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うなぎとコピー

出会いはいつも突然だ。

金曜日私はホテルニューオータニにいた。広告業界、コピーライターの集まりであった。行き慣れぬホテルであり、さらにホテルの中もなかなかに迷ってしまうほどの広さ、いくつもの宴会場がある複雑さであったから、集合時間よりかなり早く着くはずであった私も会場に着いたのは指定された時間の数分前であった。

しかし一度始まってしまえば数時間は出れぬと分かっていた私はどうしても先にタバコが吸いたかった。ホテルマンに喫煙所の場所を聞き、しばし会場を離れ、一服していた。すると喫煙所にひとりのダンディな男性が入ってきた。狭い喫煙所だったがそのときは幸いにも私しかおらず、男性にスペースを与えようと壁際に下がったときである。

「あれ、どこかで」とまだタバコに火をつける前の男性がそう言ってきたのだ。私はすぐには思い出せなかったが今日の集まりは数百人が来る。広告業界の関係者に違いないと思った。どちらから名乗るのか、そんな一瞬の躊躇い。間合い。お互いのタバコの火がチリチリと燃える。すると口火を切ったのは彼であった。しかし私はその口火に火傷した。

「(某うなぎ屋)の◯◯です」

説明しよう。そのうなぎ屋は名古屋にある比較的新しい店で、とある名店から暖簾分けされたことで評判であった。東京で、しかもニューオータニで、しかも広告業界の集まりの近くの喫煙所で、まさか名古屋のうなぎ屋の支配人に会うなんて。

「あっ、お世話になります」。広告業界の人だと思い込んでいた私は思わず「お世話になります」と口走ってしまったが、お店には四、五回行った程度であるし、支配人とはお店以外で会ったこともない。しかもお店と違って支配人はスーツを着ていたから、ただの客である私に分かるわけがない。「お店には何度か。。。」私がそう答えると支配人は「あ、やっぱり。いつもありがとうございます」と名刺を取り出した。彼が誰かは分かった。しかし彼が何故ここにいるのかはまだ不明である。もしやパーティーのケータリング?

すると逆に聞かれた。「今日はここで何か?」そりゃそうだ。向こうにとっても私は不思議だったはずである。名古屋でたまに来るくらいの汚いヒゲ面の客がニューオータニにいるのである。「広告の仕事してるんですがコピーライターの集まりがあって」「あー、なんか案内出てましたね。そーなんですね」「そちらは?」。すると彼は何か困ったような顔をしながら言った。

「全国のうなぎ屋さんが集まる会があって、私なんかもう若輩で、すごいお歴々が集まっていて、いやあなかなか大変で」。私は思わず笑ってしまった。どこの業界も一緒だ。その日私が出席した会にも重鎮がたくさんいた。もしかしたらうなぎ屋さんが集まる会でも「TUC(東京うなぎクラブ)賞」みたいなものがあって、キラ星の如く集まった名店の主人たちが今年一番のうなぎの座を争ったりしているのかもしれない。「ご覧ください、これが今年最高のうなぎです!」と紹介されるうなぎはきっとめちゃくちゃ美味いはずだ。そしてTUCにも広告と同じように、いや広告よりよほど歴史や伝統があるはずだ。

私は何故か少し気が楽になり、そのあとに会った広告業界のお歴々をもしこの人たちがうなぎ屋の店主だったらと想像した。どのような業界にも、ただただ美味いものを作ろうとしている人たちがいる。「また食べに行きますね」「ぜひお願いします」。そう言って私は支配人と別れた。

そういえば、日本のコピーの歴史で一番長く効いているコピーは「本日土用の丑の日」である。お後がよろしいようで。

#コラム

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