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行列に並んで、手に入れたもの

「急げ、売り切れる前に何とか手にしたい」

妻にはすぐ戻るねと言って家を出てきてしまった。

 

足早に坂道を降りて、交差点を左に曲がり駅の方へ向かう。

いつも通い慣れた道だ、何てことはない。

駅の前の「旧唐津街道」「赤間宿」と書いてある、2本の木の柱を通り抜ける。

途中に歩いている学生や女性、駅から電車を降りてきた乗降客を一気に抜き去り坂をどんどん下る。

 

まるで1人で障害物競走をやっているみたいだ。車もこの細い道をとおるので、端っこを歩こうと、とりあえず人の間をジグザグしながら歩く。

 

途中信号は赤信号になり、止まったときに、「しまった! 急いでいる時に限っていつも赤信号だ」と思う。

しかも、さっきの交差点に差し掛かったときに左に曲がったが、あの時まっすぐに進んでいれば近道になっていたのに。

あまりにもあせっていたので、冷静な距離の感覚がつかめずにいたのだ。

気付いたときはもう遅い。

 

早く信号が赤から青に変わらないか、いまかいまかと待ちわびる。

どうして待っている時ってこんなにも時間が長く感じるのだろうか?

 

ギリシア神話に出てくる時間を司る2人の神様「クロノスとカイロス」が、いじわるして時間や信号をいじっているんじゃないかと思うくらいだ。

 

ようやく信号が青に変わり、スタートダッシュして小走りで坂を下る。

目的地は確か左側にあるな、と思いながら車線変更する。

坂の下からこちらに向かってくる人達の手には、白い袋がぶら下がっているのが分かる。

ガランガラン瓶の音がぶつかっていて、あの中には、酒開きで入れられたお酒が入っているんだろうなと思う。

 

2袋持っている年配の夫婦もいれば、1人で3袋持って歩いている男性もいる。

いよいよ目的地の建物が見え、人も車も多くなり、ガードマンが規制しながら誘導している。ここは普段混雑しないのに、イベントの日にはこんなにも人が来るものかと感心している。

 

ようやく目的について、「え? うそだろ」と思った。

時間がないのに人が並んでいるじゃないか。しかも10人ほどいる。

わたしはすぐに最後尾の女性の後ろに並び、商品があるかどうか首をのばして確認する。

せいろの様な四角い箱が4段積まれており、下からは湯気が出ている。

お目当てのものは正に今作りたてだ。

並んでもう5分は経ったろうか?さっきからちっとも前へ進んでいない。

ここでも「クロノスとカイロス」が出現している。

 

箱入りの商品はそこに見えるのに、誰も買っていない。

それもそのはず。みんなのお目当ては、出来立て作り立てを食べたいんだから。

かくいう私もその1人である。

 

60歳くらいの男性が積まれた箱の一つを上げながら、中の様子をうかがっている。

蒸らし具合を見ているのだろうか。

まだふやけ具合が足りないのか、カピカピになったのかは分からないが、霧吹きでシュッシュと水の様な物をかけてまた箱をもどす。

私の気持ちとは逆に、男性の様子はとても落ち着いている。

 

はやく出来上がってくれ!と祈るような気持ちになりながら、待つしかできない自分がいる。かゆいのに手が届かない。いや、かゆみの元は分かっているのにかけない様な気持ちだ。

 

ようやく男性が箱を開ける。

中の具合を確認し、向こうの机に移動させる。

「何個いりますか?」と女性店員は先頭に並んでいる人に声をかける。

「10個下さい」と男性が言っており、気が気でなくなる。

え?そんなに買うの?自分の分がなくなるんじゃないか?

そこにある箱のから買ってよと思うができたてがいいのだから仕方がない。

 

「4個入り下さい」「6個入り下さい、あとその一箱も」次々に出来たては売れていく。

 

私の目の前の女性の番になり、「10個入りを2つ下さい」と聞こえた。

は?なんてこった。終わった。

落胆する気持ちが出てきた。

もう、心の中は嵐が吹き荒れている。

本当に買えるのかひやひやする。

 

100万円のかかったクイズ番組で正解発表を待っているときより、試験の結果を待つよりもドキドキもする。

 

「次の方どうぞー」

「よし! ようやく買える。できたて4個と箱入りを一つ下さい」もう財布から1,000円札をスタンバイさせており、女性店員にお金を渡した。

 

「はい、どうぞー」

 

袋にいれられた出来立てのそれは、においも湯気と共に袋から飛び出してくる。

ようやく手に入れたという安堵感から、ふっと一息つくことができた。

 

さあ、坂道を上って帰ろう。

そして、あつあつの酒まんじゅう、「勝屋酒造の酒まんじゅう」を家で食べよう。

その手に入れた安心感からか、帰りの坂道はとても軽やかに感じた。

 

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