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しあわせふしあわせあわせて人生さ 〜 岩佐美咲「初酒」

(4 min read)

岩佐美咲 / 初酒

岩佐美咲の全オリジナル楽曲10個のうち、愛好度どんどん増しなのが「初酒」(2015)。ファンにより、やっぱりデビュー曲の「無人駅」がいいとか、最大のヒット曲「鞆の浦慕情」がすばらしいとか、常に最新楽曲を推したい(いまは「アキラ」)とか、さまざまだと思いますけど、ぼくにとっては「初酒」。前から好きだったけど、このごろますます。

なにがそんなにか?って、秋元康の書いた歌詞がぐっと胸に迫るというか癒しなんです。1コーラス目出だしでいきなり「生きてりゃいろいろとつらいこともあるさ」。このテーマに沿った歌詞が最後まで展開されます。つまり、生きづらかったり苦しんでいたり孤独に悩んだり、そういうひとのための歌なんですね。「しあわせふしあわせあわせて人生さ」。あたりまえのことだけど。

そもそも美咲の曲ってほとんどぜんぶが暗い悲恋、失恋、苦恋ばかりで、もうそれしか歌っていないんじゃないか、なんだったらそっち分野専門の歌手なんじゃないかと思いたくなるほどなんですが、それはたぶん制作サイドが演歌の常道、定型にはめているというだけのことなんでしょう。

それなのに「初酒」だけは例外。ずんどこ調のビート(はこの「初酒」に出会うまで嫌いだった)は前向きの推進力をもった人生の応援歌で、メロディ・ラインもそう。またねえ、それを歌う美咲のヴォーカルが、初演ヴァージョンではなにげなくストレートにこなしていますが、近年ライヴでは声質やトーンを曲のなかで歌詞の意味にあわせさまざまに使い分けるようになっていて、ピンポイントでこちらの弱点をついてきます。

1995年生まれの美咲にとって、成人してお酒が解禁になった年のリリース曲だったもので、秋元はじめ制作陣も、じゃあお酒をテーマにちょっと一曲といった程度のきっかけにすぎなかったはず。それがいまでは人生の辛苦をなめてきた人間にはこの上なく沁みる歌へと成長しました。

このことを強く実感したのはナマ美咲初体験だった2018年2月4日の恵比寿ガーデンホール。昼夜二回のコンサートだったんですが、その開幕昼の部のオープニングが「初酒」だったんです。あれでぼくの涙腺は崩壊しボロボロに泣いてしまって、となりにすわっていたかたのその後のお話では「周囲半径2メータくらいにいたお客さんはみんな気づいていたと思います」。

2019年秋リリースだったCD『美咲めぐり〜第2章〜』(初回限定盤)には、ちょうどそんな時期のライヴ・ヴァージョン「初酒」が収録されているので、いかにこのころの美咲の歌がすばらしかったか、手元のパソコンでワン・クリックしさえすりゃ味わえます。

もう初演のスタジオ録音とはぜんぜん違って、声に華やかさや艶がこもっているんですね。明るさや輝きもグンと増していて、笑みすら聴きとれるヴォーカル・トーンでこんな歌詞をそっとやさしくぼくらの心の芯奥に届けてくれる美咲のやさしさが沁みてきて、だからこそ「初酒」みたいな内容の歌がいっそうの説得力をもって響いてくるんですよね。

(written 2022.5.27)

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