに当時はロンドンにいたのだから

それでも私は「社内」という選択肢は避けようと決めていた。理由はおもに3つあった。
まず、この作品が商業出版に足りるのか「身内」ではないプロの編集者の目で価値を測ってもらいたかった。
2つめは、この本を「業務」にしたくなかった。誤解を恐れず言えば、「おカネの教室」は私にとって「遊び」なのだ。商業出版となれば「本づくり」や販促に相当のエネルギーが必要だろう。「業務」ならゾッとするが、「遊び」としては最高のプレイグラウンドだ。
最も大きかったのは、ある種の変身願望のようなものだ。いつもの「高井記者」「高井デスク」と別の人格、「著者・高井浩章さん」の世界を持ち、世界を広げたかった。
本が出て8か月。「ペンネームで他社から出す」という選択は正解だったという思いを強くしている。

怒涛の門前払い

ところが、「ツテ・コネゼロ」の状態でGoogle先生を頼りに原稿の売り込みルートを探った私は、すぐ絶望した。
大手の出版社はほぼすべて「持ち込みお断り」だったのだ。無知を恥じるしかないが、トライするまで何となくマンガのような持ち込み文化が残っているものと思い込んでいた。だが、要約すると、各社のスタンスは「無名の新人はまずウチの文学賞に応募してこい」というものだった。

「そうは言っても出版企画書ぐらい読んでもらえるだろう。それでパイプができたら原稿を送ろう」。
作品の概要やプロフィルにKindleでの販売実績を簡単にまとめた企画書はすでに用意していた。私はいわゆる「ビッグ3」とそれに次ぐ大手出版社数社の「一般のお問合せ」コーナーに、「出版企画書を送りたいが、どうしたら良いか」とメールや電話で問い合わせた。
このうち「担当者に回します」という返事があったのは1社のみだった。
他社は、粘ってみても「持ち込みは受け付けていません。文学賞に応募ください」というテンプレが返ってくるだけだった。「普通の小説」ならその手もあるが、自他ともに認める「変な本」のつけ入るスキはなかった。

2 全公開!これが出版企画書だ!

「大手」の前には鉄壁のディフェンスが築かれている。
仕方なく、私は出版社のホームページを片っ端からググって「出版提案・持ち込みはこちらから」という会社をリストアップしていった。片手に余る数をピックアップするのに半日かかった。
結局、売り込み先は7社に絞られた。おおむね、経営規模順に列挙する。

A社 ビッグスリーに次ぐ大手の一角
B社 アグレッシブな総合出版社
C社 学習系に強い実用書系出版社
D社 ビジネス寄りの実用書系出版社
E社 D社と同タイプ
F社 実用書寄りながら文芸も手掛ける中堅総合出版社
G社 自費出版系出版社

「おカネの教室」は、「変な小説」だけど、商業出版では経済書・ビジネス書として出ることになるのは理解していた。
G社は「作品によっては自費ではなく出版社から出します」とあったのでトライしたが、結構な額の自己負担での出版を提案され、丁重にお断りした。

各社の窓口には、こんな問い合わせを送った。

Kindle本のヒット作の出版提案について
ご担当者さま、
唐突に失礼します。
3月に「おカネの教室」というKindle本を出版した者です。
自分の娘に書いた読み物をまとめたものですが、予想以上に幅広い読者に受け入れられ、3カ月で読み放題で60万ページ以上が読まれ、ダウンロード数換算で前編・後編で約6000冊のヒットを記録しています。
読者から「紙の本で是非出してほしい」という要望が多いので、現在、取り上げていただける出版社を探しているところです。
詳しくは以下のFacebookページをご参照いただければと思います。
https://www.facebook.com/okanenokyoshitsu
窓口となっていただけるご担当者をご紹介いただければ深甚です。
よろしくお願いいたします。
高井浩章
追伸
こちらはペンネームでして、本名は高井XXと申します。
本業は新聞記者で、現在はロンドンに駐在しています。

この売り込みは「ここから出せたらいいなあ」という第1陣を5月、それ以外に可能性がありそうな第2陣を6月、と2回にわけて送った。

思い付きだったミシマ社への売り込み

第1陣を送るとき、ふと「持ち込み不可らしいけど、ついでにミシマ社にも売り込んじゃえ」と思いついた。
なぜかは、正直、覚えていない(笑)
熱烈なミシマ社ファンというわけではなかったが、「丁寧にユニークな本を作る会社」という認識はあった。改めてサイトで既刊のラインナップをみると、「変な本」をそのまま出してくれそうな気配を感じた。
とはいえ、「持ち込みお断り」の告知には「出版点数を絞っているから手が回りません」という強烈な拒否オーラが漂っていた。「ま、送るだけならタダだし、ダメ元で出しとくか」という程度の気分だった。

こちらから問い合わせてすぐ、ある社から「出版企画書の形で送ってほしい」という返信が来た。
以下、一部省略・修正した企画書を公開する。

「おカネの教室」出版企画書             高井浩章
▽本書の概要
 お金の本質は何か。働く意味とは。世界を豊かにするために我々に何ができるのか。
大事なことなのに、日本では、貨幣や経済について学校でも家庭でも本気の本音で教えられることはほとんどない。でも、身近な話題から説き起こせば、数式や専門用語を使わなくても、経済の仕組みを理解することはそんなに難しいことではない。
読みやすい対話形式で初歩から本質的議論までをカバーするため、小学校に新設された「そろばん勘定クラブ」という奇妙な課外活動を舞台に設定。欧米投資銀行出身の謎の教師の指導の下、町一番の富豪のお嬢様と、どこにでもいる小6男子の「僕」が、対話と宿題を通じて経済の本質に導かれていくストーリーを組み立てた。
貨幣の役割や市場経済や経済成長の仕組みなどの本筋以外に、金融危機の背景やギャンブル・戦争と経済の関係、高金利ローンの怖さ、資産運用の重要性、世界を揺るがす経済格差問題など興味深いテーマもカバー。サイドストーリーとしてヒロインの家庭不和と悩み、語り手の「ぼく」の彼女に対する淡い恋と成長物語も展開される。

▽著者プロフィル
 本名 高井X章(昭和47年生まれ、44歳、愛知県出身)
1995年XX新聞社に入社。現在、デスクとしてロンドンに駐在。
記者・デスクとしてマーケット・国際問題を中心に20年以上の経験がある。新聞連載記事をまとめた経済関連の共著が数冊。書き下ろしの単著は本書が初めて。
高3、中2、小5の3人の娘の父親。長女が5年生になったころ「経済やお金のことをきちんと理解してほしい」と考えて良書を探したが見当たらなかったことが、本書を書くきっかけとなった。余暇に書き継いで、章単位にまとまったら連載小説のように家庭内でリリースするという作業を続け、足かけ7年で昨年末にようやく完結した。
連絡先 XXXXXXXX@XXXXXXXXX 携帯電話 +44-XXXX-XXX-XXX

▽本書のターゲット
知的好奇心の強い小学校5~6年生から大人まで、幅広い層に受け入れられる内容になっている。
単なる解説ではなく、魅力的なキャラクターを配した小説風の進行になっており、一種の謎解きや少年少女の成長物語としても楽しめる。リーマンショックやピケティの経済格差論の読み解き、冷戦崩壊後の世界経済の歩み、タックスヘイブン問題など、大人にとっても読み応えのあるテーマが盛り込まれている。実際、試読した30~50代の知人やAmazonのレビュー等で大人の読者層から「勉強になった」と好評を得ている。

▽大まかな構成
 全体は春の新学期から夏休みまでの20回のクラブ活動に沿って「1時間目」から「20時間目」までを各章として構成。間に「放課後」として自宅での家族の会話や宿題に取り組む様子が挟み込まれる。放課後は「その11」まであり、エピローグを含めると32章の構成で、36行×40文字で約180ページ、になっている。
1~4時間目
参加児童2人きりの「そろばん勘定クラブ」が始まる。教師から「お金を手に入れる方法6つある」という謎かけがなされて、「かせぐ」「ぬすむ」「もらう」「かりる」「ふやす」という5つの方法の違いや意味が、具体的な職業を例にとって示される。
(以下、ネタバレなので省略)
5~7時間目
8~14時間目
15~18時間目
19時間目、放課後 その11、20時間目
エピローグ

(参考資料=目次)
1時間目 そろばんクラブ、でかいおじさん、あなたの値段
2時間目 ビャッコさん、一億円と十億円、かせぐとぬすむ
3時間目 複利マジック、6つの方法、難問中の難問
(以下、20時間目、エピローグまで)

目次が商業出版版と違って三題噺風になっているのが懐かしい。

その後、数社から担当編集者からメールが届き、企画書もしくは原稿を送ってほしいと頼まれた。
7社のうち無反応の3社と自費出版系1社がこの時点で候補から消えていた。「残り3社のどこかから出せるといいがなあ」と思っていたところ、家族でパリに旅行中の5月末、1本のメールが届いた。

「ミシマ社のアライと申します」

反応もなく「やっぱり持ち込みはスルーか」とあきらめていたミシマ社からの接触だった。面白そうだから原稿を送ってみてちょうだい、という。
ファイルを送るとき、ふと悪戯心で「止まらなくなるから、時間があるときに読んだ方が良いですよ」と挑発の一文を入れた。
これはすぐ「アホなことを書いたもんだ」と苦笑する羽目になった。
その後、編集アライからの連絡はぷっつりと途絶えたからだ。

その間に他社の動きは急に慌ただしくなっていた。「原稿を読ませてくれ」という段階まで進んでいた3社から、出版に前向きな反応が相次いで返ってきたのだ。

3 ダークホース・ミシマ社の即断力

「持ち込み原稿は編集者の机の上で最低1か月は放置される」。
こんな都市伝説を信じていた私は、すぐに複数のレスポンスがあったのに驚いた。しかも、どの社も「出版を前提に社内で企画提案したい」というのだから、さらに驚いた。
2017年6月初めにかけて反応があったのは以下の3社だった。

A社 ビッグスリーに次ぐ大手の一角
D社 ビジネス寄りの実用書系出版社
F社 実用書寄りながら文芸も手掛ける中堅総合出版社

このうちA社は早々に「難しいな」と判断した。先方の提案が「変な本を変な本のままペンネームで出す」という私の求める条件に合わなかったからだ。
他の2社は「このままの方がユニークな味があるので、大幅なリライト無しでいきたい」という趣旨のありがたいご提案だった。「ああ、プロの目で見てもこのコンテンツには市場価値があるのだな」と嬉しかった。

私の中では本命はF社になりつつあった。文芸も手掛けている出版社の方がコンテンツと相性が良いような気がしたからだ。担当編集者が「おカネの教室」をかなり気に入ってくれているのも、メールの文面から感じた。

この2社以外にもう1社、別の編集者「ミスターX」とも「時間ができたらじっくり読みます」というやり取りをしていた。この方の手掛けた本のリストを見て「一緒に作れば良い本ができそうだ」と感じた。

売り込みを始めて1か月弱。「おカネの教室」は最低2社、場合によっては3社からゴーサインが出そうな想定外の「モテ期」を迎えた。「どこか1社でもひっかかればラッキー」という期待値だったのに、どこから出すか選べるような贅沢な立場になった。

とはいえ、私には「二股」や「三股」をかますつもりはなかった。
原稿を読みこんで企画として練り、社内で通すというのは、骨の折れる作業だ。同業者に近いので、編集者がどれほど忙しいかも想像ができる。天秤にかけるような失礼なことはしたくなかった。
私が決めた方針は「早い者勝ち」だった。とにかく、最初に出版を確約してくれた会社から出そう。それが最低限、誠実な対応だと思ったのだ。
「競争心をくすぐろう」という多少の下心もコミで、各社に
①他社にも持ち込んでいること
②けっこう良い感触を得ていること
③最初に出版が確定したところにお世話になるつもりであること
を伝えた。
念のため、そのころには完全に音信不通状態だったミシマ社の編集アライにも、その旨メールしておいた。

そして2017年6月27日、ミシマ社の編集アライから、こんなメールが来た。

結論から申せば、ぜひご一緒に本作りを進められたら、と思っております!

おおおおおおおお!!!!!!
私はさっそく、

感激しています。これ、ここ数年で一番嬉しいメールかもしれません(笑)

と返信した。

「しごとのわ」?

編集アライからはその1週間ほど前、「インプレスと共同でやっている『しごとのわ』というレーベルにぴったりなので、社内の会議にあげてみたい」と連絡をもらっていた。
ググってみたら、こんな謎のマークが出てきた。

(見慣れた今でも、「謎」としか言いようがない)

サイト内の「about」には、こんな文章があった。

仕事について考えるとき
成果や時間、お金を意識することがあっても、輪を意識することは少ないのではないでしょうか。
小さい輪でも大きな輪でも構いません。
会社や家庭、地域、過去と未来、わたしとあなた。
切り離さなければ、輪はできます。
仕事を考えるときそんな輪を大切にしたいという想いから、ミシマ社とインプレスの2 つの出版社で起ち上げたレーベルです。

「ビジネス書のコンセプトが、こんなポエミーでいいのか?」と心の中で突っ込みつつ、既刊のシリーズを見ると、確かに「変な本」を受け入れてくれる懐の広さというか、「いろいろやってみよう」感があった。

実は、ちょっと前に編集アライから「企画を出してみます」というメールをもらった段階で、他の2社からも「次の企画会議に上げます」という返事をいただいていた。
そう、期せずして「おカネの教室」は、「企画会議通したモン勝ち短距離走」みたいな状態になっていたのだった。
それまでの接触で、他の2社の方が助走期間も長く、社内プロセスを着々と進めている印象を受けていた。
だが、見事な差し脚でゴールポストを最初に通過したのは、(後に知ったのだが)当時、仕事を山ほど抱えて死にそうになっていた、ダークホース・ミシマ社の編集アライだった。

出版が決まったと思い、私は何かと相談に乗ってくれていた某社編集ミスターXに報告メールを送った。
すると、「まだ油断できません。最終決定権は役員か社長が握っているはずです」という不吉な返信が来た。
私は編集アライに「最終決裁は社長マターと拝察しますので、そのクリアに向けて詰めましょうという段階でしょうか」と確認してみた。
返事はこうだった。

弊社の場合、企画会議に社長が必ず出るのと、社長がゴーと言わないかぎり企画が動かないので、ひとまず社長のゴーサインは出ている状況です。

「俺は聞いてない」と言わせないための根回しに慣れ切ったサラリーマンから見ると、胸のすくようなシンプルでスピード感のある意思決定プロセスだ。あらためて聞いたら、ミシマ社は社長を含め編集者3人体制で回しているという。

「本当に、『おカネの教室』は、本になるんだな」。なんとも言えない感慨が改めてこみあげてきた。
私は他社の編集者に「お世話になる先が決まりました」とお礼と報告のメールを送った。ある社の方からは「スピードには自信があったので負けるとは思わなかった。残念です」というありがたいお言葉をいただいた。
一番うれしかったのは、ミスターXのこんな言葉だった。
「何が売れるか分からない時代なので、売れるかはどうかはわかりません。でも、『残る』本になれる可能性を持った原稿だと思います」

国内の出版数は1年で約8万。1日200冊もの新刊が出て、売れなければ3か月ほどのサイクルで消えていく。徹底的に磨き上げなければ、「残る」本にはなれない。
ミシマ社×インプレスのレーベル「しごとのわ」という発射台が決まり、編集アライと二人三脚で、本格的な「本づくり」が始まろうとしていた。

4 盲点だった「商品にする」発想

出版が決まった2017年6月の時点で、私はロンドンに住んでいた。
編集アライとのやりとりはメールか電話かLINEで、根が昭和なオジサンには、「会ったこともない人と…」と少々落ち着かない共同作業だった。

商業出版に際してKindle版を全面リライトすることは決めていた。私から最初にこんな提案・問題提起をした。

・主人公2人を中学2年生に設定に変える
・章をまとめるなら4月から8月までの5章、プラス、エピローグ
・寄り道の薀蓄をどこまで削るべきか

7年の家庭内連載のうちに、読者=長女は10歳から16歳まで成長していった。それにあわせて内容も高度になっていったので、読者からも「こんな賢い小学生は非現実的」という指摘は多く、私自身、書いていて「ちょっと無理があるな」と感じていた

章立てと構成は最終的に最初の私の提案に着地したわけだが、ここは後々、私と編集アライの「バトル」の中心テーマになる。争点は「どこまでビジネス書寄りの作りにするか」だった。この辺りは後述する。

私はまず、「主人公たちと読み手が小学生」という前提を取っ払って、語彙の説明や表現を整理するリライトに取り掛かった。これは1週間ほどで終わり、6%ほど原稿をカットできた。もともと小学生という設定に無理があったこともあり、自然で快適なリライトとなった。

4割カット!?

この初期バージョンを送ると、編集アライからの不穏なメールが届いた。

1ページを39字×15行づめにすると380ページoverという状態でして、読み物ビジネス書だと、ページ数がいっても240ページかな…というところなので、けっこうざっくり、カットする必要がありそうです。

編集アライはサクっと書いているが、これは「4割削り」という意味だ。
「それは、ない!」。テイストと「質」を変えないで削れるのは1割程度が限界だと、かなり強硬な反論を送り付けた。
それに対する返信は2つのポイントをズバリと指摘するものだった。

①「経済初心者」には400ページはハードルが高い
②価格を1500~1600円にしたい。400ページでは1800円程度になる

恥ずかしながら、2点とも、私には盲点だった。
「おカネの教室」は「経済書など読まないヒト」をターゲットとする本だし、1800円では税込みで2000円近くなる。
私は編集アライのこのメールで、「これはやるしかない」と肚を固めた。

要は、私には「本を商品として仕上げる」という思考が欠けていたのだ。
ほぼノーコストで出版できて、価格も適当に付けられる個人出版と「商品としての本を作る」商業出版は、全く別の世界なのだった。
編集アライは、単に安くしたいのではなく、翻訳ものなどと競合する高めの価格帯では「この本の良さが生きない」というグッと来るフレーズまで盛り込んで、私の変心を後押しした。
最終的に「おカネの教室」は約270ページ、税抜き1600円で発売された。

削りに着手してみてすぐ、それが非常に良い選択だと確信した。
明らかにコンテンツとしての質が上がっていったからだ。
結局、7年もかけて書いた作品への愛着が「できるだけ手を入れたくない」という執着心になっていたのだった。

5 狙うは「一気読み本」!

原稿はどれほどスリム化されたのか。
家庭連載版の初稿とKindle版、商業出版に向けたリライトのバージョン1~4までの文字数・ページ数は以下の通りだ。

最終バージョンでは、家庭内連載版と比べてほぼ半分、Kindle版と比べても3割もの削りを入れている。ページ数はWordファイルベースだ。

実際のリライトの例をどんな感じだったか。
以下はKindle版の冒頭部分だ。長いので、読まなくてよい。太字が商業版で削るか大幅に圧縮した部分なので、その割合をざっとみてほしい。

予想通り、二年六組の教室はがらんとしていた。
ちょっと迷ってから、僕は窓から三列目、前から三番目の席についた。校庭の真ん中でサッカークラブが準備体操をしている。ため息が出た。クラスの男子十五人のうち十人がサッカークラブを希望して、当選枠は五人しかなかった。僕は四年生、五年生に続く三連敗で落選した。バスケ、野球クラブの抽選でも続けて落ちて、残ったのは英語クラブと、ここだけだった。英語は大嫌いだから選択の余地はなかった。こんなクラブ、五年の時には無かったし、「なんで、いまどき」とは思ったけど。
 もうクラブ開始時間を五分過ぎているのに、誰も来ない。よっぽど人気がないんだろう。それにしても顧問の先生すら来ないってのは、どういうことだ。
「ようこそ!」
突然、教室の後ろから大きな声がして、僕はビクッと飛び上がった。三センチくらい、ほんとにお尻が浮いた。振り向いて、今度は目の大きさが一センチくらい広がった。ドアから見えていたのはグレーのチェックのシャツと、白いズボンだけだったからだ。
「よいしょ」
首なしおばけが入り口をくぐると、丸メガネをかけたおじさんが現れた。それは僕が今まで生で見たなかで、一番でかい人間だった。
「では、あらためて、ようこそ!」
でかいおじさんは、ツカツカと歩いて黒板の前に立ち、チョークを手にすると、黒板をかるく見下ろしながら、体に似合わない几帳面な字でこう書いた。

そろばんクラブへようこそ!

そう。僕が放り込まれたのは、いまどき「そろばん」を教えようっていう、時代遅れのクラブなのだ。
「こんにちは!」
おじさんはまっすぐ僕をみて、大きな声で言った。
「こんにちは」
ひとまず返事すると、おじさんはニッコリ笑ってうなずいた。
「えーっと。おかしいな、
みんなそろってないですね。もう一人、くるはずなんですが」
え。たった二人なの?
「ま、そのうちくるでしょう。まずは自己紹介しましょう。ワタクシはエモリと言います。江戸を守ると書いてエモリ。江戸の森、と間違えないでください」
エモリ先生が笑顔で僕の顔をじっとみた。あ、僕の番か。僕は立ちあがった。
「六年二組の木戸隼人です。木戸は木のドア、隼人はハヤブサに人と書きます」
「木戸孝允と薩摩隼人で一人薩長連合状態ですか。なかなかオツですね」
これは歴史好きのおじさんにたまに言われるネタだ。木戸孝允は桂小五郎の名でも知られる長州藩の大物で、長州と薩摩は、手を組んで徳川幕府を倒した。
「薩長連合相手に江戸を守るとは、分が悪いですね」
エモリ先生が歴史ネタを引っ張っていたそのとき、
教室の前のドアががらりと開いて、女の子が一人、ペコリと頭を下げて入ってきた。
「おお。きましたね。好きなところに座ってください」
僕から一つあけた席に座ったその子を、僕は知っていた。同じクラスになったことはないし、話したこともないけれど、けっこうな有名人だからだ。
「今、自己紹介をしていたところです。ワタクシがエモリ、彼がキドくん。あなたは?」
女の子は軽く椅子を引いて立つと、ちょっと低い、よく通る声で言った。
「六年四組の福島です」
「はい、福島さん。下の名前は?」
福島さんが「乙女、です」と答えた。
「ほほう! 今度は会津に土佐ですか」
エモリ先生が一人で嬉しそうに笑うと、僕に「わかりますか?」と聞いた。
「福島県が昔は会津藩だった、のは知ってます」
「さすが薩長連合。乙女というのは、土佐の坂本竜馬のお姉さんの名前です。
佐幕派と倒幕の大立者のコラボレーションとは、こちらもオツです」
オトメって、ちょっと珍しい名前だよな。
「いやいや幕末モノつながりで、いいですね。では、これから木戸くんはサッチョウさんと呼ぶことといたしましょう」
いや、キド、の方が短いし。
「福島さんは、オトメさん、でいいですか?」
「いやです」
即答。
「ですか。困ったな。サッチョウさん、代案はありますか」
「いや、福島さん、でいいと思います」

「いや、フレンドリーにやりたいのです。福島さん、フッキー、はどうですか」
「…いやです」
「困りましたね。よし、これ、宿題にしましょう。次回までに考えてきてください」
「わたしも、ですよね?」
「そりゃそうです。自分のことなんだから。さて、自己紹介に手間取ってしまいましたね。
時は金なり。本題に入りましょう」
ようやくか。気が進まないけど、僕はかばんからそろばんを取り出した。お母さんが商業高校時代から使っていた年代物だ。
「おお。サッチョウさん、用意がいいですね」
目を上げると、エモリ先生がニヤニヤしていた。
「あの、わたし、自分の持ってきていません」
福島さんが言った。なんだか、僕だけ張り切ってるみたいだ。
「ああ、気にしないで。ワタクシも持ってませんから」
え?
「しかし、いまどき、そろばんとは。しかも相当年季が入った逸品ですね
いまどきとは、なんという言い草だ。いまどき、そろばんクラブを開いておいて。
「あの、今日はいらなかったってことですか」
「違います。今日は、じゃありません。そろばんは、いりません」
「え?」
あ、福島さんとハモッた。
「福島さん、そろばん勘定、って言葉、ご存じですか」
「損か得か、ちゃんと考えるという意味です」
「パーフェクト!」
おお。外国人みたいな発音だ。
「そうです。損得、つまりお金の物差しで物事を見極める、ということですね」
先生はくるりと黒板に向き、文言を書き換えた。

そろばん勘定クラブへようこそ

リライト版は1568文字、Kindle版は2202文字。ほぼ3割削った。
この部分は、家庭内連載版からKindle版の段階でもほぼ半分に削っている(リンク参照)。商業版は初稿比では7割近くスリム化している計算だ。

貴重な第三者=編集者の目

削っただけでなく、商業出版バージョンでは情報を補足している部分もある。冒頭で言えば、教室が「2年6組」なこと、この学校には部活と別にクラブ活動があることなどが追記されている。

これらは編集アライからの「分かりにくい」「すっきり頭に入らない」といった指摘を反映したものだ。
これこそ、編集者という「第三者の目」のありがたさだ。「原稿を寝かせる」という手順を踏んで距離感を作っても、完全な他人にはなり切れない
他にも編集アライからは、
・ニックネームと本名、家族内のニックネームが混在して分かりにくい
・なぜ「銀行家」で「銀行員」ではないのか、違いは何か
といった指摘があり、いずれもリライトで読みやすくなった。

冒頭わずか4ページでこの調子なわけで、商業版へのリライトはほとんど全文に手を入れる大規模なものだった。4箇所ほどはエピソードを丸々落とし、細かい表現や語順にも徹底的に手を入れた。

楽しい「とんかち仕事」

この作業は、実に楽しかった。

村上春樹は「職業としての小説家」で、リライトについてかなりのページを割いている。ゲラが来ると真っ黒にして送り返し、再度送られてきたゲラをまた真っ黒にして「相手がうんざりするくらい何度もゲラを出してもらう」という村上はこう記す。

同じ文章を何度も読み返して響きを確かめたり、言葉の順番を入れ替えたり、些細な表現を変更したり、そういう「とんかち仕事」が僕は根っから好きなのです。ゲラが真っ黒になり、机に並べた十本ほどのHBの鉛筆がどんどん短くなっていくのを目にすることに、大きな喜びを感じます。

私もこの「とんかち仕事」が大好きなのだ。
村上は同書のなかで、同じような徹底リライト派だったレイモンド・カーヴァーが紹介した、ある作家の言葉を再引用している。

ひとつの短編小説を書いて、それをじっくり読み直し、コンマをいくつか取り去り、それからもう一度読み直して、前と同じ場所にまたコンマを置くとき、その短編小説が完成したことを私は知るのだ。

村上自身、同じようなことを経験していて、この作家の気持ちがよくわかるという。「このあたりが限度だ、これ以上書き直すと、かえってまずいこといなるかもしれない、という微妙なポイントがある」のだという。

「おカネの教室」のリライトでは、私もこれに近い心境まで「とんかち仕事」をやり切った。
「とにかく削らねば」という必要に迫られて始めた作業だったが、「同じ削るなら、徹底的に、リズムがあって読みやすく、分かりやすい、一気読みできるものにしてやろう」と取り掛かると、それは知的なゲームへと変わった。
書き直しては音読して、また書き直す。最初から最後まで、全文について最低3度、「ここは」という部分はその数倍の手をかけて文章を練った。
そして、繰り返しになるが、この作業はとても楽しかったのだ。

全面リライトと大幅圧縮で、Kindle版と書籍版の「おカネの教室」の読み味はかなり変わった。のんびり、まったりとした読み物から、スピード感のあるストレスレスな一気読みコンテンツになった、と思う。
もちろん、この過程で失われたものもある。特に、登場人物のちょっと愉快な掛け合いや距離感の微妙な変化、人物造形のバックグラウンドなどが薄くなり、「小説っぽさ」が下がったのは否めないだろう。

それを補っても、商品としてのコンテンツに磨きをかけるという点で、十分に満足のいく結果を出せた。
出版後に何度か読み返して、4刷目で2~3か所、ごくわずかに語句を足すなどの修正を入れた。その程度しか直したい部分は残っていなかった。

夏場から秋にかけて大幅な削りをやり、編集アライとやり取りしながら、年末年始の休暇で集中して「とんかち仕事」を進めた。
2018年の1月、私は編集アライに「ひとまず全力出しました」という文言を添えて、最終稿をメールで送った。出版決定から半年かけて、あとはゲラでの作業というところまでたどり着いた。

その後、編集アライからの「1500円にしたいからもう1割削れませんか」という提案に、「それは、ない!」と拒絶したことを付記しておこう。村上の言う「これ以上書き直すと、かえってまずいことになるかもしれない、という微妙なポイント」までたどり着いた感触が私にはあったからだ。

無論、本づくりは原稿を書いたら終わるわけではない。むしろ同時並行で進んでいた「パッケージとしての本づくり」にこそ、バトルの火種は残っていた。

6 タイトル変更? あり得ない!

バトルの火ぶたを切ったのは、11月下旬にミシマ社の編集アライから届いたメールだった。そこにはサラッと、
「『おカネの教室』だと、いわゆる金融入門みたいなイメージがどうしても湧いてしまうので、タイトルはやはり、要検討かなと…!
とあった。

私は即座に、
・長年「おカネの教室」でやってきたので変更は想像外
・馴染んでいるだけでなく、シンプルで良いタイトルだ
・Kindleでそこそこ売れてブランディングもできている
・デザインや帯で工夫の余地はある
・サブタイトルをつける手もある

と、過剰反応気味に反論した。

この頑ななオッサンに対して、編集アライはふわりと余裕をもって応じてきた。

「おカネの教室」にご愛着があるのはもちろん、よーーーくわかるのですが、すこしそれは横において、書籍として何が最適か?を考えていきたい次第です。
もちろん、考えた末に『おカネの教室』が一番だ!となるのはOKなのです。
が、「いやこれ以外考えられない」ではなくって、この本が青春経済小説であるようなことがなんとなく伝わり、数多くあるお金本のなかで、抜けだすことができる、そして一番大切なのが、内容にぴったり似合うこと。
タイトルという服を着せてあげて、世に送り出すのが、本に対しても一番のエールだと思います。

返信をみて、私は「コイツ…デキる…!」とうなった。読後には「そこまで言うなら、トコトン考えてみようじゃないの!」という気になっていたからだ。
こうして、ノセるの上手な編集者とノセられやすいオジサンの苦闘が始まった。

ゲラが組まれ、表紙や目次のデザインの詰めも進み、本づくりが着々と進むのと並行して「タイトル探し」は延々と続いた。
発売1か月ちょっと前の2018年2月というギリギリまで、タイトルは確定しなかった。

私は暇さえあればタイトル案を練った。だが、ゼロベースで考え直してみても「おカネの教室」よりしっくりくるものは出てこなかった。
編集アライの「服」というたとえにならえば、フィット感に欠ける「ビジネス書コーナーで座りの良いお仕着せの衣装」しか出てこないのだった。

タイトルは「問い」である

この頃、よく脳裏をよぎったのが、高校の現代国語の授業での山田俊作先生のこんな言葉だった。

「小説のタイトルは『問い』であり、本文はそれに対する答えだ」

シュンサクは、小澤征爾をちょっと縦に引き伸ばしたような藪にらみの風貌と、高校生相手に本気の文学論をぶちかます授業スタイルで人気の名物教師だった。
高1で受けた授業は、いまも鮮明に思いだせるほど衝撃的だった。私は初めてテキストを徹底解体するレベルまで掘り下げる「読み方」を知った。小説を乱読するだけだった高井少年には、目からウロコがボロボロ落ちる面白い講義だった。

シュンサク曰く、「ここに『罪と罰』という本がある。これに『とは何か』を付け加える。『罪と罰とは何か』。本文から、この問いに対する答えを読み取る。それが文学を読むということだ」。

これは唯一の答えでもなんでもなく、「そんな視点もある」という見解だろうが、自分の本のタイトルをつけるという作業のなかで、この30年前の国語教師の言葉が鮮明によみがえった。

「おカネの教室」は、野矢茂樹さんの「無限論の教室」の安易なパクりだったとはいえ、「タイトルありき」だったのは間違いない。そして、「それ」への答えとして、私は時間をかけて物語を構築していったのだった。
タイトルには、登場人物たちの造形や言動を引っ張る引力のようなものがあり、彼らが動き回れる「教室」という空間を形作っていった。
考えれば考えるほど、「これは『替え』がきかない」という確信が強まった。

もう1つ、大きなファクターだったのは三姉妹、特に次女の意見だった。
私は本作りの方向性についてしばしば「家族会議」を開いた。このコンテンツは長年親しんでくれた第一読者の娘たちとの共有物だったからだ。
予想通り、タイトル変更にはみな反対だったが、次女の「タイトル変えるぐらいなら、もう本出さなくていいよ!」という強硬意見には驚いた。次女は、「キャラクターのニックネームをやめて本名で通す」という案にも「あり得ない!絶対反対!」と猛反発した。
この次女の「ご意見」は、編集アライとの交渉(?)で大いに活用させてもらった。

タイトル論争の決着をみるには、本作り全体の方向性の決定が必要だった。そこには「置く棚のない変な本」という「おカネの教室」の特性が深く関わっていた。

7 「ビジネス書」でいいのか?

この連載で何度も書いてきた通り、作者は「おカネの教室」はビジネス書・経済書ではなく、「経済解説がストーリーの軸になっている青春小説」だと思っている。
一方、商品としての「おカネの教室」はまぎれもなくビジネス書・経済書に分類される。「しごとのわ」というシリーズ自体、ミシマ社とインプレスがコラボしたビジネス書のレーベルだ。

本は分類される運命にある

「日本図書分類コード」なるものがある。「C」の後ろに4桁の分類用の数字を添えたもので、Cコードとも呼ばれる。最初の数字は「販売対象」、2番目は「発行形態」、残りの右端の2つの数字が「内容」を表す。
おカネの教室の場合、「C0036 = 一般・単行本・社会」に分類される。
書店は基本、このCコードに沿って店頭に本を並べる。
これまであちこちの書店をのぞいたが、「日本文学」のコーナーに置いてあったのは丸善お茶の水店さんだけ。書店員さんが「これは文学だ!」と判断したのか、帯に「青春小説」とあるから間違えちゃったのかは不明だ

本の分類には「日本十進分類法」というのもある。図書館の本の背表紙に貼ってあるあの数字だ。
江東区立図書館での「おカネの教室」の分類は「330」。「3類」は社会科学で330は「経済」。以前、ある図書館の司書の方がネットで「9類でも良いほどの出来」という感想を書いていた。ググったら、9類は「文学」だった

そうした例外はあっても、基本、「おカネの教室」は、経済・ビジネス書コーナーで売られる本なのだ。
そこに来るお客さんが手に取ってくれないと、いや、その前に書店に仕入れて並べてもらわないと、売れない。「ビジネス書の読者に合わせた体裁にする」のは当たり前のことだ。

問題は「程度」だ。
ビジネス書というのはおおよそ、
・インパクトのあるタイトルで効用を訴える
・タイトルから想定読者も分かるようになっている
・目次を見れば、内容がだいたい分かる
という作りになっている。小説の作りとは真逆なのだ。
ビジネス書に近づければ、経済青春小説というユニークさは薄まる。
でも、小説に寄り過ぎれば、売り場に並べてもらえない。
このバランスをどうとるか。

私は基本、編集アライの「まずはビジネス書の読者向けに寄せましょう」という提案に沿って本づくりを進めていった。
一例は目次の小見出しだ。

(内容がある程度分かる目次。さりげないチョークが素敵)

Kindle版に比べて商業出版は具体的な授業内容の説明になっている。「リーマンショックはなぜおきた」などが典型だ。
「4月」「5月」という章分けレベルでも具体的なテーマ、たとえば「市場経済」「金利のメカニズム」といった文言を入れようという案もあったが、これは私が却下した。ビジネス書寄りになりすぎると判断したからだ。

普通の小説では入らない「あとがき」の挿入は私も賛成した。「あとがきから読んで買う人もいる。娘のために長年かけて書いた家庭内連載から生まれたユニークな本だという成り立ちを知ってもらいたい」という編集アライの提案は「ごもっとも」と思ったからだ。

(いわば販促の一環の「あとがき」。ええこと書いてありまっせ)

こうして「おカネの教室」は、ビジネス書コーナーで違和感がない作りに寄せられていった。
それはある種の妥協でもあったが、商品としての仕上がりは「絶妙のバランスに着地した」と感じている。

ビジネス書は「狭すぎる」

だ実は、このバランスが一気にビジネス書サイドに傾きそうになった危うい瞬間もあった。
火種はやはりタイトルだった。
発売まで2か月、というタイミングで、サブタイルをもっと実用書寄り、たとえば「なぜ?どうして?金融と経済」とする案が浮上した。
この提案に対して、私が編集アライに送ったメールを抜粋する。ちょっと長いのでポイントを太字にしておく。

結論から言うと、モロに実用書らしいサブタイトルを付けるのはやめるべきだと考えます。
すでにこの本の体裁はガッチリとビジネス書寄りになってます。
「ビジネス書の棚に並ぶのだから」という発想で、さらにノウハウ本臭を出せば、ビジネス書の山に埋没するだけではないでしょうか。
昨今の即物的な装丁やタイトルの書籍に比べると、本書は地味です。
そこを逆手に取って、ビジネス書としては違和感のある作りにした方が、逆に目立つと思います。

もっとぶっちゃけて言うと、この本はもともと、「並べる棚がない本」なんです。だからKindleで出したんです。
そりゃ、最初はビジネス書コーナーに並ぶんでしょう。でも、そこにとどまるなら、知る人ぞ知る良書にとどまって、尻すぼみだろうと思います。
この本がヒットするとしたら、それは、普通の棚に並ぶんじゃなくて、話題の本として平積みになったときです。棚に関係なく。あるいは、影響力の強い有名人なり、書評なり、SNSなりの評判で火がついたときだと思うのです。
それには、「類書のないユニークな本」という立ち位置を狙うべきと考えます。ビジネス書コーナー内で最適化するのではなく。
分かりやすすぎて野暮ったいサブタイトルを付けるのは、即効性を求めるビジネス書ファンは手っ取り早くつかめるかもしれませんが、間口を狭めるし、マーケティング上も得策ではないと思います。普通のビジネス書はダサいくらいの方が売れてるようですが、この本の場合、ダサさは致命的な欠点になると思います。

私は、本を出すのは初めてですが、これまで数千時間を書店や図書館の本棚の前で過ごし、数十万冊の中から、数千冊の本を買ってきました。
何度も愛読するような本は、見た瞬間に、これは自分に向けて書かれた本だ、と直感するものです。一発でジャケ買いした本、パラパラめくっただけでワクワクする本が、外れだったことはありません。
そこまでではなくとも、どこか自分との縁を感じる本、こちらを向いていると思える本なら、迷わずレジに持っていきます。
それは、ビジネス書やノンフィクションであってもそうで、具体的な効用への期待よりも、もっと感覚的な判断、直感がモノを言うのです。
こんなことが書いてあるらしい、こんなことが分かるから読んでみよう、と点数をつけるようにして選ぶのは、ダイエットやストレッチ、マネーのノウハウ本くらいじゃないでしょうか。本書は明らかにそんな即効性のある、安っぽい本ではありません。
そういうブックハンターとしての私の感覚からすると、本書の作りは、現時点で、読者を限定する「狭すぎ」に陥るギリギリのところに来ていると思います。

もちろん、何が書かれているか分からなくてよい、という訳ではありません。
でも、その部分は、帯と広告で補えるのではないでしょうか。
ですので、サブタイトルを付けるとしたら、私は、ソフィーの世界(サブタイトルは、哲学者からの不思議な手紙)や、アルケミスト(夢を旅した少年)のような方向であるべきと考えます。
小説家気取りをしたいわけじゃありません。普段はビジネス書や経済書を読まない人たちが手に取ってみようと思うよう、間口を広げるべきだからです。
そもそも、これは、「そういう人」の一人である、我が娘のために書いた本なのですから。

長文ご容赦。以上、言いたいことは全て書きました。
あー、スッキリした!

いま読み返しても、よくもまあ、こんな傲慢なモノを送り付けたもんだな、とあきれる。「あー、スッキリした!」なんてのは、いい大人が仕事のメールで使って良い表現ではない。
だが、もうこの頃には、編集アライとのやり取りは「あけすけに、ガチで行きましょう」というモードになっていたし、ロンドンと京都という物理的距離もあり、遠慮している余裕はなかった。

編集アライからは「率直な意見、ありがとうございます!」という返信とともに「これはもう、スカイプで打ち合わせしましょう!」という提案が来た。
会議に先立って、私は自説を補強するデータを集め、事前に編集アライと共有した。こちらも資料の抜粋を載せておこう。

私が主張したかったのは、主に2点だった。
・ビジネス書の読者層は狭い。「小説」であることを売りにすべき
・タイトルは大事だが、帯やデザイン、「口コミ」等で補える

2018年1月20日、私と編集アライはオンラインではあるが、初めて「顔を突き合わせた打ち合わせ」をやった。
この日のはタイトル問題のほか、営業・販促の展開、カバーのデザインなどを詰めた。この頃には私が4月に日本に帰任すること、2月に一時帰国することが決まっていたので、その際のスケジュールなども話し合った。
懸案のタイトルについては、私の提案の線で行きましょう、という結論になった、はずだった。

揺れる乙女心

ところが、その2日後、編集アライから「サブタイトルがメインのほうがいいんじゃないか?という声があります」というメールが届いた。「『僕らがおかしなクラブで学んだ経済のカラクリ 〜物語・おカネの教室』という感じです」と具体例も挙げてあった。
そのメールには「それもいいのかなという気持ちもなきにしもあらず」とあるかと思いきや、「いや、『おカネの教室』は『飛ぶ教室』みたいな感じでええのでは、などとぐるぐる頭がまわりよくわからなくなっております」と揺れる乙女心が綴られていた。

私は「メーン・サブ入れ替えは絶対反対」と再度長めのメールを送り返すとともに、「むしろ経済入門書感を下げよう」と4つの代案を出した。

おカネの教室~~僕らの奇妙な課外クラブ活動日記
おカネの教室~~奇妙なクラブで僕らが学んだ世界のカラクリ
おカネの教室~~おかしなクラブで僕らが学んだ秘密
おカネの教室~~ようこそ、おかしな課外クラブへ

この3つ目は、最終案に限りなく近い。
そしてこのメールへの返信で、ついに編集アライが最終案にたどり着いた。

現状の私の意見としては、
『おカネの教室  僕らがおかしなクラブで学んだ秘密』
をタイトル・サブとして、たとえば帯に(中略)
という感じでしょうか。あ、これけっこういいのかもしれない・・・・
ひとまず、追ってメールいたします!

私も、「きた!これだ!」と思い、すぐさまメールを返した。

そう!そういう感じですよ!
やっぱり自然ですよね、そのタイトル・サブのバランスが。

この直後に編集アライから来た返信が、タイトルバトルの最終決着となった。
そのメールに、私はまた「こいつ…デキる…!」とうなった。
それはこんな書き出しだった。

高井さま
こんにちは。
今日、丸善京都本店、ふたば書房御池ゼスト店さんに行ってきました。

編集アライは「いいかもしれない…」というタイトル案を携え、現場の書店員さんの率直な反応を現地調査してきたのだった。
「足で稼ぐ」
「迷ったら最前線のプロに聞く」
これは、私の本業の記者稼業でも基本中の基本だ。
編集アライの調査で、書店員さんからはこんな意見をもらった。

「内容を説明するようなタイトルの方が分かりやすいけど、『おカネの教室 僕らがおかしなクラブで学んだ秘密』のほうがいろんな棚に置きやすい
「『経済のカラクリ』などと入ってしまうと、『あ、自分のことじゃないな』とむしろ手にとらなくなりそう
要は『装丁次第!』

この「現場の声」に背中を押され、編集アライと私は「この線で詰めていきましょう!」と合意に至った。
その後、我々は「サブタイトル無しで『何だろう、この本』と思わせましょう!」というところまでラディカル路線へ突き進んだのだが、これは最後にオトナの人たちから「いや、それはいくら何でもワケワカランだろう」とブレーキがかかった。
今から振り返ると、オトナの皆さんのご意見は大変ごもっともだと思う。

結局、タイトルは、家庭内連載版から大きく変わらなかった。
では、「タイトル探し」は無駄だったのか。
そんなことはない。
「ゼロベースで徹底的に見直す」という作業を経て「これでいいのだ!」という確信が深まり、同時に「この本はどんなコンテンツなのか?」と考え抜くとても良い機会になったからだ。
編集アライの予言(?)通り「考えた末に『おカネの教室』が一番だ!となるのはOK」だったのだ。
恩師・シュンサクの教えを転倒させれば、「『答え=作品』に対して適切な『問い=タイトル』になっているのか」をトコトン考え抜いたという手ごたえを私は感じている。

さて、上記のように、書店員さんからは「要は装丁次第!」という声があった。
「顔」は決定的に本の売れ行きを左右する。本を「ジャケ買い」する傾向のある私も同意見だった。
そして「おカネの教室」は、ビジュアル面で素晴らしいチームに恵まれた。

8 想像超えたデザインの力

「おカネの教室」のブックデザインを担当したのは佐藤亜沙美さんだ。
リンクにある通り、超売れっ子デザイナーで「これからさらにブイブイ言わせまっせ」感もにじみ出まくっている。
編集アライから「デザインは佐藤さんにお願いする」と連絡をもらったとき、サトウサンカイのサイトを見て、「デビュー作でこんな素敵な装丁家に…」と感激したのを覚えている。

黒板をイメージした濃緑のカラーに、何が起きるのかワクワクするイラスト、目を引く「お金の手に入れる6つ方法」を配した表紙。
この「ジャケ買い」してもらえる素晴らしい装丁は、間違いなくヒットの一因だ。カバーを取れば、福沢諭吉と「透かし」部分に並ぶ3人と、遊び心もあちこちにある。

(カバーを外すと登場する3人組と「諭吉」)

サッチョウさんの「寝ぐせ」秘話

佐藤さんが起用してくれたイラストレーター、ウルバノヴィチかなさん(以下、かなさん)の貢献も特筆したい。

かなさんはあれこれ面白いことをやっているクリエーターで、書籍のイラストを手掛けるのは「おカネの教室」が初めてだったという。
作品をとても気に入ってくださっている、と編集アライ経由で聞いていたのだが、キャラクターのデザイン画が届いたとき、それが社交辞令ではないと確信した。

(初期のキャラクター画)

私が驚いたのは、サッチョウさんの寝ぐせだった。
見た瞬間、「これだ! こいつが、サッチョウさんだ!」とイメージが一気に固まった。
スティーブン・キングのフレーズを借りれば、これは「人生に女の子が入ってくる前」の男子だ。私自身、小学校のときはもちろん、中学に入ってしばらくは寝ぐせも直さず学校に行っていたのを思い出してしまった。

実は、サッチョウさんについては、「ちょっとさえないフツーの中学生」というくらいで、作者のなかでも外見の明確なイメージはなかった。「無味・無色」な語り手としてあえて色がつかないようにしていた面もあった。
カイシュウさんには米バスケ黎明期の名選手ジョージ・マイカンという外見のモデルがあり、ビャッコさんにもある程度のイメージはあった。
この絵を見た後はもう「サッチョウさんは、こいつしかいない」というほどイメージが固定された。現在書きかけている続編のイメージを膨らませる助けにもなっている。
イラストレーターの洞察力には恐れ入るしかない。

ちなみに、かなさんの旦那さんのマテウシュ・ウルバノヴィチさんもポーランド出身のイラストレーターで、映画「君の名は」の背景で有名。「東京店構え」というイラスト集がベストセラーになっているのをご存知の方も多いかもしれない。

(ウルバノヴィチご夫妻のアトリエにお邪魔した時の一枚。マテウシュさんにサインしてもらった「東京店構え」は家宝です)

世界を広げてくれるイラストたち

キャラ絵のあとも、佐藤さんとかなさんからは、挿入する扉絵のラフなどが続々と届いた。見ているだけで「おカネの教室」の世界が広がっていくようだった。どれも素晴らしくて、選ぶのが大変だった。

(各章扉絵のラフ。数カットの候補から最終案を詰めていった)

(採用から漏れたカット。全部載せたいくらいの出来)

最終的に各章には下のようなワクワクする扉絵がついた。

佐藤さんのアイデアで扉絵に吹き出しをつけることになり、この宿題にはかなり苦労した。
特に悩まされたのが6月と8月だったが、苦労の甲斐あって、「お父さん、どうして?」というセリフを配した8月の扉絵は、作品のヤマ場を象徴する完璧な出来になったと自負している。
なお、エピローグの扉絵は割愛する。
是非、物語を読み進めてから、ご覧になっていただきたい。特に、ビャッコさんの表情を。

デザイナーの佐藤さんには最後の最後で「参りました」と思わされた。
この、内扉と同じ3人のイラストにつけられたセリフが、それだ。

これには「この物語はまだ語りつくされていないでしょ?」という問いを突き付けられた思いがした。

こうして本文、想定とも本作りがいよいよ佳境を迎えつつあった2018年2月の半ば、私は帰任後の家探しのため、日本に一時帰国した。いよいよ編集アライ、そして版元インプレスの皆さんとリアルにご対面する時がきた。

9 本は「初速」が命!

2018年2月11日の早朝、私はほぼ2年ぶりに日本の地を踏んだ。
ロンドンからのフライトは約12時間。プレミアムエコノミーの座席は案外快適だったが、あいにく風邪気味で着いた時にはヘロヘロだった。

帰国の第一の目的は、3週間後に帰国予定の家族が入居するマンションを探しだった。着いた日の午後からすぐに江東区・墨田区方面でいくつも物件を回り、現在この原稿を書いているマンションの一室を確保した。

ついに編集アライと対面

そして2月某日、私は自由が丘のミシマ社東京オフィスでついに編集アライと対面を果たした。版元インプレスの「しごとのわ」担当、井上さんも加わって、3人で作戦会議を開いた。

(問題の編集アライ。昭和家屋なミシマ社オフィスで)

(無問題なインプレス井上さん。天然系ゆるキャラ)

実物の編集アライは驚くほど若く、お肌はつるつる。ときおり見せる鋭い目つきとちらつく棘が「コイツ、できる…」と思わせる「剛」のキャラだった。
インプレスの井上さんはほんわかした語りと目をみて「うんうん」と相槌を絶やさない「柔」のキャラ
「しごとのわ」の2人は「なかなか良い凸凹コンビだな」と思った。

初版の印税放棄という荒業

発売まで約1か月。本作り自体は詰めの段階に来ていた。3人の打ち合わせは「この変な本をどうやって売り込むか」というテーマに集中した。
かねて私はマーケティングに関して、ある「武器」の投入を提案をしていた。
「武器」とは、初版分の印税のことだ。私は「初版分は印税はいらないので、それをプロモーションに投入してほしい」と提案していたのだった。

無名の新人の変な本だ。マーケティングの予算は限られるだろう。
初版分ということは「定価1600円×ウン千部×ウン%」なので、大層な金額ではない。それでも、アレコレ手は打てる。
3人でこの「武器」の活用法やその他のアイデアを練った。

すぐ決まったのが、発売直後にインプレスのサイトに載せた著者インタビューだった(こちらに転載済み。未読の方はぜひご一読を)。
ベタな手法ながら、これは効果抜群だった。ジャーナリストの佐々木俊尚さんがSNSで本の推薦と一緒にシェアしてくれて、一気に拡散されたからだ。佐々木さんには、ご著書に個人出版のKindle版を出す背中を押してもらい、Kindle版もオススメしてもらった御恩がある。

インタビューは後日やるとして、写真だけ日本にいるうちに撮ってしまおうという流れになり、カメラマン・編集アライがバシャバシャ撮る間、私は井上さん相手に「ロンドンでは豚骨ラーメンとカツカレーがブーム」といったくだらない話を熱く語った。

(カツカレーを熱く語る高井。この男前な奇跡の1枚はアチコチ乱用中)

嬉し恥ずかし書店回りデビュー

この会議の後、私は編集アライとともに東京屈指のオサレ書店、青山ブックセンター(ABC)に向かった。
ABCには「しごとのわ」シリーズを推してくれていて、ゲラを読んで「おカネの教室」も気に入ってくれた書店員さんがいるという。

表参道駅から歩くこと5分。10年ぶりくらいに来たABCは、記憶の通り、デザイン系の大判の本が並ぶオサレな棚づくり。「そんで、何すんの?」と段取りがよく分からないままの書店回りデビューであり、正直、「ホントにこんなオサレな店に自分の本が並ぶのかいな」と半信半疑だった。

そんな気持ちは、ABCのビジネス書担当の益子さん(当時、現在は「TSUTAYA LALAガーデンつくば」にご在籍)に対面して氷解した。
「うわー! 高井さん! もう、この『おカネ』、最高ですね! ほんと、この本、絶対売れるべきですよ!」
益子さんはテンションが異常に高く、ハッキリ言って、お仕事の初対面モードとしてはちょっと挙動不審だった
もっとも挙動不審なのは益子さんだけではなかった。
同行者によると、この時、私は顔を真っ赤にして、テレまくって、困っていたらしい。自分の本がこんなに面と向かって絶賛されるのは想定外で、戸惑うしかなかった。
参ったのは、裏のセミナールームに連行されて書いた色紙だった。私は手書きの字がすこぶる汚いのだ。冷や汗をかきながらなんとか文句をひねり出し、ぎこちない手つきで何とか色紙を書き上げた。

ABCは「おカネの教室」の大展開をかなりの期間続けてくれて、全国の書店でも屈指の販売を記録した。

(発売直後のABCの棚。入り口すぐの位置で色紙付き大展開。無名作家のデビュー作としては異例の扱い)

益子さんは現在お勤めの新天地でも「おカネの教室」をプッシュしてくれている応援団長のような人で、歳は離れているけどウマも合い、たまに飲んだりしている。つくづく、「おカネの教室」は、本作りでも、読者に届ける面でも、「縁」に恵まれた本だな、と思う。

現場の声から学んだこと

この一時帰国時には、ABCのほか、丸の内の丸善、新宿の紀伊國屋書店とブックファーストなど都内屈指の大型書店をいくつか回った。どこでも書店員さんとの会話からあれこれ学ぶことが多かった。
あえて一言に集約すれば、「本を売るのは大変だ!」という、当たり前の事実を、肌で実感できたのが収穫だった。

ある書店員さんは「この本は、このまま並べたら、ウチでは売れません」と即断した後、その場で「子供に読ませたいと思えるフレーズを添えて、お父さん、お母さんに手に取ってもらう」というポップ作戦を示してくれた。
別の書店員さんは「埋没しないように平積み用の目立つボックスを」とアドバイスしてくれて、インプレス井上さんが奮闘してリクエストに応じた。

「良い本なら売れる」などという甘い時代ではないのは、アタマでは分かっていたつもりだったが、現場の声を聴くほど「本は書いたら終わりじゃなくて、出してからが本番」という言葉が現実味をもって迫ってきた。

合言葉は「初速」

版元インプレスの神保町の本社にもお邪魔した。窓から自分の勤め先の本社ビルが見えるのが、妙な気分だった。
「自分&アライ&井上プラス2人ぐらいのスモールミーティングだろう」と想像していたのだが、実際はマーケティング部門のトップから電子書籍のご担当、現場の営業の方々などで10人掛けのテーブルは満席。まわりの予備の椅子でギリギリなんとか収容、という大人数が集まった。
こんなに多くの人が、自分の本を売るための作戦会議に参加してくれるのか」と驚き、ちょっと感動した。

井上&アライ&私は「武器」と、その使用法のアイデアを説明した。
①書店向けの特製ポスターを作る
②特製しおりを数万枚、書店に配布する
③動画広告を街頭の大型ディスプレーに流す
④書店回りなどで印象に残るよう、特製名刺を作る

(下手な字をさらしたポスター。デザインは佐藤亜沙美さん)

(特製しおり。デザインは同じく佐藤さん)

(新宿で打った動画広告。高井と長女と「サッチョウさん」の命名の由来である甥っ子。効果があったかは大いに疑問。遊びです)

私はこの本の出版で「とことん、遊ぼう」と思っていた。言わずもがなだが、「遊び」というのは言葉の綾だ。
「真剣にやれ! 仕事じゃねーんだぞ!」という名文句がある。「遊ぶ」なら。本気でやらないと楽しめない。
できるだけ「長く、深く」遊ぶために必要なのは「サバイバル」だと認識していた。このセルフインタビューでその辺りの考えは詳しく述べている。
それにはスタートダッシュが肝心だ。初版の印税放棄というアイデアはこのサバイバルの発想から来ていた。

インプレスの「チーム・おカネの教室」の会議で、私は自分の考えがその道のプロと一致しているのを確認できた。
会議で繰り返し出たキーワードは「初速」だった。
どうやって初速、つまり発売直後に販売を伸ばして、「置けば売れる本」と書店に認識してもらうか。
新陳代謝の激しいビジネス書の中で、無名の新人の本がサバイバルするのは容易ではない。下りのエスカレーターを上るぐらいでは足りず、鯉の滝登りぐらいの勢いを出さないと、店頭から消えてしまう。

この「初速」という言葉が印象的で、これ以降、私は初版印税分の販促費用プールのことを「燃料」と呼ぶようになった。地球脱出速度を出して衛星軌道に乗るためのブースター役のイメージだ。

会議はテーマを「初速」に集中させた有意義なものになった。内容もさることながら、私が嬉しかったのは、インプレスの方々が「おカネの教室」を読んだうえで「これは良い本だから、売れるべきだ」という意識を共有してくれていたことだった。
この「熱」にこたえるためにも、初速を出すのにやれることはやろう、という決意を新たにした。

圧倒された佐藤事務所「サトウサンカイ」

この帰国時には、佐藤亜沙美さんの事務所「サトウサンカイ」にも伺った。

昭和なビルの素敵なアトリエで創作の裏話などをまじえて楽しいひとときを過ごした。ポスターや名刺のデザインも膝詰めで打ち合わせができた。
佐藤さんは物腰の柔らかい方で、とてもリラックスできる相手なのだが、本棚に並ぶ数々のヒット作や、所狭しと貼られたアートを担当されたイベントや雑誌のポスターに圧倒された。「こんな凄い人に『衣装』を着せてもらって幸せな本だなあ…」という感慨を新たにした。

編集作業、完了!

約1週間の濃密な日程をこなし、2月18日、私はロンドンに舞い戻った。
帰任までの1か月ほどで引継ぎや帰国手続きなど、やるべきことは山ほどあった。「おカネの教室」の方も編集アライや井上さんと日々、忙しいやり取りが続いた。
そんなバタバタの日々を過ごしていた2月27日、編集アライからこんなメールが届いた。

先ほど、本文、装丁ともに完全に私の手から離れました!!!!!!
素敵な本を本当にありがとうございました。
とりいそぎのご連絡まで!

6月末からちょうど8か月で、ようやく「おカネの教室」の編集作業はゴールインした。私はすぐさま、

おおおおお!!!!!
お疲れ様でした!!!
あとは、売るだけ!!

と返信した。
ついに矢は放たれた。発売日の3月16日まで、もう3週間を切っていた。

10 ついに発売! でも…

2018年3月初め、家族が先に帰国し、3週間余りの独身生活が始まった。ちょっと寂しいけど、ひとり身は身軽で気軽。「残りのロンドン生活、楽しみ倒してやろう」と目論んでいた。

まず、拠点をロンドンの繁華街のど真ん中に移した。宿はAIRBNBを利用した。欧州ではエアビーがとてもリーズナブルかつ便利だ。
最初に泊ったのはコベントガーデン駅から歩いて5分の部屋。10億~20億円はする超豪華フラットの1室を借りるルームシェアタイプだった。
2番目はSOHOのど真ん中のワンベッドルームのフラット。どちらもロケーションは最高で、1泊100ポンドちょいだった。

部屋選びで重視したのは、ウエストエンドの各シアターに歩いてアクセスできることだった。帰国までの3週間ちょいの間に、ミュージカルを8本鑑賞した。仕事後に宿で軽食を食べ、歩いて劇場に行って、帰りにパブに寄ってエール片手にパンフレットを読み返すという極上の日々。

(戦利品。これ以外にChicago、TINAも見た)

ミュージカル漬けの日々の間隙をぬって、ベルリンへの弾丸ツアーも決行した。思春期に冷戦終結を体験した最後の Cold War Kids 世代として、どうしても行っておきたい場所だった。
ベルリンの壁やブランデンブルグ門、チェックポイントチャーリーなどベタなスポットを見て回ったのだが、記録的寒波で、人生で初めて「このままでは凍死する」と恐怖感を覚えるほど寒かった。

発売!されたんだよね…?

さて、欧州漫遊記ばかり書き連ねてきたが、私がフラフラしている間に、「おカネの教室」はちゃんと3月16日に発売され、店頭に並んだ。ギリギリ発売前日にはロンドンにも見本誌が届き、「おお、本になった!」という感慨はあった。

(ロンドンに届いた貴重な5冊。4冊は同僚・知人に配った)

しかも、「おカネの教室」は予想以上の「初速」を発揮し、無名作家のデビュー作としては異例の売れ行きを見せた。
佐々木俊尚さんのご推薦のほか、ビジネスブックマラソン(BBM)も発売4日目にして「傑作です」と太鼓判を押してくれてたのが大きかった。
Amazonのランキングはわずか数日で9000位前後から1000位以内、100位以内とホイホイと文字通り「けた違い」に上昇し、最高28位まで食い込む「お祭り」状態になった。
インプレスの井上さんからは「書店でこんな展開になっています!」と平積み・面展開の写真が続々と届いていた。
発売から2週間足らずの3月28日には、早々に重版まで決まった。

(ウルバノヴィチかなさんのお祝いイラスト)

絶好のスタート、望外の売れ行き、早々の重版。
当然、嬉しかった。
毎日、何度もAmazonのランキングをチェックして一喜一憂した。

でも、釈然としない思いもあった。
せっかくの「お祭り」状態なのに、私は「現場」の日本から遠く1万キロも離れたロンドンにいるのだ。どうにも実感がわかない。
先に帰国した家族からも「ホントに本屋に並んでるよ!すごい!」と報告があったが、聞けば聞くほど「祭りに乗り遅れた…」という「損した感」がぬぐえなかった。

帰国

そんな喜びとモヤモヤのもんじゃ焼きな日々も、忙しさのなかであっという間に過ぎた。
帰国直前、休暇を取って今さらながらのロンドン観光に1日を費やした。セントポール大聖堂の528段の階段を登りきると、晴天の下、絶景が広がっていた。

(セントポールの楼上から。テムズ川は遠くから見ると綺麗)

ロンドン最後の夜となった28日には同僚の記者たちが行きつけのパブ、Inn Of Courtで送別会を開いてくれた。「これが飲み納めだ!」としこたまエールを楽しんだ。

翌29日、ロンドンを午前に出て日本の早朝に着くという、時差ボケ確定便で帰国の途についた。案の定、機内ではほとんど寝られなかった。
羽田からタクシーで自宅に直行すると、家族と約1か月ぶりに再会した。さすがに疲れていたので、まずはひと眠りした。

数時間の仮眠のあと、私はそそくさと大手町に向かった。
目指すは、丸の内の丸善。
勝手知ったる行きつけの書店の入り口を、いつもとは違う、はやるような気持ちでくぐった。

当たり前だが、そこにはちゃんと、私の初めての本、「おカネの教室」が並んでいた。

(レジ前でも大展開していたが、撮り損ねた…)

「おいおい、ほんとに、売ってるよ!
写真で散々見ていたはずだったが、現実に自分の目で見ると、それはやはりニヤニヤと頬が緩んでしまうのを抑えられない、格別の体験だった。

小学生の長女を相手にチマチマと書きはじめた家庭内連載は、8年の時を経て、いろんな縁に恵まれて、書籍として世に出た。
ちょうど連載開始時の長女と同じ年頃だったころ、本の虫だった高井少年が抱いた「いつか自分の本を出したい」という夢は、こうして叶ったのだった。

あとがきと予告

「おカネの教室」できるまで、ご愛読ありがとうございました。

これを書くためにアレコレとファイルやメール、手帳をひっくり返し、すっかり忘れていた出来事を思い出したりして、大いに執筆を楽しめたシリーズでした。
「変な本」の変な成り立ちを共有していただいた読者の皆さんに、創作や出版について何らかの示唆でも与えられたなら、一石二鳥感この上ない望外の喜びであります。
今後、ご好評の番外編「『深い』小説って何ですか?」を取り込んで加筆し、一気通貫の読み物にしてKindleなどで配本しようかな、画策中です。
(★Kindle版、できました!こちらです!Unlimitedなら無料、そうでなくても100円ですので、ぜひ!)
こちらで「元原稿」の公開は続けます。

「おカネの教室」本体も、続編か、マンガ化か、実写化か、どんな形かは分かりませんが、いつかどこかで、3人組に再会できる場を作りたいと思っています。

乞うご期待!

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