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#創作
吊るされた娘の腹を刃が貫き血飛沫は迸る
運命を知りながら受容しなければならないときの心はかくも平静なものだろうかと思う。
それは例えば娘の場合。娘がこの食卓の一人挟んだ向こう側についたときから運命は決していた。突如として娘は宙に吊るされる。それはクレーンゲームが景品を持ちあげるごときさりげなさであった。娘の母親は何の疑問も差し挟むことなく目の前に並べられた皿から食べ物をつまみあげる。私は刹那の後に耳を劈くであろう娘の母親の悲鳴を予期し
世界であなたがいちばん美しいなどと思いあがるな
あなたは美しい。銀フレームの丸眼鏡の奥から透き通ったまなざしで見渡せばたちまち世界は虚構と汚染にまみれた真実の姿をさらけだしてしまう。あなたは美しい。長い指先で紡いだ文字のしなやかで流れるようなフォルムは見る者を魅了して空想の世界に誘う。あなたは文句のつけようもないほど美しくいつでもさらりさらりと風に吹かれている。あなたは本当に美しい。
わたしの知らない世界知らない世界のことを存在しない世界なの
犯した罪を自覚してなお罰から逃れたいと思うもの
蕾状に立ちのぼる火柱。数百メートル先の窓すら震わせる衝撃。逃げ惑う職員。パトカーと救急車のサイレンが辺り一帯にこだまする。速報のテロップ。スマートフォンの通知音。号外を配る新聞社。その瞬間から、世間の視線は狙われたテレビ局に釘付けになった。わたしはその一連の動きを映画を観るように眺めていた。
別にテレビ局を狙ったわけではない。わたしのちょっとした好奇心と冒険心が思わぬ結果を招いてしまっただけだ。
星のみえない満月の夜、旅人は荒野を歩く
普段であれば頭上に広がる星々は満月のまばゆい光にかき消されて姿を隠してしまっている。
荒野を支配する月の光はどこか寒々しく、岩と枯草ばかりの表情のない大地をよりいっそう寂しげな色彩に染めあげる。
故郷に置いてきたものはどれも取るに足らないものばかりだったが、こんな夜はなぜだか妙に思い出ばかりが甦る。
大地を蹴る足音と砂をさらっていく微かな風の音以外、耳に入るものは何もない。
静寂の地を旅人は歩
トンネルを抜けたその先で
職場を抜けて窓から外に出てみた。窓といっても一面が硝子張りの壁のようなもので、開けられないように見えるそれを開ける方法を私だけは知っていた。外に出るとキラキラと風が吹き抜けていく。抹茶色の屋根に横たわる。視界を覆う青空はびっくりするほど青く高く雲が遠慮がちに端の方を流れていく。久しぶりに本物の空を見たような感覚。どこからか潮の匂いがする。さっきまでいた場所、10メートル足らずの壁を隔てた向こう側に
もっとみる飴にまつわるわたしの話
見知らぬひとにもらった飴がある。
その赤い物体は端をねじったセロファンに包まれて窮屈そうに全身をまるめ、てらてらと濃厚な光沢を帯びて机の上に鎮座している。
それ以上でもそれ以下でもない。
ただそこにあるのだった。
小学生のころ、知らないおばあさんにもらった飴を食べた子どもが搬送されるという事件が多発した。
下校時刻をねらって小学校のあたりをうろつき、曲がった腰をかばいながら出会った子
内なる声を育てないで
すべてを知らなければいけないと思っていた。身の回りのすべてのことに触れなければならないと思っていた。だって手を伸ばせば届く距離にあるものに手を伸ばさないこと、それはすなわち逃げであり負けであり甘えであるのだもの。
あらゆるものを吸収し最上も最下も味わって磨かれ尽くした五感は内なる声となって自分自身へも容赦なく評価を下す。頭のてっぺんから爪先までを、目に見えるところから目に見えない心の奥深くまでを
途中下車でゆるやかに死んでいく
気がついたら電車に揺られていた。
気がついたらというのは正確ではない。電車に乗るに至った経緯を覚えていない。もしかしたら確固たる意思をもって電車に乗り込んだのかもしれない。
そんなことはどうだっていい。
今現在、私は電車に揺られている。
それだけわかれば十分だ。
内臓にまで響いてくるような無骨な揺れを繰り返して車窓の眺めが流れ去る。
一人客もグループ客もいた。
ワイワイとパンフレット
選ばれなかった無数の物語を拾い集めて
強烈な夕日が瞼を直撃してじくじくと痛みが走った。
何かが駆け抜けていく感覚がする。
生きている限り常に強いられる無数の選択の選ばなかった方の道の続く未来に思いを馳せたところで意味はないけれど、選んだ方の道から少しずつ逸れていったらどんな世界にたどり着くのだろうと空想する。
そうして空想の果てに出来上がるものが物語なのだとすると、きっとその物語はすぐ傍にあるような、見えないけれど隣で一緒に歩ん
無差別の籤引きを震えて待つ夜
星をまいた藍色の空の下でただひたすらに震えていた。
確率の計算は苦手だ。この国の人口だって正確なところはわからない。だいいち世の中で起きたすべてのことを知っているわけではない。それなのに残酷で苦しくて肝が冷えるような計算がやめられない。
どれだけの人が自然の流れに逆らうような形での喪失を味わうことなく人生を終えられるのだろうか。
パチパチと電卓をたたく。
そうこうしているうちに夜は更ける。
褒め言葉をいわないで
褒められることが嫌いだ。
よくできた子供だったし期待通りの結果を出すことができたから、色々な人に数えきれないほど褒められてきた。
ちょっと珍しいことができるからそれは今にも至る。
彼らは「褒めている」のではない。「褒め言葉を述べている」だけだ。
幼い頃から褒め言葉のシャワーを浴びてきて、その時はきっと何とも思わなかったのだろうけど、今になって言葉のもつ重みについて考える。
ただ述べられるだけ
あの子に憧れて、あの子になりたくて
3週間ぶりに外に出た。
あの子に似せた服装をして、あの子のようにカメラをぶら下げて。
そうすれば楽しい人生に変わるんじゃないかと思って。
扉を開けた瞬間、ぬるい風に包み込まれた。この前外に出たときはまだ冬物のコートが必要なほど冷たかったのに。
3週間前はどうして外出したんだっけ。ああ、そうだ。なんだか妙にコンビニの唐揚げが食べたくなって買いに行ったんだっけ。
徒歩2分のところにあるコンビニ。私