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おじさんは眼鏡屋さん③

おじさんだよ。

今日はちょっとうれしいことがありました。

おじさんのお店はショッピングセンターの中にあり、所謂インショップなのですが。
先日いらっしゃった50代男性のお客さん。ショッピングセンターの中で上着を無くしてしまったのです。
その時おじさんはお店にひとりぼっちの時間帯だったもので、長くお店を開けるわけにはいかなかったから…もし他のお客さんが来ても大丈夫なように書き置きを残して、お店の事務室の忘れ物センターにお客さんを案内してあげました。
結局忘れ物センターに上着はなく、店の近隣で無くしたなら交番に届いているかもしれないと事務員さんに言われ、お客さんを交番に見送ってあげるしか出来ませんでした。


そのお客さんが今日いらっしゃって、
「先日はご親切にしていただいてありがとうございました。」
「お店にひとりぼっちだったというのに、彼女が助けてくださったんです。」
と。ご丁寧に、お菓子を持ってきてくださったのです。

結局交番に行っても上着は見つからなかったそうでしたが。こういう小さな嬉しいことが、仕事の励みになるというものです。

おじさんの働くお店はおじいちゃんおばあちゃんの多く住む街にあるショッピングセンター。
仕事とは関係なしに、それに伴うハプニングや小さな人助けは結構たくさんあります。
道を聞かれたり、忘れ物を探す方を案内するのはしょっちゅう。怖い例になると、エレベーターで転ぶ人。エレベーターの上の人が落とした杖が頭上に降ってきて救急車。熱中症で倒れるおじいちゃん…などなど。

ただ、おじさんのお店を利用しなかったとしても、ショッピングセンターにいらっしゃった時点で平等にお客様…というよりは、お客様からしてみれば、皆平等に店員なのです。
そうやって助けてあげた人が後日、お客さんとして眼鏡を買いに来てくれた…なんてこともありますから。
そういった人助けも、立派な業務のうちなのだと思っています。


さてさて。タイトルは「おじさんは眼鏡屋さん」なので。今回は「今まで経験した高難易度な検査」と題し、少し専門的な話を挟んでみようかと思います。

さてさて、そもそも、眼鏡の度数ってどう決まるの?というと・・・これはですね、正直に言ってしまうと、検者の匙加減なのです。

眼鏡の処方に必要となる情報は、1完全矯正値 2問診 3現用度数。

まず一番大事なのは完全矯正値。その人がレンズをかけた時に、一番視力が出せるレンズの度数、レンズの強さのことです。まず大前提として、この完全矯正値が正確に出ていないと勿論処方は作れません。そして、完全矯正値の眼鏡をかけられるようになるのがベストであり、それが処方の最終目標になります。

よく「眼鏡をかけると目が悪くなるのでは」などと聞かれますが、全くの逆です。度数の合わない眼鏡をかけ続けると、体のほうが悪い視界に適応を始めてしまうのです。簡単に言ってしまえば、目の方がサボり始めます。サボりを続けた目はいずれ頑張ることを忘れてしまいます・・・するとどうなるか。どれだけ強いレンズを入れても視力が出ない、所謂弱視の状態になってしまう危険性があるのです。

それに加え、目も体の臓器の一部ですから、レンズが足りない分目が頑張り続ければ摩耗、老化が加速しますし、単純に無理を続ける状態は目が疲れやすいです。一番自分にぴったり合った度数の眼鏡をなるべくかけ続けられるようになることが、目の健康には一番良いのです。

ただ、この完全矯正値の眼鏡をなにも考えずに処方するとどうなるか・・・高確率でお客様から「レンズの度数が合わない」と言われてしまいます。この人に完全矯正値の眼鏡を処方しても大丈夫なのかどうか、判断するために必要なのが、先述した問診と現用度数になります。

完全矯正値を処方してはならない一番多いパターンとしては、現用の眼鏡の度数が低すぎることです。あまりに大きく度数を変えすぎると、慣れられない、度がキツすぎてかけられないことが殆どです。なのでそういった方には段階的に度数を上げていき、最終的には完全矯正値に近づけていく、段階処方というものを行います。

また、問診のコミュニケーション不足も処方ミスに繋がる大きな要因です。本を読むのに必要な眼鏡を、と言われ30cmに合わせた老眼鏡を制作したら度が合わない。足を組んで膝に置いて本を読むので、実際は40cmの距離で本を読んでいた・・・とか。PC用の眼鏡を作るのにノートパソコンの距離に合わせて作ったら実際はモニターの離れたデスクトップパソコンだった・・・とか。遠くを見る眼鏡を作るのに、度を上げすぎては気持ち悪いだろうと程々に度数を上げたら、実際は運転免許の度数更新のメガネだったため視力が足りず、免許更新が通らなかったとクレームになった・・・なんて話もあります。

ここまで聞いてなんとなくお分かりになるでしょうか。眼鏡の処方は検者の裁量である、という意味を。お客様とお話しし、どんな度数がぴったりなのかを判断するのは検者です。どのぐらい度数を上げても平気なのかを判断するのも検者です。処方の勉強をする際は口すっぱくこう言われます。「眼鏡の処方に正解はない。自分がした処方がなぜそうなったのかをお客様に説明し、納得してもらう技量が一番大切なのだ。」と。


さてさて・・・本題。所謂難易度の高い検査は、何故難しいのかというと。先ほどあげた三要因。完全矯正値、問診、現用度数・・・これらの測定が困難であり、情報が足りない故に高難易度になるのです。

例えば、精神障害や聴力に問題のある人、認知症の人などは、問診が困難なため、どんな眼鏡が必要なのか読み取るのが難しく、また検査中の応答も鈍いので正しい完全矯正値を出すのも結構大変です。

現用眼鏡を無くしてしまった、壊してしまって捨てた・・・なんてことになると、今までどんな眼鏡を使っていたのかという情報が丸々欠けることになります。遠近両用メガネを老眼鏡だと思い込んで使っていたおばあちゃん・・・なんてのも結構珍しくないので、「老眼鏡が欲しい」といわれその通りに売ったら「遠くが見えないのよ!」とクレームになってしまったり・・・。

ただ、そんな例とは比べものにならないくらい難しいのが、処方において一番大切な完全矯正値が、正確に導き出せない検査です。


先日対応したご婦人Tさん。目の疲労を訴えてお店にいらっしゃいました。ご希望は30cm、読書用の老眼鏡です。

右目の完全矯正値、左目の完全矯正値を測り終え、両目の視力を最後に測ろうとしたところ・・・Tさんがうーーんと唸りました。

「これ本当に度数はあってるの?なんか字が全部二重にダブって見えるんだけど。」

ただ、この事態は予測済みでした。このお客さんに関しては、先輩が以前検査をし、諦めて眼科に送客したというデータが残っていたからです。先輩のカルテには「down16△が出たため完全矯正の測定が困難。」と記載されていました。Tさんは、おそらく普段右目でしかものを見ていないこと・・・左目の視界を遮断して生活していることが予想されます。

視線ずれ、という概念があります。人間は右目と左目を持っていますので、ひとつのものを見るにしても右目で見ている像と、左目で見ている像が、1つに重なって目の前に存在しているわけです。ただ人間の体ですので、そこに多少のズレが存在するひとが大多数です。

本来はそのずれを目の筋肉が頑張って修正するのですが、眼精疲労や、そもそものずれ量が大きいことで自力で修正できなくなると、ものがやたら二重に見えたり、ますます目が疲れやすくなったり、重度になると常に二重に見え続けるストレスに体が耐えられず、脳が勝手に片方の目の情報を遮断します。片目を失明するのとはまた別物で、片目ずつ見るとそれぞれちゃんとものが見えているのに、両目でものを見た瞬間急に片方の目が見えなくなるのです。

down16△、という数値が意味するのは、右目と左目で、下方向に16の視線のずれがあります、ということ・・・正常値のおよそ8倍です。検査中も少し疲れると物が二重になってモニターが読めなくなります。近くの検査になるとますます悪化。調節力(ちかくを見るのに必要なピント合わせの力。これが衰えると老眼になって近くが見づらくなるよ)の測定は困難を極めました。

ただ以前送客した眼科でトラブルがあったとのことで、何度か眼科に行くことを提案しましたがTさんは頑なに「眼科に行くのは嫌」の一点張り。おじさんにできることはとにかく休憩を挟みまくり、ゆっくりゆっくり測定をすることのみ。「ものが二重になったらすぐ教えてください」とお願いし、二重になったらゆっくり遠くを見て休憩してもらう。視界が1つに戻ったらまた測定を行い・・・3時間くらいは検査してたかもしれません。終わった後ぐったりしているおじさんを見かねて店長がアイスを買ってくれました。

眼病由来、もしくは目になにかしらハンディキャップを生まれ持っている方を相手する時は、やはりお客さまの求める視力が出せず、眼科を案内する結果になることもあります。今回は頑なに眼科に行きたがらない方相手だったのでここまでやりましたが・・・これは結構リスキーな行為で。うっかり会話の中でぼろっと「あなたは〇〇という病気が疑われます」とか言ってしまうと・・・それをお客さんがうっかり「眼鏡屋が〇〇って病気だと言った」だなんて眼科でバラされてしまうと、眼科にめちゃくちゃ怒られる・・・で済めばいいですが、提携を切られてお客さんを回してもらえなくなったりだとか、お店の信用問題に関わります。なので、こういった、何か異常値が出る方相手の対応は、検査の難易度もそうですし、言い回しにも気を使うので、本当に緊張しますね。


他の、正確に完全矯正値を出すのが難しい例としては、白内障の方でしょうか。白内障は老化で水晶体が白く濁ってしまう病気です。
白内障が悪化すると、完全矯正値で近視の度数が本来の正確な数値より強く出ます。狂ってしまった数値から本来の数値を導き出す手段は、眼鏡屋さんにはありません。
眼鏡屋さんは目の上にかけるレンズのプロではありますが、目の中のことの専門家はやっぱり眼科さん。それでも「眼科でまだ白内障手術をするほどでないと言われた。」だとか、「眼科に行きたくない。」とか、「手術をするまでに少しでもマシに見えるメガネが欲しい。」だとか・・・白内障のお客様相手に検査をしなくてはならない局面はやはりあります。

ただ、これは前にも書きましたが、「自分が白内障であることに気づいていないお客様」を相手にするのが一番怖いです。見えなくなった原因が病気ではなく、度数が合わなくなったからだと思ってお店にいらっしゃる方。

一度、おじさんから店長に検査を引き継いだお客様が、それが原因でトラブルになってしまったことがあります。

もともとかなりの強度数の方でした。現用の眼鏡はコンタクトで例えると-10.00Dくらい。(おおよそ-2.25Dくらいから視力0.1がでなくなるくらい、というとわかりやすいでしょうか)Mさんは少し見づらくなってきた、と来店された溌剌とした50代の女性の方で、隣には物静かな旦那様が付き添っていました。

検査の最初にはレフケラトメーター(通称レフ)という機械を使い、検査の基準となる簡易度数を取ります。その簡易度数からもっと細かい機械を使って度数を詰めていくのが検査の基本となるのですが・・・Mさんの目を4度レフで撮ると、「over」「-22.00」「over」「over」という表記が。見たことのない「over」という表記に慌てて、店長に聞きに行くと、レフの測定可能数値をオーバーした時に出る表記、とのこと。

この時点ではおじさんは、Mさんはかなり久しぶりにメガネを作るとおっしゃっていましたから、近視がかなり進行したのか、もしくは眼病であることを疑いました。ここからはとにかく推理。持ち得る技術をもって、Mさんの目がどういう状態なのか導き出さねばなりません。

白内障によってレフの数値が狂っているのか、本当に近視が進んだのか。それを判断するためにまず唯一取れた「-22.00」のレンズをMさんにかけてもらいました。案の定Mさんは全く見えない、と仰られました。おそらくこれは正しい数値でない。白内障でレフの数値が狂って、近視方向に強く傾いています。

そして、今使っているメガネをかけてもらうと、視力は両目で0.3くらい。ほどほどに見えています。(この時点で-22.00Dの目の人が−10.00Dの眼鏡をかけて0.3も見えるわけがないので、レフの値が狂っているのが確定します)ここから少しずつ度数を上げていき、度が強すぎて逆に見づらくなる手前でストップすれば、おおよその完全矯正値は導き出せます。

視力はひとまず0.5まで上がりました。綺麗に見えるとは言い難いですが、今までのメガネよりはるかに見やすいはずです。ただそこで、Mさんから、

「これで免許更新は通りますか。」

と、聞かれ、おじさんは青ざめました。運転免許更新に必要な視力は両目0.7。これではとても足りません。

問診不足。おじさんのミスです。問診段階で運転免許はあるが運転はしない、と聞いていたので、そこから先の情報を詰めることを、見たことのない「over」の表記に焦ったおじさんは、うっかり忘れていたのです。

ただ、完全矯正視力が0.5なのは、平均的に見てもかなり視力が低い部類に入ります。完全矯正値が間違っているせいで視力が出ていない可能性もありました。当時はまだ新人だったので、とりあえずベテランの店長に検査を引き継ぎ、もう一度測り直してもらいましたが結果は変わらず。結果的に「眼病が疑われるので眼科さんに行ってください。」と宣告する他なくなりました。


客観的に見て、ですが。店長はベテランですし、場数を踏んでいますから。相当丁重に、Mさんを傷つけないように、その宣告を行ったと思います。ただ、おじさんから店長にバトンタッチした時点でMさんは自信なさげな若い店員に少々不審そうな目を向けていました。積もり積もった不信感が、ついに爆発してしまったのかも、しれません。
店長の宣告を聞いたMさんは顔を真っ赤にし、怒り出しました。

「私が病気だっていうの!」

と。その後、レンズを選ぶ際にも、Mさんは怒って店から出て行って、ドアの外から店長を睨みつけており、付き添いの旦那様がその後のやりとりを全て行いました。旦那様は奥様を宥めるようなことはしませんでした。いらっしゃったときと変わらず、静かに、時折奥さんの方をちらりと伺いながら、それでも「眼鏡が重くならないように薄くなるレンズにします。」と、旦那様のクレジットカードで分割払いで、良いレンズを買っていかれました。

・・・おそらく、Mさんは何かしら、精神障害のある方(素人目線でこういったことを言うのは大変失礼だというのは重々承知ですが。)だったのではないか、と思っています。積もり積もった不信感と、自分が病気かも、と言われて不安がスイッチになり、Mさんは鬼のような形相で何十分もの間店長に詰め寄っていました。

メガネのお受け取りの際も、おじさんの後ろで別の方の接客をしている店長に向かって「運転免許も更新できない見えづらいメガネを高値で売りつけた!」と怒鳴りつけて帰って行きました。

ただそれでも、店長は旦那様に一生懸命、Mさんの状態についてお話しし、眼科に行っていただくようお願いしました。おじさんは横からそれを見ていただけでしたが、旦那様は真剣に店長の話を聞いて、分かりました、ご迷惑をおかけしてすみません、と頭を下げてくださいました。

店長は「旦那さんが居たから大丈夫だと思うけど、もしかしたらもう一波乱あるかもだから、そうなったら俺の代わりに対応はよろしくねえ〜。」とけろっとしていました。冗談でもそんなこと言わないで欲しい、と内心戦々恐々としていた数日後、Mさんからおじさん宛に電話が。

どきどきしながら電話に出ると、開口一番Mさんから「本当にすみませんでした」と謝られました。おじさんたちの予想通り、Mさんは白内障だったそうです。

旦那さんに眼科に行くよう説得され、Mさんは店長の鼻を明かしてやろう、病気じゃないと言われたら怒鳴り込んでやる、と、ぷんぷん怒りながら眼科に行ったそうです。「あなたにも、店長さんにも酷いことをいっぱい言ってしまってすみませんでした。」と電話口で本当にしょんぼりしているMさんに、おじさんは一生懸命検査した店長にも、奥さんのためにと高いレンズを買ってくれた旦那さんにも、あの態度はあまりに失礼だろう・・・と内心Mさんに怒っていたのも忘れて、いいんです、いいんです、病気がきちんと見つかったなら、それが一番いいですから、と慌ててMさんを慰めました。

怒鳴られた当の本人の店長も、それを聞いて「あーーーよかったーーーこれ以上大事にならなくてよかったーーー!!」とうっかり本音を漏らしたのちに、「まあ、病気が早く見つかって、それをちゃんと治療することになったんだったら、それが一番良いよねえ。よかったよかった。」と、言っていました。


難易度の高い検査を行うのは、多くの場合、どこで検査を諦めるのか、という匙加減との戦いです。お客さんが納得できる度数が作れるなら販売し、それができないなら眼科さんに行ってもらう・・・というだけのことではあるのですが。

お客さんがどんなメガネを作りたくてお店に来たのか、という主訴を問診や会話の中で把握する技量、納得できる度数を作るために手を尽くす、検査の技量、経験。納得できるものを作れるかどうか、それを自分で判断するのは難しいですし、それができないときに、できない理由をお客様にお伝えするのは緊張します。

でも、同時に、我々は眼病発見の最初の窓口でもあります。普通に生きていて、なかなか眼科に行こうと思うことってきっと少ないので。メガネ屋さんで言われて・・・と眼科に行くことが、お客さんの目の健康を守ることにつながるわけです。

なので、辛くても、怖くても、そこは頑張らないといけないなあ。と思っています。可能な限り、快適な視界をお客様に提供できるよう手を尽くし、それが無理ならなるべく丁寧に、お客様に眼科を案内する。それが、おじさんのお仕事なのです。

などど、締めくくらせていただきましょうか。ではでは、おじさんでした。










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