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短編小説『またどこかで会えるかな』

    あたしはドライブが好きだ。満タンにしてできるだけ遠くへ行く。

    連勤が終わった2連休。疲れて疲れてくたくたなのに、それでもどこかに行きたい気持ちのほうが優る。知らない道を走る、知らない町にゆく、知らない人に話しかけて行き先を決める。知らない土地を走るなんて運転下手のあたしにとっちゃ自殺行為。家族からも運転技術のなさを自覚しなさいとしょっちゅう注意されている。だけれどもあたしは行くのだ。ナビはあたしを色々な場所へみちびいてくれる。そんなこんなだから、くたくたで帰ることになるけれど、心地よい疲れ。それに自宅に着いたときには、お疲れさまでしたと労をねぎらってくれる。

    あたしの職場の上司は平気でパワハラをする。もともとの根っこが腐ってるのだろう。部下の何人かはそれに媚びへつらっている。それが原因で何人かの社員さんは辞めてしまい、何人かの社員さんはいつもイライラしている。そんなばかな上司だけれど、上司の仕事は部下に嫌われること(細かいことを注意したり、あたしたちの意見を正したりする)という言葉には唯一尊敬の念を抱く。自分の立場をよくわかってんじゃん。あんた、頭がついてるだけじゃないのね。考える能力がきちんとあるんだ。へえ、びっくりした。

    同僚や後輩が追いこまれている姿を見ると、次はあたしがターゲットになるかもと思う。誰かが集中砲火されているのを黙って見ているのも同罪だと分かってる。ある社員さんが、それはパワハラですよと正義感にかられた行動にでたけれど、上司の態度は変わらなかった。目立つ行為をしなくてよかったとほっとした反面、勇気ある行動にでた彼女がとてもうらやましかった。

     パートのおばちゃんたちはいつも、家庭内のストレスを職場に持ちこんでいる。昔アルバイトをしていたデパートの上司は朝礼のとき、カレシと喧嘩をしてもそれは自宅に置いてくるようにと言った。そのことばは今だったらパワハラになるのかもしれないけど、当時は、若くして肩書きを持った人は人間ができていてすごいなと尊敬した。彼女たちはそのストレスを解消すべく、あたしたちやアルバイトの子たちへのいじめやいやがらせに命をかけているように思えてしかたない。かわいそうに、家族たちから疎外されているかもね。家族もあたしたちもあんたたちの相手なんかしないわよ。そんなに暇じゃないの。ご愁傷様さま。


    大好きなドライブをすることで来週もまた、そんな彼らから体と精神を防御できる、って思える。そうやってあたし自身に言い聞かせる。


   婚カツに励んでいたころ、趣味の欄に何を書くかでいつも悩んでいた。趣味、あたしにはコレといってない。困る。だけれどなにかは書かないといけない。空欄にするのが一番やっちゃいけないって教わったから。でも書くことがない。悩んだあげく、そこにドライブと書いた。趣味といえは趣味だけれど、趣味じゃないといえば趣味じゃない。婚カツの会場のテーブルの、あたしのまえに座ったイケメンくんはあたしのプロフィールを見て言った。ドライブ、ですか?少し困った顔を見せた。どこにいくんですか?当てもなく行きます。あたしはとびきりの笑顔をした。あ、ええと。そうですか・・。そこで会話は終わってしまった。あたしそのものが悪かったのか、ドライブという趣味が悪かったのかは今でもわからない。けれど同じ経験を3回ほどしたから多分ドライブが原因だろう、と信じたい。

    そのときからあたしはドライブという趣味を封印した。けれど趣味はひつよう。趣味、趣味、趣味、趣味、趣味。プロフィールに空欄は作っちゃいけない。男子うけする趣味はなんだろう。女子っぽいものとか、かわいいもの。相手が食いつくもの。だとすると、スイーツ屋さんめぐり、スイーツ作りー和菓子も洋菓子もあまいものはなんでも好きだけど、限定品のために行列にならんでまで欲しくないし作るのはもっといや。カラオケ、スポーツ、音楽鑑賞ー音痴だし、帰宅部のインドア派だし、いま流行っている曲は聞いた端から忘れてく。あとは、お酒をのむことーあたしはお酒がきらいだし、そもそも飲まない。婚カツのためにむりやり趣味を作るなんてばかげてる。ああ、めんどくさい。もういやだ。なあんにもかんがえたくない。それからしばらくして、あたしは婚カツを辞めた。


   十数年前に免許を取得した時は身分証明書以外に使うつもりはなかった。数年前まで住んでいたまちには、本当は死ぬまで暮らすつもりだった。仕事なんてさっさと辞めて専業主婦になる予定だった。実家はお盆とお正月だけ帰る場所にしよう、と。なのに。職場の都合で解雇され、同時期に彼に振られた。仕事先で新しい人間関係を作ることを考えるとうんざりしたし、誰かと出会い、その人と付き合えるまでの時間と苦労を考えるとますますうんざりしたした。だとしたら新規一転ここから出ていこう。そう決め田舎に帰ることにした。志は半ばどころか、3分の1、4分の1だったけれど。どこの田舎もそうだけど公共交通機関は少ない。うちの田舎もご多分に漏れず。けれど車を運転せざるを得ない。アクセルとブレーキの位置さえ忘れていたあたしは教習所に通い路上運転に励んだ。1回で5000円。10回も払った。ばかみたいな話しだけれど。でもそれで何とか運転できるようになった。同乗した両親は生きた心地はしないと声をそろえたけど。


    中学校の同級生の車屋さんで購入した車は、値段が三桁とは思えないくらい年期が入っていた。初めての車は中古車で充分、スポンサーの母親は言った。向かいの家のおじさんは車に詳しいらしく、足元を見られたねと同情してくれた。


   そんなこんなでケチが付いた車だけれど、この子はあたしをいろんな場所に連れていってくれた。初めての県越えの旅はこの子と一緒。隣県の看板を見た時は 少し震えた。


    けれどあの子はもういない。突然別れることになった。本当に突然。それもあたしのいない時に。あたしは病院にいた。カーポートには新しい相棒が鎮座している。あの子がいた場所。相棒は最近販売されたくるまで、あの子よりもうんとうんと運転しやすい。


   あの子のことをたまに思い出す。でもあの子はあたしのことなんて忘れちゃっただろうな。もしそのパーツが別の車に使われてるとするなら、またどこかで会えるかな。


❇️読んでいただいてありがとうございます。大好きな車の話。ドライブもパワハラも婚カツも引っ越しも中古車もぜんぶ自身の話です。半損した車は大阪のどっかの業者に引き取られれてしまったけど、どっかで会えたら涙がでるだろうな😢😢😢