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心と心を繋ぐ一杯を、あなたへ|Coffee Talk(コーヒートーク)感想

 さくっと遊べるゲームを遊びたい気分だったので、Coffee Talk(コーヒートーク)というゲームを遊びました。およそ6時間ほどで遊べる、喫茶店を舞台としたノベルゲームです。
 サキュバス、吸血鬼、オークなど様々な人種が共存して暮らしている世界で、深夜に営業されている喫茶店。主人公は喫茶店のバリスタとして飲み物を提供しながら、来客が取り交わす会話を聞いて彼らの物語を見届けます。
 シンプルなゲームながら、ドット調の絵柄、聴いていると落ち着く素敵なBGM、魅力的なキャラクター、非日常的な世界観で彼らが抱える日常的な悩みなど、雰囲気作りがとても秀逸で世界観に引き込まれながら楽しむことができました。この記事では、各キャラクターに焦点を当てつつ作品についての感想を話していきます。
 以下、ネタバレを含む感想となります。公式トレーラーを見て気になった方はぜひ遊んでみていただければと思います。Switchの他、PS4、steamなどで遊ぶことができます。


■フレイヤ

 フレイヤは新聞紙でコラムを書きつつ小説家を目指しているライターです。喫茶店の常連で、来客の中でも特に頻繁に店を訪れます。
 明るく溌剌とした雰囲気のフレイヤですが、言うべきことはしっかり言う、オブラートに包むべきところは包む感性を持ち合わせた、素敵な女性です。作品の雰囲気も相俟って、しみじみとこの子が好きだな、と思わせられる魅力を備えたキャラクターだと感じます。

 フレイヤが喫茶店で主に話す悩みは、物書きとしての苦悩です。本編はフレイヤが小説を書き始めたところから始まり、彼女が小説を書き終わるまでを見守ることになります。

 喫茶店にやって来るお客さんの話に耳を傾けて物語の着想を得つつ、時折原稿の進捗を話してくれるフレイヤですが、私が特にお気に入りの場面はフレイヤが主人公に書きかけの原稿を見せてくれる時の会話と、原稿の作業が佳境に入って明らかに睡眠不足のフレイヤがエスプレッソを注文してくる場面です。

 主人公に書きかけの原稿を見せてくれる場面では、原稿を一部刷って持ってきており主人公に見せたい気持ちがあること、それでもいざ見せようとすると「ううう……」と尻込みすること、原稿を受け取って読み進める主人公に何度も「どうだった?」と聞いてくるところなど、普段の明るくさっぱりした性格から一転したフレイヤの可愛さが見られてはしゃいでしまいます。その後、主人公から原稿を返してもらった時に「あなたは確かに謎めいた人だけど……あたしってここの常連だよ。原稿を飛んでるときの表情を見たもん。言いたいことがどっさりあるんでしょ?」と主人公の表情を読み取って、原稿の改善点を挙げてほしいと促すところからは、二人の付き合いの長さが感じられて心が温かくなります。

 もう一つの睡眠不足のフレイヤがエスプレッソを注文してくる場面では、彼女が注文するエスプレッソではなく安眠するためのミルクを提供する必要があります。この点については、主人公が話をする場面もあります。

「店には毎日色んな人が来る。中には話すのが好きじゃない方も。
けど、彼らの仕草は雄弁に語るんだ……仕草を見ていると、色んなことが分かる。お客さんが話し相手を求めているのか……それとも独りになりたいのか。
お客さんの注文もそう。なぜなら……お客さんの飲みたいものが必要なものとは限らないからね」

 濃いコーヒーを飲み、無理を押して作業するより、一度しっかりと睡眠をとることがフレイヤには必要である。そう判断する主人公の機転が試されるこの場面は、先ほど挙げた主人公の表情をつぶさに読み取るフレイヤとはまた違った、主人公とフレイヤの付き合いの長さが感じられてとても好きな場面です。このゲームを始める前から、お客さんの注文にどの飲み物を出すかによって物語の展開が変わるという要素のことは知っていて、とりあえず1周目はお客さんの注文通りに飲み物を作ろうと思っていたのですが、明らかに疲れているのにエスプレッソを頼むフレイヤを目にして「こんな状態のフレイヤにエスプレッソは出せないだろ!! 寝なさい!!」と思わず注文を無視してミルクを作った時の気持ちは、今でも忘れられません。そうやってキャラクターを思いやる心を起こさせてくれるだけの魅力が、このゲームにはあります。

 端々から感じられる主人公との付き合いの長さ、他のお客さんとの会話から感じ取れるしっかりした大人としての価値観、彼女が書いた小説から読み取れるみずみずしい感性など、コーヒートークの物語を読み進めるにつれて染み入るように好きになっていく人がフレイヤです。彼女が小説を書き始めてから書き終わるまでの話を見届けられたことは、このゲームを遊んで良かったと思える沢山ある点のうちの一つです。

■ルアとベイリース

 ルアとベイリースは、それぞれサキュバスのキャリアウーマンであるルア、エルフのフリーランスデザイナーであるベイリースが、お互いに想い合っていながら種族の違いによって家族から恋人関係を反対される苦しみに悩まされている恋人です。
 サキュバスとエルフという現実離れした種族ではありますが、彼らが口論する内容は、きっと現実世界にも似たような悩みを抱えている人がいるんだろうと思わせられる物になっています。

「ぼくらが今も付き合ってるって、親に知られなきゃいい。今までみたく家族に知られないよう、付き合っていけばいい」
「けど、その先は? ふたりの関係を一生隠し続けるつもり? 人間みたいにはいかないの」
「ルア、親の許可なんてどうでもいいんだ。なんなら、家族との絆だって喜んで切るさ!」
「そんなことしちゃだめ!」
「君と一生添い遂げられるなら、構うもんか。ぼくはちっとも気にしない」
「……そんなこと言われても困るじゃない」

 コーヒートークの魅力の一つは、様々な種族が共存している世界観でありながら、彼らが抱えている悩みは人間だけが暮らしている現実世界とさほど変わらないところです。キャラクターへ共感しやすくなると同時に、コーヒートークの世界と違って同じ種族が暮らしている現実世界でも何度も問題として取り沙汰される、”自分と違うことを認める多様性”について改めて考えさせられます。

 また、ルアとベイリースの物語において好きなところの一つとして、それぞれ二人の視点に立った意見を述べて仲介役をする他の客――後述するガラとハイドの存在が挙げられます。家族との繋がりを大切にしていて、将来のことを考えるとどうしても恋人と険しい道のりを一歩踏み出す決意が持てないルアと、差別主義の家族に辟易としていて、家族の縁を切ってでも恋人と生涯を共にしたいと考えているベイリース。プレイヤーからすればどちらの気持ちも分かるもどかしい問題なだけに、相手側の視点に立ってルアとベイリースへそれぞれ意見を述べるガラとハイドの存在には、双方の立場と心情を深く理解する面でも大きく助けられました。

 このゲームではフレイヤが喫茶店で起きた出来事を元に書いた短編小説を読めるのですが、中でもルアとベイリースを元にして書いた小説は三部作の大作となっています。この小説ではロミオとジュリエットという名前の男女が登場人物として出てきますが、種族の違いで叶わない恋に苦しむルアとベイリースの姿は、家柄の違いで叶わない恋に苦しむロミオとジュリエットに重なります。
 それでも、喫茶店での交流を通して、ロミオとジュリエットのような悲劇的な結末を迎えず共に未来を歩むと決めたこの物語は、誰かと誰かの心を繋ぐこの喫茶店の存在を表す話の一つになっていると感じます。

 また、二人が注文する飲み物でも、二人の心の繋がりは表現されています。
 二人が喧嘩別れした後、ベイリースは主人公に抹茶ラテを注文します。そしてその数日後に喫茶店を訪れたルアもまた、抹茶ラテを注文します。

 主人公はルアがベイリースと同じ飲み物を注文したことに驚いた後、「大げさかもしれないが、飲み物には力があって……人の心を結びつけるんだ」と話します。実際にこの場面では、喧嘩別れした後も相手を愛する気持ちは変わっていないルアとベイリースの心境が抹茶ラテを通して描写されています。
 飲み物を通して人の心が繋がっていく場面は、この後に書く他の関係性でも出てくる表現です。こういったお客さんの注文に着目することで各キャラクターの心の繋がりを読み取れるのも、コーヒートークの楽しい点の一つです。

■ガラとハイド

 ガラとハイドは、付き合いが長い吸血鬼と人狼の友人同士の二人です。他のキャラクターと違い物語を通して劇的に変化する関係性ではないものの、だからこその安定感と長い間二人が築いてきた友情、そして片方が片方へ抱いているささやかな思いを感じられる味わいが魅力的な二人になっています。

 先ほどルアとベイリースの項目で書いた、悩める恋人の二人に双方の視点からアドバイスをするガラとハイドが大変好きなのですが、その他に印象に残っているのはやはり満月の夜、狼になって来店したガラへ飲み物を提供する場面です。

 この満月の夜がやって来るまでに、主人公はガラの人狼としての衝動を抑えるための特効薬になる飲み物を模索するパートがあります。そこで見つけたガラの特効薬になるレシピの通りに飲み物を提供すると、ガラは無事に衝動を抑え、満月の夜を乗り越えることができます。この人狼であるガラに飲み物を提供する場面では、携帯でレシピを確認することができません。そのためプレイヤーは、ガラの特効薬になる飲み物のレシピをしっかり覚えていなければなりません。
 私が初めに覚えたレシピは覚えやすいかつ何度も注文が入るフレイヤのエスプレッソだったのですが、二番目に覚えたのはガラの特効薬のレシピでした。何度も作中で「覚えておけ」と言われるからゲーム的に必要になる時が来るんだろうというメタ的な推測は勿論、ガラに穏やかに過ごしてほしいからこのレシピを覚えておきたいと思うプレイヤーの気持ちが反映されるイベントで、後日迷惑をかけてしまった負い目で心なしか萎れた状態で喫茶店にやって来てフレイヤと主人公に謝るガラの心優しさを含めて非常に好きな場面です。(細かい点ですが、人狼になったガラが来店した時すぐにフレイヤをカウンターの方へ避難させる主人公も好きです)

 また、ガラの特効薬になる飲み物の名前が「ガラハッド」なのも個人的にすごく好きです。恐らく円卓の騎士であるガラハッドが元ネタだと思うのですが、何かを守るための”盾”が象徴となっている騎士の名前と、ガラの名前を掛け合わせた、”ガラを守るための紅茶”といった意図が感じられる名前で、センスを感じます。

 ガラとハイドの関係を見つめているうちに何となく気になるのが、ハイドがガラに抱いている思いについてです。種族が違う恋人同士であるルアとベイリースの話を聞いた後、ハイドはガラへ意味深な質問をします。

「ところで、私はおまえと数十年来の友人だと言ったが……」
「ああ、それがどうした?」
「我々が友人でなかったら、どうなっていたと思う?」
「どういうことだ?」
「……忘れてくれ。どのみちもう遅い。帰るとしよう」

 このやり取りだけならさほど気になる点でもないのですが、後日談で何だか怪しいお土産をガラに渡していたり、二人の物語を見届けた実績アイコンの文章を見たりして、ハイド…….お前そういうことなのか……!?とプレイヤーの目線から何となく察せられる様は、作中で起きる出来事を通して心を繋いでいく他のお客さんの関係とはまた違った趣があります。 

 ハイドとガラの心の繋がりについて考えたとき、もう一つ個人的に好きだなと思った場面が、ガラが初めてハイドを喫茶店に連れてきた時です。この時初めて来店したハイドは、ガラの注文を聞いてから「ガラと同じもの」を頼みます。 

 また、この日の他にもう一日ガラとハイドが一緒に来店して飲み物を頼む日があるのですが、ここでガラが特効薬であるガラハッドを模索するための注文をするのに続いて、ハイドは「ピリッと温まり、かつさっぱりしている、紅茶ベースの一杯」を頼みます。この特徴にさえ当てはまっていればどの飲み物を注文してもハイドは満足そうにするのですが、ハイドの注文内容はガラの特効薬であるガラハッドの特徴にも当てはまるものになっています。つまりハイドは、ガラと一緒に来店した時はガラと同じ、もしくはガラの注文と非常に似通った飲み物を頼んでいることになります。
 これは単なる深読みかもしれませんが、ルアとベイリースが同じ抹茶ラテを注文することで二人の繋がりが表現されていること、ガラとハイドがルアとベイリースの抱えている悩みを仲介する役割を担っていることから、ハイドがガラと同じ飲み物を注文するのはガラの心に繋げたい自分の思いがあるからなのかもしれないな、と思います。

 ここでは特に好きなイベントからガラとハイドの好きな点を挙げましたが、その他にも二人の出会いの話や長年の付き合いだからこそ交わせる気安いやり取りなど、魅力的なところが沢山ある関係です。「人狼は狼になった時の衝動をSMプレイ的な方法で発散すると聞いた」という一歩間違えれば異なる種族への侮辱に聞こえかねない話をあっさり喋るハイドと、「それはアダルトビデオの世界だけだ」と嫌な顔をせず笑って返すガラの姿からは、コーヒートークの作中では語られない二人がこれまでに築いてきた信頼が垣間見えます。
 作中で大きな変化が見られないからこそ唯一無二の雰囲気を持っている関係や、ガラの誠実さ、ハイドの言葉だけ聞けば冷たく感じるものの根に持っている優しさなど、言動から伝わってくる性質の良さと関係性に想像の余地が残っていることでより惹きつけられる二人組だと感じます。

■マートルとアクア

 マートルとアクアは、ゲーム業界で働いている女性二人組です。マートルは有名なゲームシリーズの開発に関わっていて、反対にアクアはインディーゲームの開発に携わっています。マートルはゲーム開発中に起きた問題点を解決する手がかりとしてアクアが所属している研究チームが書いた論文を読んでおり、偶然喫茶店で二人が邂逅したところから交流が始まります。コーヒートーク自体がインディーゲームというのもあって、二人の会話からは妙にリアルなゲーム業界の話を聞くことができます。個人的に聞いていて一番興味深かった会話です。

 二人の関係性を見ていくとき、注目すべきはやはりアクアの変化です。アクアは初め、人見知り気味の大人しい女の子として喫茶店に来店します。マートルが頼れる姉御肌といった性格なのもあり、初めは引っ込み思案なアクアをマートルが引っ張っていく形で会話が進んでいきます。新作ゲームを各企業が発表する大型イベント(現実世界に置き換えると東京ゲームショウのようなものでしょうか)に参加するアクアをマートルが手伝いに行くと言い張る場面や、ちょっとしたやり取りでマートルの機嫌を損ねてしまったのではないかと気にするアクアをマートルが宥める場面から、序盤の二人の関係が窺えます。
 しかし二人が仲を深めていった終盤には、休暇をほとんど取らず休み無く働いているマートルを、アクアが無理やりにでも休ませて「一緒に休暇をとって遊びに行こう」と誘う関係になります。アクアの口から語られる、アクアに押されてプリクラを一緒に撮るマートルのエピソードからは、二人の関係の変化が如実に感じ取れます。

 アクアの変化をより分かりやすく表しているのが、アクアのSNSアカウントのアイコンです。作中に登場するキャラクターは皆SNSのアカウントを持っていて、ストーリーが進むごとにアカウントに表示されるプロフィールが増えたりアイコンが変わったりするのですが、アクアはゲームの序盤、中盤、終盤と3回アイコンが変化します。初めは学会で発表している研究者の姿、2回目は海で自由に泳いでいる姿、最後はマートルと一緒に撮ったプリクラです。公的な場に出す自分の姿から、徐々にプライベートな、誤魔化さない自分自身の姿がアイコンになっていく様は、アクアの変化が感じ取れる素敵な演出です。

 なお、このSNSアイコンは、初めから最後にかけてアイコンが変わるキャラクターも居れば変わらないキャラクターも居ます。アイコンが変わるキャラクターは、アクア・フレイヤ・ルア・レイチェル(特にアクアは3回、レイチェルは4回アイコンが変化します)。アイコンが変わらないキャラクターは、ベイリース・ガラ・ヘンドリー・ハイド・ジョルジ・マートル・ニールです。こうして並べてみると、作中での人生における環境や内面の変化と、SNSアイコンの変化が概ね対応していると感じます。

 また、この項目の初めにアクアとマートルが話すゲーム業界の話が興味深い、と書きましたが、個人的に特に好きなのはゲームの映画化についての話です。マートルが開発に携わっているゲームシリーズである「フルメタル・コンフリクト(通称フルコン)」が映画化するという話題が出た時、二人は次のような会話を交わします。

「ぶっちゃけ、俺はゲームの映画化には反対だった。腐ってもハリウッドだしよ……予算をたっぷり使って、ド派手な映像を生み出せるんだろうが……きっとゲーム版とは別モンになっちまう」
「ゲームによっては、ゲームという媒体でしか……ストーリーを語れないものなんです。『フルコン』もそういった類のタイトルです」

 こういった二人の思いが語られた後、ゲームの終盤に「フルコン」のファンであるベイリースが映画の試写会へワクワクしながら向かう描写が入ります。ゲームの開発者には開発者のゲームという媒体への思い入れが、ファンにはファンの作品に対する思いがあるのだと分かる、何気ないながらも好きな描写の一つです。

 最後に焦点を当てるのは、アクアとマートルが注文する飲み物についてです。喧嘩別れしたルアとベイリースが同じ飲み物を注文すること、ハイドがガラと同じ飲み物を注文することは前の項目で書きましたが、アクアとマートルは別々に来店した時も一緒に来店した時も一度も同じ飲み物を注文しません。

 これは2人の心に繋がりが無いというわけではなく、すれ違いによる言い合いをしてしまったルアとベイリースや、軽々しく口に出来ない思いがあるガラとハイド、また後述する親子で喧嘩をするレイチェルとヘンドリーと異なって、アクアとマートルは仲違いや思いを伝えることへの躊躇などが無く順調に仲良くなっていく二人です。だからこそ、同じ飲み物を注文する描写が無くとも順調に仲を深めていく様が、この関係では描かれているのではないかと感じます。同じように作中で変化する関係でも、それぞれの関係の形の違いが、飲み物の注文には表れているように感じます。

 アクアとマートルの物語は、アクアの変化を軸として序盤から終盤まで2人が仲良くなっていく様が見られます。SNSのプロフィールに「自分が好きなことをやりながら、心の拠り所となる場所や人を探しています」と書いているアクアがこの喫茶店や喫茶店に訪れる人たちに出会えたことが喜ばしいのは勿論、主人公とフレイヤが二人を見て「あのふたり……最初に会った頃より幸せそう。すっごくお似合い」「一緒にいて心安らぐ相手を見つけるのはラクじゃない……。しかもあれだけ短期間にね」と話しているように、アクアがマートルに、マートルがアクアに出会えた物語は得難いものだったと感じます。
 余談になりますが、ここでフレイヤが二人に「お似合い」という言葉を使っていたり、作中でマートルから一緒に帰るか尋ねられたアクアが「私のアパートに一緒に来るってことですか!?」と動揺しているところから、こちらの二人の関係も恋愛感情を含んだものとして描かれているのかもしれません。恋愛関係でも、そうでなくても、どちらにせよすごく素敵な二人だと思います。


■ヘンドリーとレイチェルとジョルジ

 ヘンドリーとレイチェルは、元芸能界のプロマネージャーである父親と、最近ソロデビューした新進気鋭のアイドルの親子です。ジョルジは喫茶店近くの警察署に勤務している常連で、娘を持つ父親としてこの親子の仲を取り持つ役割を果たします。ルアとベイリースを仲介するガラとハイドの関係と似ているかもしれません。

 ヘンドリーとレイチェルは猫に変身できるネコミミ族という種族の親子なのですが、二人の親子喧嘩はやはり現実で人間の親子がしているものとほとんど変わらないものです。
 幼い頃からアイドルとして活動しているレイチェルと、レイチェルのアイドル活動に反対しているヘンドリー。今までは母親が二人のパイプ役を担っていたのですが、その母親が亡くなってからはお互いに衝突を繰り返しています。ヘンドリーの子を思う親の気持ちも、レイチェルの自身の夢を追いたい気持ちも、プレイヤーからすればよく分かる心情ではないかと思います。

 喧嘩が絶えない二人の仲を取り持つのは、先に挙げたとおり娘を持つ父親であるジョルジです。

「ケンカが落ち着いた頃にゃ……おれはガキどもについて何かを学び、ガキどもはおれについて何かを学んでる。問題を”なあなあ”に終わらせねえ限り……状況は前より良くなるもんさ」

 ヘンドリー、レイチェル、ジョルジの三人は、全員SNSのプロフィールに大切なものとして家族を挙げています。お互い大切に思い合っているはずなのに、なかなか上手く関係を築けない父と娘の関係を、家族思いのジョルジが解いていく様は心に染みるものがあります。
 ちなみに私は初め、ヘンドリーの「レイチェルにはまだ可愛くて小さな娘でいてほしい」といった過干渉気味な意見に腹が立って、娘を信じてある程度自由にしてやれよ!と思っていました。しかし、ヘンドリーの娘を思う気持ちが後々結果としてレイチェルを救ったのを見て、過干渉は確かに良くないものの親が子どもを思う気持ちに対してまだまだ理解が足りなかったなと物の見方を反省する切欠になりました。
 お客さん同士の意見のぶつかり合いと、その話を聞いてアドバイスをするお客さんたちの話を聞き、多様な視点を身に着けられる点もこのゲームの好きな点の一つです。

 また、ジョルジだけでなくヘンドリーとレイチェルに対して相談に乗るフレイヤの話も、個人的に好きなところの一つです。もしかすると、父親に近い年齢と立場から二人を仲介するのがジョルジ、娘に近い年齢と立場から二人を仲介するのがフレイヤという役割になっているのかもしれません。

「あなたはレイチェルのお父さんだし、わが子が心配だってのはわかる。けど、娘さんが夢を叶えようとするのを、ジャマするのはまずいんじゃない? あなたが態度を改めない限り、娘さんはどんどん遠ざかっていく。あなたは業界の大先輩なんだし、娘さんが夢を叶えられるように応援すべきじゃん」

 上手く引用するのが難しいのでここに詳しくは挙げませんが、「自分はもうオトナだ」と言うレイチェルへ「ううん、まだオトナじゃない」とはっきり返し、自分が違法ドラッグパーティーへ連れて行かれそうになっていた危険性をレイチェルに穏やかな口調で諭すフレイヤの場面が、いつも明るくて感情豊かな彼女のまた異なった一人の大人としての側面を見られた気がして、私はとても大好きです。

 ルアとベイリース、ガラとハイドと同様に、ヘンドリーとレイチェルの心の繋がりもまた、飲み物の注文に表れています。
 レイチェルは初めて喫茶店にやって来たときミルクを頼みます。その後ヘンドリーも喫茶店にやって来るのですが、それから暫く二人の意見がぶつかり合っている間、二人が同じ飲み物を頼むことはありません。
 しかし、レイチェルが危険な目に遭いそうになっているのを助けて大怪我をしたヘンドリーが猫の姿で喫茶店へやって来たとき、レイチェルは父親のためにミルクを注文します。これは言わずもがな、初めてレイチェルが喫茶店にやって来たとき頼んだ飲み物と同じ飲み物です。

 初めからずっと家族を大切に思っていたはずなのにすれ違っていた父と娘の心がようやく繋がり合ったことが、娘か最初に飲む物と父が最後に飲む物が同じになるという形で表現されています。これもまた、コーヒートーク特有の、飲み物を使った関係性の変化の描写として好きなものの一つです。


■ニールと主人公(バリスタ)

 ニールは地球にやって来た異星人です。自分たちの種族と地球人の種族のハーフを生み出すために、女性との交配を目的としています。しかし彼は地球人とのコミュケーションの難しさに苦労していて、喫茶店でお客さんと交流しながらコミュニケーションのコツを学習していくことになります。

 異星人である彼の観点から話される話は、興味深いものばかりです。彼は目的が目的なだけに、所謂”交配”に至るまで人間は長い過程を経ることに非常に手間取っています。相手にフリーかどうか聞いてみること、デートをすること、空気を読み取ることなど、彼へ次々とアドバイスするお客さんの姿は見ていてとても微笑ましいです。

 私が特に好きなのは、アドバイスとは違いますが、コミュニケーションを勉強するため主人公と一緒にカウンターへ立っているニールを見つけたアクアがてっきりニールが喫茶店を乗っ取ったものと勘違いして「だから私はこの人が『交配』なんて話を始めたときにマスターに通報しようって言ったんです!!」と叫ぶ場面です。このアクアは物語の中盤から終盤頃に見られるため、初めの物怖じしていた性格からだいぶたくましい性格に変わっているのが分かってつい笑ってしまいます。

 物語の最後に喫茶店へ姿を現したニールは、初めにやって来た時の宇宙飛行士のような不思議な姿ではなく、どこか陰のある雰囲気を纏ったイケメンになっており、人間とのコミュニケーションもかなり上達しています。

 どこか喫茶店にやって来たお客さんを踏襲したように感じられる(特に傷だらけの顔は、人狼としての衝動を抑えるため時に自分を傷つけるためいつも生傷を作っているガラを思い起こさせます)格好に、彼の勉強の成果がうかがえます。

 そして物語の最後、ニールは衝撃的な真実を明かします。それは、主人公がニールの種族から生まれた存在だということです。

「ところで……私の前では演技をしなくていい」
「なら、ついに気づいたのかい」
「わが種族からそういった力が生じるとはね……。ただ、君は演技がうまい」
「練習のたまものだよ」

 ニールの言う「そういった力」とは、タイムトラベル能力のことです。この能力に即して、二周目以降コーヒートークの物語を遊んでいる主人公は、「タイムトラベルで再び過去の世界にやって来た」という体で話が進みます。そのため、要所でまだ知らないはずの情報を知っているように話してしまう場面があります。
 思い返せば、主人公の種族について作中で触れられている場面はありませんでした。プレイヤーの一人称視点となるキャラクターなこともあって、てっきり人間だと思い込んでいましたが、よく見直してみると主人公は、まだコミュニケーションを練習中のニールが自分のことを「我々」と表現するのと同じように主人公自身のことを「ぼくら」と表現する場面があったりします。この時は上手く誤魔化していますが、恐らく昔はニールと同じように自分のことを「ぼくら」と呼んでいたのでしょう。

 ここで少し、主人公について考えてみます。ニールは自分がなぜ地球人との交配を目的としているのか、その理由を話す場面が作中にはあります。
 余談ですが、ニールの味覚に訴える飲み物を出さなければならない場面で、「そんなの分かるわけないだろ!」と思わせておいてからの、メニューを埋めている最中に「ミルキーウェイ」を見つけたときのこれだーーー!!!という感覚はゲームの作りが非常に上手いと感じます。「ガラハッド」といい、恐らくこのゲームオリジナルと思われる飲み物の名前はどれもセンスが秀逸です。

「君たちは地球へ、種をまきにきた。種族とのハーフが地球で産まれるように。ハーフとはつまり、地球人と、よくわからないが君たち種族との間の。おそらく君たちは、地球人の理解を超える力を持っていて……地球の守護者を生み出そうとしている」
「100パーセント正しいデス!」
「地球にスーパーヒーローを誕生させようってわけ!?」
「ハイ。守護者のことを地球人はそう呼んでいマス」

 ニールが主人公について、「わが種族からそういった力が生じるとは」と言っていることや、ニールが主人公にニールの種族特有のコミュニケーション方法を求めた時「初めてだがやってみよう」と言っていることから、ニールと同じように純正の異星人ではないと推測できます。純正の異星人なら、自身の種族とコミュニケーションをとった経験が無いはずがありません。このことから、主人公はニールの種族と地球人が交配して生み出されたハーフ――すなわち、スーパーヒーローなのだろうと考えられます。
 更に主人公は、なぜタイムトラベル能力を使って喫茶店を開いているのか?というニールの質問へ次のように返します。

「ぼくはただ、すべてが順調に進んだか確かめたいだけ。それに……ついでに確かめたい……ぼくが地球に存在するってことを」
「ハハ! そいつは確かに、とんでもなく重要な使命だ」
「でしょう」

 これは、「ニールが地球人との交配を順調に成功させたのか。そして、異星人と地球人のハーフである自分が実際に産まれたのかを確かめたい」という意味だと推測できます。主人公がわざわざ他の異星人ではなくニールが地球にやってきた時間軸を選んでタイムトラベルしているあたり、もしかするとニールこそが主人公の父親なのかもしれません。

 更に推測を進めると、もしかしてニールの交配相手(=主人公の母親)はニールと付き合うことに拒絶を示していなかったフレイヤなのでは?とも考えられます。
 ですが、この説が思い当たった瞬間ゲームクリア時点でフレイヤを好きになっていて、フレイヤの彼氏になりてえ……!!と思っていた私の自我が、ニールにフレイヤを寝取られたんだが!?!??!!?!?!?(寝取ってない)と大暴れして正気ではいられなくなったので、この点は精神衛生のために猫箱ということにしておきます。

 主人公の種族についてはかなり衝撃的な真実でしたが、コーヒートークが異なる種族の交流を描いた作品であることから、主人公もまた他のお客さんと違う種族だったと考えるのは言われてみれば当然です。
 更に、すべてのストーリーを読むためには必ず周回を必要とするゲームの仕様と、主人公がスーパーヒーローとしてタイムトラベル能力に目覚めており能力を使って過去に飛んできているという真実を上手く掛け合わせた構成には舌を巻いてしまいます。これらは一見するとゲームにおける「周回」をメタ要素として扱っている展開にも見えますが、ニールという一人のキャラクターを通して、主人公のタイムトラベラー設定をメタではなくあくまでもコーヒートークの世界観に落とし込んでいるところが、非常に上手だと感じました。

■まとめ

 この記事で何度も触れたように、コーヒートークで描かれているのは人間だけが生きている現実世界と変わらない、異種族が暮らしている世界での人の交流です。現実世界とコーヒートークの世界がそう大して変わらないことについては、フレイヤも作中で言及しています。

「思うに、一種族しか存在しない世界でも……問題は起きちゃうし、差別は決してなくならない」
「他種族が存在しないのになぜ?」
「言葉とか、国籍とか、思想とか……肌の色の違いからも差別は生まれる。周りがみーんな同じだと、些細な違いが目立って見えてくるもんだし。違いに寛容な目を養ってくれるのは、多様性なのかもねー」

 実は登場人物のうち誰とも種族が違っていた主人公を含めて、コーヒートークの世界で描かれる異なる種族のありふれた交流は、一種族しか存在しない世界を生きているプレイヤーに、種族のみならず、家族観の異なる相手や親と子どもなど、異なる立場にいる相手の考えを理解する心を思い起こさせてくれます。短時間でクリアできることもあって、コーヒートークという作品自体が心を温める一杯のコーヒーのような作品だったと感じました。
 
改めて、素敵な作品に出会えて良かったです。


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