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アングラグラグラ・5

  新宿バッシュ!!というのは、どうしてバッシュというのだろう?そこの舞台に上がるたびに同じことを思う。バッシュ、つまりバスケットシューズが何か関係しているのだろう。バスケか。一度でいいからブザービートを決めてみたい。シュートを決めた後どんな顔して振り返ろう。わざと無表情か、満面の笑みかなと妄想する。現実のぼくはボールを真下に打つことすらままならないのに。年末のアメトーク出れるかも。でもそのためにはプロデューサーの目に止まるくらい仕事をがんばんないと。
  
  その日の舞台も当たり前のようにウケなかった。やっぱり落としかたがふわっとしてたかな。最後の、安達の【オチわいっ】のトーンがちがってたのか、早口すきたかな。そもそもネタ自体がおもしろくなかったのか。わかんねえや。
「かっちゃん。一緒に帰ろうよ」
  さっきまで一緒だったった、アリススライスの有川が声をかけてきた。アリアスライスというコンビ名は、アリススライムと言い間違えられることが多い。

『はい、次は・・』
  司会をした芸人は手元の進行表を見ていた、確かに。
『アリススライムさん。どうぞ』
  袖にいた有川たちは含み笑いをしながら舞台に上がっていった。

「いつも思うんだけど、そのコンビ名猟奇的だよ。不思議のアリスから来てんでしょ?」
「そうそう」
「間違えるほうは悪くないよ」
「アリスちゃんならスライスされても復活しそうじゃん。不思議な世界にいるんだし」
    復活、て。犬夜叉のりんかナウシカかいな。
「かっちゃん、鏡の国のアリスって知ってる?」
「知ってるよ。左右対称の世界ってやつだろ?」
「なんで知ってんの?」
  話題を振ってきたほうが驚くって、なに。
「親せきの姉ちゃんがうちに来たとき児童書持ってきたんだ。それが鏡の国のアリスで。小学生のときに、不思議の国のアリスもあるんだよってクラスの女の子に話してたら、ほかにあるのって聞かれたよ」
  あのとき、かっちゃんっておっかしい、なんて何人かの女子にくすくす笑われたっけな。
「どうよ?コンビ名変えるならアリススライムとアリススライスどっちがいいよ?」
  感慨にふけっていたら有川の声が降ってきた。
「どっちもいやだよ」
「かっちゃん、センスないな。そんなんじゃ売れないぞっ」
  お互いに売れてないじゃんか。彼は大声で笑いながら言った。売れたら俺を明るい世界に引き上げてな。約束な。
「ん。うん。おたがいに」

  新宿バッシュは出待ちが禁止されている。建物を出てすぐが歩道で(その歩道はとても狭い)、歩行者に迷惑がかかるかららしい。トラブルがあったらここは閉鎖されるかもしれません、よろしくおねがいします。バッシュのスタッフさんは毎回言う。ライブ前には毎回お客さんに対して、出待ちは禁止とのアナウンスがある。だけれどルールは破るものだとばかりに、それともお目当ての芸人を身近に見たいのか、出待ちがいなかったことは一度もない。
「バッシュっていいよな」
「え?なに」
「バッシュって言ったのよ」
「ちがうよ。バッシュは聞こえたよ」
  ぼくらはライブ終わりの、なんだかふわふわする足取りで帰路についた。有川は、あのね、とニコニコしながら口を開いた。
「出待ちいないから、気い、らくじゃん」
「気?って?」
「まず絶対数がいないわけよ、おれらのファンの。出待ちをするファン、しないファンがいる。確率から言うとファンが100人いたら、出待ち50人かそれ以下」
「うん」
「ファンが10人ならば、出待ちは5人かそれ以下」
   高校のときに習った確率ってこんなことに使うためじゃない。
「やなこと言うなよ。気がめいる」
「どこの劇場でも出待ち禁止になったらいいよね。かっちゃん」
  まるで彼と同じくぼくにもファンがほとんどいないような言いかただった。ぼくにはファンが4人もいる。奇天烈な3人とあの子。

  あの子。彼女からDMが来た。誰かから、ましてやファンからDMが来たのは生まれて初めてだった。
『すごいなかっちゃん。芸能人みたい』 
   なんかいいことあったろ?勘の良い有川に言い含められて白状した。
『こないだのロンハーでアイドルにDM送って、付き合うだの付き合わないだのやってたよ。かっちゃん、その子と付き合えるかもな』
『付き合うとか、べつに』
『べつにかあ。もったいな。安達が怒るぞ。あいつ、芸を磨かずに女のことしか言わないんだから。空振りばっかりのくせに。かっちゃん、あいつに仕事をもっとがんばれって言ったほうがいいぜ。ハーニーズが売れないのはあいつのせいだろ。一発殴らんといかんな』

   それからメールを交換した。電話番号も教えた。どちらも彼女から。
『聞いたりするのはだめですか?』
  承諾する理由はないけれど、 拒否する理由もない。
『だいじょうぶです』
  心の底に沈殿している、あのことに気がつかないふりをして。

    彼女は高校2年生だそうだ。スニーカーはアルバイト代と子供のころから貯めていたお年玉で買ったらしい。お父さんとお母さんにうそついて働いたの。欲しい服があるって言って。彼女の口調はあっけらかんとしていた。売れてない芸人に貢いだなんてまさか思いもしないだろう。ぼくが親ならショック受けるよ。
『なんて呼んだらいいですか?』
『ぼく?なんでも。森田さんでもなんでも』
『あのう、じゃあ、かっちゃんでもいいですか?』
『え、あ、どうぞ』
  ぼくの周りにいる人はみな、有川もマネージャーさんもぼくをかっちゃんと呼ぶ。相方だけは森田くんと言う。ぼくを勝実と呼ぶのは親だけ。
『あたしのことは、あかりちゃんで』
『え?いやいや、それは。桜木さんかな』
『いやですか?』
『じゃなくて』
『じゃあ、あーちゃんで。どっちにしますか?』
『選択肢はふたつ?』
『そうです』
    あー、えーと。うーん。
『じゃあ、あ・・、あーちゃん、かな』
『わあい、ありがとう。かっちゃん』


 ❇️センターマイク・上の閲覧数が最近めちゃくちゃあがってます。読んでいただいたみな様ありがとうございます!!投稿当時は上の閲覧数が少なくてダブルスコアで、書きたいものと読んでもらえるものは違うんだなと思っていたことを思い出しました。その1シーンの、へこんだ主人公がファンからもらったコメントの内容が大好きで加筆しまくっています。誰かの一言ってその人を力づけたり、傷つけたりする。味方になってくれるファンは大切にしないと。