見出し画像

お隣りさんのライオンを襲ったチン事

札幌は円山動物園の真裏に住んでいる。動物園と我が家を隔てるものはひとむらの林しかない。ここに住まいを構えたばかりの6、7年前の夏のある夜、なんとは知れぬ獣の遠吠えがひとつ大きく聴こえたかと思うと、これをあたかも犬笛にして、種々さまざまな動物が一斉に哭き出したのには驚いた。襲ってくるはずもないのだが、網戸一枚ではマズいとばかり、慌てて窓という窓をピシャリと閉めたのだった。

さて、お隣りの動物園の昨日・今日のビッグニュースはといえば、なんといっても1歳のライオン「クレイ」が、これまでオスだとばかり考えられてきたのが、実はメスだと判明したというもの。関係者一同、そろそろ立派なたてがみが拝めるはず……と楽しみにしていたところ、一向にその兆候が訪れない。血液検査の結果、実はメスだとわかったというオチである。

クレイは、生後間もなく四国・愛媛の動物園からはるばる北海道に連れて来られたのだが、近く、もといた動物園に返される予定とのこと。オスとメス両方の展示がマストということなのか……それとも繁殖の関係か……なんともやるせない話ではある。

百獣の王・ライオンも、市場価格(?)は1頭50万円程度で売り買いされており、例えば、2000万円は下らないキリンにははるかに及ばない、ということをなにかで読んだことがある。要は、繁殖が容易で、放っておけば国内の動物園でも子どもライオンがぽんぽん産まれてしまうのだ。

だからといって、生後間もなく「オス」と判断した愛媛の動物園にこそ落ち度はあれ、当のクレイは何も悪くない。それどころか、寒い札幌の動物園に順応しつつ、2つ目の冬を越そうかという段になって、また、もといた四国に戻されるのはなんともしのびない。

ここは、またどこぞの国内の動物園やサファリパークで生まれた、今度こそ正真正銘オス!のライオンを一頭、新たに貰い受ければ済む話ではないのか。

これも聞き齧った知識だが、そもそもライオンは1頭(ないしは2頭)のオスを囲んで5頭前後のメスがいて群れをなしているのだとか。発情期ともなれば、そのハーレムでオスはひたすら順番にメスとの交尾に励む。メス全員が等しく満足しているうちは「ハーレム」は丸く収まるのだが、仮に一部でもメスの不評を買おうものなら、群れから放り出されるのがオスの定めとか。文字通り獅子奮迅に頑張ってはみたものの、獅子憤死せり……というところか(ちなみに「憤死」(ふんし)には憤慨しつつ死ぬ、という意味とともに、惜しいところでダメになる、という意味もあり、二重の意味でまさしく……)。

戦後すぐに廃止された明治民法の「家長制度」ではあるまいし、クレイの性別がグレイ……というか、(ハッキリと)オスではなかった、というだけで、円山動物園のライオン・ファミリーから弾き出されるというのはいかがなものか。これが、もう少し飼育容易な家畜の類いならば、林ひとつ隔てただけの我が家で貰い受けることも真剣に考えるのだが、なにぶん猛獣類筆頭である。札幌・愛媛の両動物園間での大岡裁きを期待してやまない。

ところで、クレイにまつわるNHKニュースを観ていた妻が、

「この子、とっても美人さん」

としきりに繰り返すではないか。視力が足りないせいか……あるいは、ライオンの知り合いが少ないせいか……どうも僕にはにわかに賛同しかねるのであるが、仮に、彼女の審美眼に狂いがなければ、今回の「チン事」と相まって、札幌・円山動物園は集客の新たな柱を手中にしたことになりはしまいか。いずれは大谷選手の結婚騒動以上に、「クレイの結婚問題」が全国ニュースになる日もあるやもしれない。災い転じて福となす、ならぬ、性別転じて副収入となす、である。関係各位にはぜひとも再考を促したい。

渦中のクレイ(NHKニュースより)



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?