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途中下車でゆるやかに死んでいく

気がついたら電車に揺られていた。

気がついたらというのは正確ではない。電車に乗るに至った経緯を覚えていない。もしかしたら確固たる意思をもって電車に乗り込んだのかもしれない。

そんなことはどうだっていい。

今現在、私は電車に揺られている。

それだけわかれば十分だ。

内臓にまで響いてくるような無骨な揺れを繰り返して車窓の眺めが流れ去る。 

一人客もグループ客もいた。
ワイワイとパンフレットのようなものを見ながらはしゃぐ若い男女。

次の駅を告げるアナウンス。
そこは私の目的地ではなかったから、体勢を変えることなく景色を眺めていた。

電光板に終点の名が現れる。

私の目的地ではなかった。

いつしか田園風景は深い峡谷に変わった。鬱蒼と生い茂る木々の間をすり抜けるように電車は車体をくねらせて、切り立った崖沿いを進んでいる。

私の目的地には行かないこの電車にこれ以上連れて行かれるわけにはいかなかった。

同じことに気づいた幾人の乗客が次々と窓から飛び降りる。
乗客の座っていた席にはぽっかりと穴が開いていた。

脱出劇を繰り返した電車はボロボロになっていた。
壁ははがれ床は抜け車輪がすぐ目の前で轟音を立ててレールを辿る。

残ったわずかな座席で談笑する乗客は車内の異変に気づいていないようだ。
目的地に待っている楽しみを思い描いて信じて疑わない。

車内に残った乗客は同じ服、同じ髪型、同じ顔をして、同じ声で、同じことを喋っている。

逃げなければ連れて行かれる。

私は窓から飛び降りた。

地面に転がった瞬間、今まで私がいた座席が崩れ落ちるのを見た。

森に電車が消えていく。

ガタン……タン……

あの電車は無事に終点まで行くのだろう。
ボロボロになっても、一人も乗客がいなくなっても。
電車はそういうものだから。

でもそれはもはや電車と呼べるものではない。
電車だったものはゆるやかに死に絶え、残骸は名もなき物体と化す。

私は電車に揺られていた。
今はもう揺られていない。

電車がなぞったはずのレールは跡形もなく消えていた。

すがすがしい空気を胸いっぱいに入れて私は歩き出した。

だってここは

逃げていると思っていた。
逃げているからこんな風にしかなれないと思っていた。

そうやって数えきれない者が埋もれて脱落していく。

褒めそやされる価値観と異なる言動を人は逃げると表現する。

本当は誰も逃げていないのに。

自室にて

電車から逃げ帰った夜、私はソファに身体を預けて食後のシュークリームをほおばっていた。

満たされる至福の時間。
チャンネルを次々と切り替える。
あの電車のことに触れるニュース番組はひとつもなかった。

そんなものだ。どれだけ必死になったところで世の中にはもっと大きな流れが蠢いていて、私はただ波にのまれて流されるだけ。

大したことない。
すべての営みはどうでもいい、くだらないこと。

あの電車は明日も走るのだろう。

峡谷よりも深い奈落の底に沈んでいけばいいのに。

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