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『市民案内課へようこそ!』


作品の紹介

月間20万PVを誇る読書ブロガーによる小説になります。

作品を仕上げるために気をつけたのは以下の点。

・確実に面白いこと
・ドラマがある
・考えさせられるテーマがある
・読んで良かったと思える作品にする(読後感が良い)


特に読後感には自信があります。読んだのを後悔させるようなことだけはしないよう誠心誠意、物語を紡ぎました。おかげさまで好評コメントもいただいております。
世の中には色んな娯楽がありますが、小説だからこそ味わえる楽しみを提供できるように腐心しました。

***

この社会はたくさんの人の仕事で成り立っています。それはたくさんの人の苦しみや喜びに支えられているとも言えます。当たり前の話ですが、人の数だけドラマがあるのです。

そんな一人ひとりを幸せな気持ちにできるような物語を作りたいと思いました。何よりも私自身が読みたい物語を。


日々の仕事に疲れている人も充実している人も。
悩んでいる人も幸せな人も。

この作品があなたの人生に少しでも彩りを加えられることを願っています。


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○ 宮本小次郎 1 ○

 面接室から声が掛かるのを待っていた。
廊下に置かれた安っぽい椅子に腰掛けている。緊張はピークに達し、足は自然と震えてくる。かたかたと心細くさせる音が誰もいない廊下に響いていた。
 「失礼しました」唐突に快活な声が聞こえた。
 扉が開き、僕のひとつ前の男が出てくる。自信に満ち溢れた表情。胸を張り堂々と歩く姿には優秀さが滲み出ていた。
 まずいなぁ。僕が面接官だったら確実に、僕なんかよりもこいつを採用するだろうな。
 ぎゅっと手を握ると指先が冷えている。ああ、早くこのプレッシャーから開放されたい。
 「次の方」部屋の中から声が掛かる。
 来た。股間がひゅっとすくみ上がる。やばい、この緊張感は受験の比じゃないぞ。早鐘を打つ心臓をなだめながら、ゆっくりと深く呼吸をする。その呼吸さえも震えている。落ち着け、落ち着け。こんなんじゃまともに面接なんか出来ないぞ。気合を入れるんだ。一向に収まる様子のない鼓動をできるだけ意識しないようにし、下っ腹に力を入れる。緊張を押さえつけるイメージ。その勢いのまま扉をノックする。行くぞ。
 ガンガン。やばっ、気合を入れすぎた。廊下に暴力的な音が響く。なにやってんだよ、もう。
 「失礼します」扉を少し開けた所で、入室マニュアルが頭をよぎる。
《入室時のマナーその2。どうぞと言われてから扉を開ける》
 あれ? 今、どうぞって言われたっけ? 自分の考えにびっくりして、思わずドアノブから手を離してしまった。
 ガチャン。静かな廊下に扉の閉まる音が響く。
 …。
 えーっと、間違えて扉を開けちゃった場合はどうするんだっけ? いや、この場合は閉めちゃった場合か? 必死に頭の中のマニュアルを捲るが、どのページも白紙。なんだこのマニュアル、不良品か? いや不良品は僕の頭か。ってそんなこと考えてる場合か。
 混乱気味の頭は上手く動いてくれず、身体が扉の前で固まってしまった。冷えた廊下に無音の時間が流れていく。世界ってこんなに静かになるんだ。場違いな考えが頭をよぎる。
 「次の方?」
 戸惑ったような声が中から聞こえてきた。
 そうだそうだ、間違えた場合は中から再度声を掛けられるのだったか。きっとそうだ。
 コンコン。今度は丁度いい強さで叩けたぞ。よしよし。どきどき。
 「どうぞ」
 「失礼します」面接室の中は冷え切った廊下とは違い、暖房がよく効いていて暖かかった。緊張が少しだけほぐれるのを感じた。
 面接官はおっさん二人。僕は用意されている椅子の横に立つ。
 「宮本小次郎です。宜しくお願いします」
 深々と頭を下げる。
 「どうぞお座り下さい」今日何度も口にしたセリフなのだろう。若干嫌気が差したような言い方だった。
 「では、まず志望動機からお願いします」
 「はい。私は…」


○ 宮本小次郎 2 ○

 孤独をこじらせる。僕の学生生活はその一言に尽きると思う。
 誰とも絡まず、黙々と講義をこなす日々。
 サークル活動に心奪われた時期もあったけど、あのキラキラした笑顔の輪の中に自分が入っていける自信が全くなかった。
 女っ気もなければ男っ気さえもなかった。
 あまりにも灰色すぎる学生生活に危機感を覚え、ネットに仲間を求めてみた時期があった。小説が好きだったのでオフ会に参加してみたのだった。
 ネットの掲示板では浮かれていたんだと思う。顔さえ見なければ自分は誰とも気兼ねなく会話ができる。その事実が嬉しくて、この調子ならリアルで会っても交友関係を築けるかもと勘違いしてしまった。とんだ大馬鹿野郎だ。自分の対人能力のなさをまったく把握していなかった。
 当日、慣れない新宿駅を散々うろうろしたあげく、青息吐息で集合場所に行くと、性別も年代も全く違う異色の集団が待っていた。彼らは明らかに周囲とは違う空気を放っていた。
 そっと近づき、ぎこちなく挨拶を交し合う。「宮本です」と自己紹介をすると、僕よりも10ほど年上らしき男から「仮名だよね?」とすぐさま言われた。妙に馴れ馴れしいし、なんだか馬鹿にしているような雰囲気も感じる。どうやらリアルで本名は明かさないルールでもあるらしい。僕は初対面の人相手に否定する勇気もなく、「そうです…」と控えめに答えておいた。雲行きが怪しい。
 全員が揃った所で、ぞろぞろとカラオケボックスに移動した。人目を気にせず長時間話せる場所といえばカラオケが定番なのだそうだ。
席に着き一人ずつ自己紹介することになった。名前、好きな作品、または作家など。
 いつもなら自己紹介なんて何も話すことがないのに、小説となれば得意な話題なので、逆にどの話をしようか悩んでしまった。運良く僕の番はまだまだ先だ。ゆっくりとまとめておこう。
 一人目に指名されたのは純朴そうな青年だった。同い年ぐらいだろうか。この大都会に出掛けてきたというのに非常に色味の少ない地味な格好をしており、僕は瞬時に彼から「クラスの中でも底辺に属する者」特有の臭いを感じ取っていた。そう、同類だ。これをきっかけに友達になったりして。妙な期待を抱いた瞬間だった。
 「どうも、『だんごむし』です」
 僕は静かに衝撃を受けていた。君は人間じゃないのか。
 「今回で二回目になります。好きな作家は…」
 そっと周りを伺ってみると、みんな穏やかな笑みを浮かべて彼を見守っていた。決して嘲笑ではなかった。当然だんごむしを見るような目でもなかった。
 これはとんでもない所に来てしまったと、僕は後悔し始めていた。
 「ミントティーです」「応援団です」「ヤスです」「ジグソウ」
 そういう世界なのだと割り切れればよかったのだろうが、僕はそういった切り替えができないからこそ人付き合いが苦手なわけで。なんとも気持ちの悪い時間を過ごしたのだった。
 大人しくしていよう。世界は狭いままでいい。そんな教訓を得たのだった。

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本と本好きの味方にして奴隷。面白い情報をまとめるのはそれなりに得意だけど、お金が稼ぎが絶望的に下手。応援してくれると、生きながらえられます。