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小説≪⑨・明日は海の日。なっちゃんと出会った日・⑨≫

  ぼくはももちゃんにプロポーズをした。彼女の自宅の近くにある公園で。そこは彼女の思い出深い場所だった。
   長々とした虫取あみを振り回し、蝉をひとりではじめて捕れた場所、補助輪なしで自転車が初めて乗れた場所、幼稚園のときに好きな相手と砂場遊びをした場所、好きな人に振られたとき親友がなぐさめてくれた場所・・。 ーそしてぼくらが初めて口づけを交わした場所。

   あれはとても暑い夏の日だった。近くのコンビニで、ぼくはチョコモナカジャンボをひとつ買った。ひとつのアイスをふたりで分けあって食べるのが学生時代からの夢だったから。30歳を越えてやっと叶った。
   木陰のベンチに2人で並んで座った。手先をアルコールで消毒したぼくは、アイスのビニール袋を破った。もなかを2つにきれいに割るだけ、なのに、そんな簡単なことができなかった。ぼくが不器用じゃない、もなかが溶けていたのが原因だ。暑すぎるから溶けたんだ。もなかがへこんでくたっとなっているそれを見て、少し泣きそうになった。ぼくの夢が。もなかってぱりっとしていて、CMみたいに音を立ててきれいに割れてしかるべきじゃないか。なのに。なんだよ、これ。
『あおいさん、溶けないうちに食べましょ』
    ももちゃんはぼくにそう声をかけた。
『あ、でも半分にできなくて』
『大丈夫よ』
  ももちゃんは同様に指先をアルコールで拭いた。弾力の失ったもなかを軽く握り、そうっとそうっと2つに分けた。
『ほら、半分にできた。わたしのほうが大きいかしら。わたしのほうが年下だからあおいさんよりも栄養をとらないといけないの。恨まないでね』
   ぼくをなぐさめてくれるであろうへんてこりんな言葉におかしくなり、差し出されたもなかを受け取ることもせずぼくはくすくす笑った。
『要らないのならちょうだい』
  ももちゃんの手には溶けたアイスがついていた。
『食べるよ』
   ぼくはアイスをそっと受けとった。こっちのアイスも当然とけていた。溶けきる前に食べてしまえばかりにももちゃんはそれを口に押し込んだ。細くて白いのどが動くのを見ていた。ぼくは指についたそれをそっと舐め、もなかを右手から左手にもちかえた。
『あおいさん・・?』
   ぼくはももちゃんの口もとに目を向けた。アイス、溶けて、分け、暑くって、ももちゃん、半分。あたまのなかで、いろんな言葉がぐるぐる回った。唇がふるふる震えた。ちがう。唇をしばらくかんでいたら震えが止まった。うん、よし。よし。がんばれ。 ぼくはももちゃんを引き寄せ、その脇に右腕をまわした。何かを感じたのか、ももちゃんはぼくを見上げた。ぼくはももちゃんに自分の唇を重ねた。
 『ん、うん、、、ん』
    彼女の唇はアイスとチョコと味がした。ぼくの唇からも同じ味がするだろう。だって同じものを口にしている。
    彼女は首もとに汗をうっすらかいていた。涼しい場所を選べばよかったな。サーティワンかどこかでも。こんな暑い場所に何分も居させてももちゃんが熱でも出したら、ぼくのせいだ。あああ、右手にアイスがついていたんだ。ももちゃん、このワンピース買ったばかりって言ってたっけ。クリーニング代をだしたほうがいいかな。こんなことしなきゃよかったな。悪いこと、したな。そんなことをぐるぐる考えながら、瞳を閉じている彼女の顔を見ていた。何匹もの蝉がミーンミーンと断末魔のように鳴いていた。
  ももちゃんの唇から自分のそれをそっと離した。目を開いたももちゃんは不満そうな顔をした。それの時間が短かったのか、ぼくのやり方が下手だからかな。それとも、もっとって要求してるのかな・・。そのこころのなかは悟れなかったけれど、ぼくはもういちどそれを重ねた。

   ーそんな、ふたりの思い出の場所で。
   
    プロポーズはシンプルに「ぼくと結婚して下さい」。
    どんな言葉を言おう、と何日も何時間も何分も考えた。この先もずっと一緒にいてくださいーこれだっていいけど、結婚という言葉を入れたい。結婚しようよー誰かの歌詞にあったっけ。彼のようなイケメンがさらっとそう言うなら、受け入れてもらえるかもしれない。けど、ぼくはあいにくイケメンじゃない。なにをかっこつけてるのって笑われかねない。変な小細工をせず、分かりやすく、ストレートに。
    以前のようにふたり並んで座った。あのときと同じベンチで。ベンチにボディーバッグを置いたぼくはももちゃんにひざまずいた。
「はい。よろこんで」
  シンデレラか白雪姫のDVDにこんなシーンがあった気がする。王子様がお姫さまにひざまずいて、指輪を・・。あ、いけない。ぼくは慌てて立ち上がった。ボディーバッグを脇に置き、再びひざまずいた。そしてそのジッパーを開けた。
「ももちゃんに気に入ってもらえるかどうか分からないけれど」
  その中から婚約指輪の入った紫色のベロアの箱を差し出した。

✴️M1の季節ですね!!M1さんのツイッター見てるとわくわくします。センターマイク〈下〉を改めて読んでいただいた方、もちろんほかのも読んでいただいた方もありがとうございます。これが陽なら、陰になる作品を書いてます。タイトルとプロットは決まってます。去年のようにM1の当日までに出せたらいいな、うーん、難しいかな。ねえ、だれかぼくをあいしてよも中断してんのに。