第9回AKB48選抜総選挙 総括

誰がなんと言おうと今回のAKB48選抜総選挙での最大のニュースは渡辺麻友の卒業発表である。

当然指原莉乃による24万票という2位と10万票差をつけるぶっちぎりの3連覇もトピックではあるが、それはあくまで選挙の結果であるし、その圧倒的な強さは今やニュースと呼ぶべき変化ではない。

総選挙は順位を決めるための選挙でありながら、いつからかメンバーにとっては所信を表明する場になっていた。感動の涙とか、名スピーチとか、順位以上に一人ひとりの所信がクローズアップされた。特に地上波で生中継されるようになり、その傾向は顕著になっていった。

分からなくはない。順位の変動に関しては詳しくなければその意味や価値を理解できない。しかし少女の涙やその幼さに似合わないスピーチなどは、AKB48に詳しくなくても理解できるからだ。ただ、人気メンバーたちの卒業や不出馬が続き、それにともなう指原の一強体制が敷かれた近年、総選挙というコンテンツが順位争いにではなく、彼女たちの所信に頼りすぎていたのも事実である。

だが、その所信というものは順位争いという過酷な現実があってこそ意味があった。

濃厚なファンたちとぶつかり合い、傷つけ合い、そして勝ち取っていく順位。自分が上がれば誰かが泣くという現実。それでも夢を叶えるのだという覚悟。それらがごちゃごちゃに混ざり合って高揚したときに溢れてしまった言葉。「私のことは嫌いでも、AKBのことは嫌いにならないでください」に代表される切実さはやはりあくまで順位争いという過酷さのもとにあったのである。

もちろん、今のメンバーたちにもその想いはあるはずだけれど、不出馬という権利が誕生して以降、システムとしての過酷さがなくなってしまっているのである。そうなると順位争いはしつつも、今の総選挙に出馬する目標は昨年の自分の順位、票数を上回ること、もっといえば自分と戦った達成感を味わうことという曖昧なものになりつつあったのだ。それが悪いことだとは言わない。組織が巨大化していけば一人ひとりの考えを尊重しなければまとまっていかない。

ただ、もともとは過酷さゆえに溢れ出た言葉たちだったはずのスピーチが、商品化してしまい、言う方も聞く方もある程度のレベルを期待しはじめた中で、その目標の曖昧さは「商品としての所信表明」に拍車をかけたのである。つまり、ただの青年の主張になってしまった。アピールの場になってしまった。

それが今回の「結婚します宣言」を直接的ではないにしても、許容してしまった原因でもあると思う。ただ彼女は自身のことをアイドルだと思ったことはないと言っていたので、私には語る権利というか、語る術がない。書くことから逃げるわけではないが、アイドルの文脈で語るにはあまりにも話が違う。

前置きが長くなったが、そうした流れにあって久しぶりに「本当の所信」を表明したのは、渡辺麻友ただひとりではなかったか。

「私はAKB48を卒業します」

無観客であったから悲鳴こそなかったが、この飾り気のないシンプルな言葉にはいろいろな意味があった。

まず渡辺麻友はこの言葉を選挙前に言ってもよかったはずである。間違いなく、票数は伸びた。相当数伸びたはずである。結果だけを見れば10万票差を埋められはしなかったとは思うが、最後の総選挙へのベストの尽くし方として卒業をマッチポンプにする作戦は誰が責められるものではない。もっともファンが責めるわけはないのである。

しかし、渡辺はそれをしなかった。指原・渡辺体制は実は昨年の指原連覇のときに終わってはいたが、それがさも続いているように振る舞うことを自分に課したのだ。真っ向勝負を世間に装うことで、どうしても話題性の乏しかった今回の総選挙の内実を隠そうとしていたのではないか。卒業への同情票で指原と戦ってもそれは非常にエモーショナルなものになってしまい、AKB48の元気を示すモノにはならない。そして一方の指原も総選挙は今年で最後であると明言している。今年は不出馬の可能性も高かったが、彼女自身もイベントとして成立させるために出馬したと言える。

実質、今年の総選挙は上位ふたりにとってはウイニングランだったのだ。誤解を恐れず言えば、流して走ることができた。それはファンも分かっていた。それなのにウイニングラン見たさに集まったのは、ふたり合わせて40万近くの票数。神セブン(形骸化してはいるが)の残り3位~7位までの票数をすべて足してやっと届く数字なのである。

このことが示しているのは、もはやAKB48というアイドルグループのファンたちは、グループ信仰というよりもメンバー個人を信仰しているのであり、総選挙自体はそもそもそれを狙い、その狙いが功を奏してグループは大きくなったのだが、個人信仰とそれに紐づいた思い入れが強くなり過ぎた、長く続きすぎたということなのだと思う。

長年のファンであればあるほど、熱いファンであればあるほど、他の人に投票する、または推すという動機を持ちづらくなっているのだ。では比較的ファン歴の浅い人たちにそこまでの熱さが持てるかといえば、黎明期からともに登りつめてきたという思い出を共有できてない以上、それはどう頑張っても無理なのである。個が強いことが魅力のグループだからこその諸刃なのだ。

指原と渡辺に投じられた40万票が来年は誰かに投じられるのか、消えてなくなるのか。その答えを曖昧にして終わりたいところだが、その答えは決まっている。40万票は消えてなくなる。新しいファンに、新しいメンバーが火をつけなければ物語は始まらない。

たとえば今回速報で1位、最終的に5位にランクインしたNGT48の荻野のような存在が、どれだけ増えてくるかにかかっているのだが、それでもなお、40万票という、また指原的アイドルと渡辺的アイドルの共存という、AKB48の13年の歴史が辿り着いた「現在」は第2章(前田、大島を第1章とするならば)ではなく、限りなく最終章に近い。そしてその最終章も、グループのために辞めどきを何度も見送ってきた渡辺の卒業により、いよいよこのグループを私たちファンはどう見届ければいいのかを真剣に考えなければならなくなってきた。

そう思い至るときに、私がそれでも唯一「結婚します宣言」を残念に思うことがあるとすれば、その内容云々ではなく、AKB48という組織をひどく体制側に見せてしまったことだ。

組織にアイドルとしての個人ではなく、本当の意味での個人、つまり異端が持ち込まれた。異端を批判すると組織は突然歳をとる。最終章を迎えつつあると予感された今年の総選挙にとって、この偶然のタイミングは不幸であった。

AKB48という物語に楽しませてもらってきたファンとして、それだけは言える。

#コラム

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