小説≪14・なっちゃんとすごしたあの夏の暑い日々・14≫

→→→なっちゃんは、ごめんねと本当に申し訳なさそうに謝った。そしてからだを起こし、ぼくを抱きしめ、頭をなでてくれた。彼女のやわらかで甘い匂いがぼくをつつみこんだ。たくさんの嫌な過去が解けて消えてくれそうだった。
「あなたを傷つけようとしていったわけじゃないと思うわ。若いころって相手の気持ちなんてほとんど考えずに、思いつきで言うことのほうが多いと思う。あんまり気にしないことよ。女の子の方が精神的に大人のことが多いし」
  トラウマになったあの言葉。あの日からぼくは性交渉がこわくなった。3本の指で数えられてしまう恋人に対し、ぼくから体を求めることはまずなかったし、相手から求められてもやんわりと拒んでいた。だから次第にできなくなった。8年前の恋人は言った。—苦手なのはわかるけど2人の愛を深める行為じゃないの。ねえ、どうしてもいや?相手があたしだから?ほかの誰かならするの?6年前の恋人は言った。ーだってあたしとしたくないんでしょう?しないんだったら付き合ってる意味ないもん。だから浮気したのよ。

 行為のときのBGMは朝の到来を知らせるすずめのさえずり。多種多様なセミの絶え間ない鳴き声。音楽アプリから取りこんださざ波の音。なっちゃんが東急ハンズで買ってきてくれた、物干しざおの端っこに垂れ下がっている風鈴の涼やかな音。大地をとどろかす雷の音。遠くから聞こえる打ち上げ花火の音・・・。朝昼夕方夜を問わず、僕らは互いの体をむさぼりあった。求めあった。快楽におぼれた。情事の主導権を握るのはなっちゃん。経験が少なくトラウマに襲われるぼくが主導権を握れるわけがない。けれど、あの告白をした日からぼくから積極的に行為に励んだ。以前のぼくからは考えられない。ぼくはもうあの頃の僕じゃない。あの弱虫で、現実に立ち向かおうとしなかった逃げ腰のぼくじゃない。

 大人の雑誌やネット記事から得た情報をなっちゃんの体にぶつけた。ぼくの行動は間違っていることもあったし、正しいこともあった。なっちゃんは間違いをきちんと訂正してくれたし、正しいことはきちんとほめてくれた。なっちゃんはぼくに自信を与えてくれた。恋人なのか心理カウンセラーなのか分からないなあ。ま、どっちでもいいや。いや、どっちでもいいことない。なっちゃんはぼくの恋人に他ならない。夕日は沈もうとしていた。寝不足に夕焼けは目に痛い。そういえば朝から何も食べてないなと頭の片隅で思いながら愛の営みを続けた。扇風機はカタカタと、大きくて嫌な音を立てていた。

「そうめんにしようよ。あたしゆでるから」    ぼくがお腹がすいたというとなっちゃんはほとんどそういった。だから昼食はだいたいそうめんになった。それは喜ばしいことだった。食べることが好きじゃない人は、料理を作ることが好きじゃない人が多い。料理を作ることが好きになれば食べることも好きになるにちがいない。正直、そうめんなんて高学年の子供ぐらいならゆでることはできる。だからその言葉は本当にうれしかった。なっちゃんがぼくのそばにいてくれるだけで幸せなのに、その愛しいなっちゃんがぼくのためにそうめんをゆでてくれる。だからゆですぎて塊になっていようが、ゆで時間が短すぎて芯があろうがおくびにも出さず笑顔で食べた。だってせっかく作ってくれたのに、ここで小言を言ったらせっかく生まれたやる気がそがれてしまう。だから今は褒めるに限る。それ以上を求めるのはもう少し後でいい。そうだ、今度はカレーの作り方を教えよう。次は肉じゃが。それらの材料はほとんど同じだし、プロセスも途中までは同じ。味つけを変えるだけ。頭のいいなっちゃんのことだからすぐに上手に作れるようになるだろう。肉じゃがの次は筑前煮。その次は・・・。夢は広がった。なっちゃんと一緒にキッチンに立ちたい。でもここじゃ狭いから次に住む新居は対面キッチンがいいなあ。コンロの数は3つ。あったかい料理を同時に出したいから。夢は爆発しそうなくらい広がった。
「あおいくんと結婚できる人は幸せね」
  翌日のこと。なっちゃんは嫌いなシイタケ入りと知らないままハンバーグを頬張った。「ど、どうして?」
  結婚ー―心を見透かされた気がした。その単語に胸は躍った。彼女と結婚できたらぼくは何がなんでも彼女を幸せにする。そしてぼく自身も幸せになれるだろう。
「だってなんでもできるもの。それとも結婚しない?女手がいらないからする必要ない?」
  これは結婚したいという表れだろうか?だったら期待にこたえたい。結婚する?口から思わず出そうになった言葉を慌てて飲み込んだ。まだ早い。早すぎる。出会ってまだ1カ月もたってない。2人の仲を深めてからでも遅くない。急ぐ必要はない。


❇️読んでいただいてありがとうございます。うちの地域では今年も花火が中止です。それがあった頃は何気なく見ていたけど、あれが当たり前じゃないことを改めて感じています😥😥