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アラジンの魔法のストーブ

この世には欲しくてもなかなか手の出ないものがある。例えば、ダイソンの掃除機とか、白山眼鏡店の(鼻パッドのない)一山の丸メガネとかがそれだ。要は、良いに決まってるけれど、価格がビミョーに高い。というか、あまたある他メーカーの代替品なら半値以下で買える。

願わくば、向こうからやって来てくれるパターン、例えば、ビンゴの景品で当たるとか、ダイソンや白山メガネを買って余りあるほどのギフト券を貰うとかがあれば良いのだが、まあ、ないわけだ。

最後の最後は、(気休めに)クレジットカードの2回払いでエイヤー!と買ってしまうまでだが、それにしても自分自身へのエクスキューズは不可欠だ。

ということで、このたび「2回払い」でエイヤー!と買ったのがアラジンの石油ストーブ。「エクスキューズ」はと言えば、来月早々にカナダの友人が泊まりに来る、であった。20年前に半年あちらに暮らした肌感覚からすると、日本のエアコンだけの暖房は芯から温まり切らないのである。この際、エアコンの補助暖房として石油ストーブを購入することに。振り返ってみれば、石油ストーブのある暮らし、実家にいた中学や高校のとき以来ではなかったか。

では、なぜ「アラジン」かと言えば、消去法的にアラジン以外、欲しい石油ストーブがひとつもないと言うことである。

とはいえ、アラジンのストーブに関する前知識は限りなくゼロ。その歴史が百年ほど前の、英国アラジン社が燃焼効率を格段に向上させたブルーフレーム(青い炎)技術にまで遡ること。また、日本へは1950年代半ばに、輸入商社のヤナセ が持って来て、日本の家々への浸透を計ったことくらいしか知らない。

もっとも、あのメルセデスのヤナセ が代理店だったわけだから、その価格には輸入手数料をはるかに上回るブランド・イメージ料がのっかっていたと思われ、畢竟、当時の我が家に行き着くはずもなく……。子どもながらに石油ストーブなるものは暖かくて、有り難くはあるけれど、デザイン的にもう少しマッチョかセクシーかのいずれかに振れないものか、と思ったものである(もちろん、直感的にそう感じただけで、子どもの語彙力では言語化はできなかったものと思うが)。

さて、Amazon発送・ヤマト便配達のアラジンが届いてみれば、案の定のミニマムでレトロなデザインの美しさもさることながら、驚きの発見がいくつもあった。

例えば、冬を越し、ストーブを仕舞い込むときに使うカバーが付属されていたのだが、これが帆布生地かなにかでそれなりにパリッとした作りであったこと。そこに予算が回るだけの利幅をきちんと確保しているのだ、と言うことかもしれないが、「一つひとつ丁寧に作りましたから、一つひとつ大切に扱ってくださいね」という職人さんの心意気、と受け取ってみる。

他にも、着火にはマッチかライターを必要とすること。すなわち、超ローテクであること。そんなこと、子どもの頃の我が家のもそうで、ストーブ台には燃えて炭化したマッチが無造作に置かれていたものだが、最近のは温度管理も安全管理もすべてはコンピュータ制御で、直に火を着けるなどとは疎遠のシステムばかりかと思っていた。

もっとも、これは「直火」にこだわったというよりも、百年間、ほとんど技術革新がなされなかったのではないか。そもそも、石油ストーブなんぞは、機能を削ぎ落とし削ぎ落としすれば、アラジン的なるものに行き着くわけで、そうであればこそ、余計な機器や機能を動かす電気を不要として、結果、災害時の究極のバックアップシステムたり得るな、との確信を得るに至る。

もっとも、はじめ、

「わあ、いいねいいね!」

と喜びを分かち合えていた妻が、やがて無言となり、そのうちマスクをし始めたではないか。最初は僕自身、灯油独特のあの臭いがどうにも気になったが、使い始めておよそ半時間、それは心地よい、まさに「働く石油ストーブの匂い」へと変化したな、と僕には思えたのだが、妻のマスクが取れ、「炎ってやっぱりいいわよね」と、やっとの好意的なコメントが得られるまでには、さらに小一時間を要した。誰しもひと昔前のテクノロジーと折り合うには、それ相応の時間を必要とするのである。ほっ……。

若い人たちがテレビをまったく観なくなった、と言われて久しい。YouTube、ネトフリ、アマプラ……視聴覚を占有する代替のコンテンツ・プラットフォームが別に、沢山できたということが一番の理由には違いないだろう。

ただ、「ふいのお客さまにフジテレビ」という、テレビ黄金期のキャッチフレーズに如実に現れているような、テレビを点けさえすればお茶の間の場が持つ的な、高度成長期以来の悪しき日本の伝統——若き日には、テレビマンの端くれとしてせっせとその「伝統」づくりに加担していたのだが——がやっと廃れつつあるのではないか、と独り密かに微笑んでいる。

テレビが鳴らなくなったリビングには、例えば、アラジン・ストーブの青く、美しく燃える炎であるとか、事情さえ許すならば、揺らぐ炎と遠赤外線とでからだの芯から温めてくれる薪ストーブであるとか……旧くて新しい道具たち再登板の機運が高まっているのではないか。

というわけで、僕は今夜もYouTubeで「一月万冊」の清水さん、本間さん、安冨先生、佐藤さん……を順番に観ながら、アラジンと魔法の時間を楽しんでいるわけである。





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