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綴り方

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2019年6月の記事一覧

内なる声を育てないで

内なる声を育てないで

すべてを知らなければいけないと思っていた。身の回りのすべてのことに触れなければならないと思っていた。だって手を伸ばせば届く距離にあるものに手を伸ばさないこと、それはすなわち逃げであり負けであり甘えであるのだもの。

あらゆるものを吸収し最上も最下も味わって磨かれ尽くした五感は内なる声となって自分自身へも容赦なく評価を下す。頭のてっぺんから爪先までを、目に見えるところから目に見えない心の奥深くまでを

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途中下車でゆるやかに死んでいく

途中下車でゆるやかに死んでいく

気がついたら電車に揺られていた。

気がついたらというのは正確ではない。電車に乗るに至った経緯を覚えていない。もしかしたら確固たる意思をもって電車に乗り込んだのかもしれない。

そんなことはどうだっていい。

今現在、私は電車に揺られている。

それだけわかれば十分だ。

内臓にまで響いてくるような無骨な揺れを繰り返して車窓の眺めが流れ去る。 

一人客もグループ客もいた。
ワイワイとパンフレット

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選ばれなかった無数の物語を拾い集めて

選ばれなかった無数の物語を拾い集めて

強烈な夕日が瞼を直撃してじくじくと痛みが走った。

何かが駆け抜けていく感覚がする。

生きている限り常に強いられる無数の選択の選ばなかった方の道の続く未来に思いを馳せたところで意味はないけれど、選んだ方の道から少しずつ逸れていったらどんな世界にたどり着くのだろうと空想する。

そうして空想の果てに出来上がるものが物語なのだとすると、きっとその物語はすぐ傍にあるような、見えないけれど隣で一緒に歩ん

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無差別の籤引きを震えて待つ夜

無差別の籤引きを震えて待つ夜

星をまいた藍色の空の下でただひたすらに震えていた。

確率の計算は苦手だ。この国の人口だって正確なところはわからない。だいいち世の中で起きたすべてのことを知っているわけではない。それなのに残酷で苦しくて肝が冷えるような計算がやめられない。

どれだけの人が自然の流れに逆らうような形での喪失を味わうことなく人生を終えられるのだろうか。

パチパチと電卓をたたく。
そうこうしているうちに夜は更ける。

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褒め言葉をいわないで

褒められることが嫌いだ。

よくできた子供だったし期待通りの結果を出すことができたから、色々な人に数えきれないほど褒められてきた。
ちょっと珍しいことができるからそれは今にも至る。

彼らは「褒めている」のではない。「褒め言葉を述べている」だけだ。
幼い頃から褒め言葉のシャワーを浴びてきて、その時はきっと何とも思わなかったのだろうけど、今になって言葉のもつ重みについて考える。

ただ述べられるだけ

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あの子に憧れて、あの子になりたくて

あの子に憧れて、あの子になりたくて

3週間ぶりに外に出た。
あの子に似せた服装をして、あの子のようにカメラをぶら下げて。
そうすれば楽しい人生に変わるんじゃないかと思って。

扉を開けた瞬間、ぬるい風に包み込まれた。この前外に出たときはまだ冬物のコートが必要なほど冷たかったのに。

3週間前はどうして外出したんだっけ。ああ、そうだ。なんだか妙にコンビニの唐揚げが食べたくなって買いに行ったんだっけ。
徒歩2分のところにあるコンビニ。私

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