薄幸な彼女の最後に関する慙愧、そして功罪

この、ドブ泥の匂いに満ちた世の中で。彼女の歌声だけが、僕の真実だったんだ――

少年は、いつもCDプレイヤーで彼女の曲を聞いていた。
それこそ。学校の授業中も、頬杖をついた片手にイヤホンを忍ばせて聞いていた。
両親との食卓を囲む時だけは、父親に強く叱責されて聞いていなかったけれど……。
その時は。すべてに耳を閉ざし、何百回となく聞いた彼女の曲のフレーズを頭の中でリフレインさせていた。

くだらない友達の、くだらないテレビの話題。
いただけない両親の、いただけない進路や成績の話。
姑息な大人の、姑息で欺瞞に満ちたテレビ番組。
つまらない真実とたまらない現実に、少年は目を背けていたかった。

彼女は歌っていた。
ただ、「絶望」と「希望」を内包した歌を歌い続けていた。
少年にとって、彼女は代弁者であり希望そのものであった。

そんなある日。

「ここで、ニュース速報が入りました。横瓦市内の集合住宅で、このマンションに住む女性歌手(22)をナイフで殺害したとして、殺人罪で同市内に住む高校2年生の男子生徒(17)を逮捕しました。彼は「世の中は穢れすぎている。彼女を殺して自分も死のうと思った」と容疑を認めているといいます。被害者の女性歌手は、10代の若者を中心にカリスマ的な人気を誇るアーティストでした。同署は詳しい動機の究明を急ぐと共に……」

月曜日の朝に、居間で流れていたニュース番組。
そのニュースは、短い枠の中で淡々と語られた。

唖然とした。
「事件そのもの」に対しても、そうだったけど。
犯人の少年の冥(くら)い視線に、自分と同じモノを嗅ぎ取ったからだ。

少年は、ふと気付いた。
自分が「特別な世界の特別な住人」だなんて、とんだ思い上がりだ。
彼女は決して、そうされるコトなど望んでいなかったはずだ(知らない人に殺されるコトを望む人がいるだろうか?)。
そもそも「代弁者」や「希望」と思われたくもなかったはずだ。
そんな他力本願な見方をされて、気分がいい訳がない。

――しばらくの逡巡の後。
少年はCDプレイヤーを机の上において。
そっと。
心の中で彼女に黙とうを捧げて、学校へと出かけた。

タメになるコトは書けていませんが、サポートいただけたら励みになります。よろしくお願い申し上げます。