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服用注意の劇薬 『イスラム教の論理』

本稿は光文社のサイト「本がすき。」に6月18日に寄稿したレビューです。編集部のご厚意でnoteにも転載しています。

イスラム教について関心を持つ人なら、読んでおいて損はない本だ。聖典コーランとイスラム法という「土台」から導き出せるイスラム教のロジックについて、精緻な論を展開している。
特に、近代的な国民国家や西欧的価値観と「イスラム教の論理」が本質的には相いれないものだという認識を持っておくのは、安易な多文化主義で問題を単純化してしまうよりも知的に誠実な態度と言えるだろう。

『イスラム教の論理』新潮社 飯山陽/著

半面、イスラム教およびイスラム社会について、ある程度の予備知識がない状態の読者が入門書として読むのは、正直、お薦めできない。イスラム教とムスリムに対して、必要以上に恐怖心や警戒感を持たせる劇薬という側面があると考えるからだ。
ロジックが強固で、筆致に逡巡がないだけに、準備不足の読者には「論理」から描かれたイスラム教の一側面だけが焼き付いてしまう恐れがある。

著者が指摘するように、体系としてみれば、イスラム教は厳密かつ完全性をもった宗教で、他の価値観との妥協を許さない強固なシステムだ。
だが、人間のやることだから、当然、「理想」と現実の間にはギャップがある。文中、「世界18億人」とイスラム人口の巨大さが繰り返し強調されるが、本書が指摘するような厳密な定義を当てはめて「真のイスラム教徒」と呼べる人間は1000人に1人も居ないだろう。中東・アフリカのイスラム諸国の有り様も「イスラム教の論理」からはほど遠い。

過激派のレッテル貼りに抗するため「平和の宗教」というイメージを前面に出しすぎている嫌いのある書も多いなか、バランスを取る上では、本書のような厳しい視点が提供されることは、議論の厚みを増す上で有意義であり、歓迎される。

だが、繰り返しになるが、服用には注意が必要だ。

コーランでどれだけ多産が推奨されようと、イスラム諸国でも、国民の所得が高まり、女性の教育水準が上がれば、出生率は下がる。
一方、ネットを通じて「真のイスラム教」に目覚めた者たちがテロに走る姿は、ネット上の情報でイスラム憎悪を膨らませた白人至上主義者と二重写しになる。女性差別、他宗教との敵対や異教徒の迫害は、キリスト教が歩んできた道でもある。時代や社会的発展のステージは違っても、人間のやることに大差はない。

理解のためには正しい知識が必要であり、本書はその一端を担う一冊だ。私も学ぶところは多かった。
バランスを持った理解ができるという自覚がある読み手には、是非、お薦めしたい。

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