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小説≪6・ねえ、だれかぼくをあいしてよ・6≫

 好きな人とクリスマスを過ごすのは生まれてはじめてだった。世の中のカップルって何をするんだろう。プレゼントを贈りあったり、ご飯を食べたり、そういうことをするんだろうな。付き合って3ヶ月しかたっていないから、そういうことをするにはまだ早すぎるかな。ぼくは今日にでもいいけれど。とうこさんはどうなんだろう。心の中を見ることができたらいいのに。そうしたらとうこさんの望みをすべて叶えてあげられるのに。

   とうこさんは何が欲しいんだろう。アクセサリーかな、それともバッグ?センスのないものを贈って変な顔をされたらいやだし、はやりものを買って、彼女が同じものを持ってたらいやだ。一緒に買いに行くのが一番いいけど、それじゃあサプライズにならないや。サプライズが好きな女性もいるっていうし。とうこさんはどっちだろう。困ったな。ううう、ほんとうに困った。デパートに行って店員さんに相談しようか。『こちらがクリスマス限定販売のアクセサリーでございます』次の日の仕事帰りにデパートに行った。ぼくと同世代の女性の店員さんは、いくつかある中からハートのついたペンダントを差し出した。とうこさんにとても似合いそうだった。『あ、はい』でも、もしこれをもう買っていたら困る。同じものがふたつあっても仕方ない。別のデパートにも行ってみた。対応した店員さんは、ほかのペンダントをすすめてきた。どうしよう。それらとは別のデパートにも行った。そこでは、ほかのペンダントをすすめられた。どうしよう。ぼくにセンスがないから選んでもらうために店に行ったのに、なおさら決めることができなくなってしまった。

  結局、とうこさんに選んでもらった。ごめんなさい、ぼくにセンスがなくて。正直に言った。彼女は気にしないでと言ってくれたけど、きっと本心じゃないと思う。クリスマスの3日前、ぼくらは1件目のデパートに向かった。すすめられた3つのペンダントのうち、とうこさんにいちばん似合いそうだったから。とうこさんが選ぶとは限らないけど。対応してくれたのはこないだの店員さんだった。ぼくを見て少しほほえんで、ぼくらの目の前にペンダントを3つならべた。『こちらはどうですか。お客さま、首もとがきれいですからよくお似合いですよ』それは先日、この店ですすめられたアクセサリーだった。『かわいい。にあうかな?』ペンダントをつけてもらったとうこさんはぼくに尋ねた。『よく似合うよ』ぼくの言葉のあとに店員さんは口にした。『わたしもそう思います』彼女がこれをすすめたのは、先日ぼくがここに来て、このアクセサリーを買おうか買うまいか決めかねていたことを覚えているからだろう。値段が視界に入ったからか、とうこさんは急に黙りこんだ。『初めてのクリスマスプレゼントですか?』『はい』あのときぼくが話したことも彼女は覚えているらしい。『私の彼も初めてのプレゼントのときって、ものすごく考えてくれたんです。だから本当にうれしくて』店員さんの実体験か空想かわからないけど、それがとうこさんの決断の後押しになってくれたらしい。『買ってもらっていい?』『もちろん』『ありがとう』店員さんにカードを渡した。受け取ったレシートをちらっと見て、財布にさっさと押しこんだ。入ったばかりの給料がかなりなくなっちゃったけど、別にいいや。とうこさんがよろこんでくれたから。でも明日からはとうぶん外食とビールを我慢しないと。お義母さんが持ってきてくれたおかずと白米でやりすごすしかない。

 お正月にはふたりで初詣に行った。とうこさんはクリスマスプレゼントのペンダントをしてくれていた。それに気がついたとき、思わず涙が出そうになった。気に入ってくれたのかな?うれしすぎる。大枚はたいた甲斐があった。繁華街のカフェで彼女のおすすめのハンバーガーとスイーツを食べたあと神社に行った。最初は明治神宮か成田山に行く予定だったけど、人が多すぎて変更した。とうこさんは別の神社に行きましょうと提案した。場所はとうこさんの自宅の近くの神社。ぼくはとうこさんと一緒ならどこだっていい。そこに行こうと言われたとき、家族に紹介してくれるのかなと期待したけど、自宅には行かなかった。あっちのほうに家があるのとも教えてくれなかった。『私と妹が七五三をした神社なの』鳥居に創建安政✕✕と書いてあるから、このあたりでは名高い神社かもしれない。『妹さんがいるの?』とうこさんと家族の話をするのは初めてだった。『結婚してて、もう子どももいて』とうこさんはつないでいる手に力を入れた。『私とちがってしっかりしてるの。私はそうじゃないから結婚はまだ先かも』『そんなことないよ。ぼくよりずっと頼りになるし』『だって年上だもの』ゆうくんは頼りになるわと言ってくれないのは、ぼくを頼りなくてしっかりしてないって思ってるのかな・・。『ゆうくんは?兄弟は?』『弟がひとりいるよ』『地元で働いてるの?』『ううん、まだ小学生6年生なんだ。いい子だよ。頭もいいし』『会ってみたいな。男の兄弟っていないから』ーもう少ししたら地元に帰るから一緒に行く?喉もとまで出た。お義母さんや愛真に会ってほしい。ふたりは何て言うかな。きれいな人ねとかかわいい人ねとか誉めてくれるかな。ごはん食べていけば?とか、泊っていけば?ってお義母さん言ってくれないかな。ぼくが使っていた部屋は愛真が使っているし、自宅に泊まるときにぼくが使っている和室で2人で寝るしかない。しかたない、だってそこしか空いてないんだからさ。そんな妄想をした。すぐにため息をついた。すぐそこにある自宅に招待してくれないってことは、ぼくの家にも来ないってことだろう。誘ってもことわられるだけだ。たぶん。きっと。絶対。拝殿のまえで二礼二拍手した。神社は願い事をする場所ではないって知っているけど、ぼくはこうおねがいした。

 とうこさんとこの先ずっと一緒にいられますように。ぼくのことをもっともっと好きになってくれますように。ずっと好きでいてくれますように。ぼくをあいしてくれますように。

   だれかぼくをあいしてよと、もう願わなくなりますように。

 彼女と付き合ってから行動範囲が広がった。上野動物園、国立科学博物館、サンシャイン60、東京スカイツリー、コニカミノルタプラネタリウムに行った。ほとんど彼女の提案で。友だちがいなくてマンガや二次元の世界に逃避しているぼくには初めて行く場所ばかりだった。付き合っている人たちってこういう楽しいことをしてんだな、いいな。学生の頃からしてんのかな、いいな。中学生や高校生のときに彼女がいたら、楽しい学生生活をすごせたんだろうな。とうこさんは彼氏とかいたのかな。いないはずないか。明るくて優しくて話題が豊富で一緒にいてこんなに楽しい人に。中学生とか高校生とか大学生とか、社会人になってからどういう人と付き合っていたんだろう。ちんちくりんで人並みの容姿で暗くてネガティブで引きこもりで友だちがいないぼくと違って、見た目が良くて背が高くてかっこよくて明るくて友だちが多くて親友すらいて人望もあってポジティブで頼りにされてスマートで人として魅力があって・・。はああ。ぼくにはどれもないや。ぼくと正反対だ。こないだのコンパの時に、隣に座った女の子に、元カノってどういう人なんですかって聞かれたっけ。その彼女にとってはささいな質問なんだろうけど、ぼくにとってはそうじゃない。興味のない相手には聞かないし、好きな相手には聞けない。好きな人の過去の恋愛の話なんて聞きたくないから。とうこさんに、もしそれを聞かれたらどうしよう。もごもご言って。彼女が1人もいなかったことがばれたら困るな。どうやってごまかそう。引きこもってばかりいずに彼女を1人ぐらい作ればよかった。恋愛の引き出しに何も入ってないからエピソードが1つもないや。困ったな。キンドルで恋愛もののマンガも読み漁って、ぼくのエピソードにするしかないや。ぼくは嘘をつくのが下手だから、たぶんすぐにバレるだろうけど。

❇️読んでいただいてありがとうございます。先日、≪禁断の果実≫の取材の申し込みがありました。面白そうだったけど、元でも現職の教師でもないので断らざるを得ませんでしたが。ノートってすごい!!こういうチャンスが転がっているのか。てことは、これからはもう少しまじめに書かなきゃな。