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バラードはソロ・キャリア初期からかなりよかったマイルズ

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マイルズ・デイヴィスの初期ブルー・ノート録音は、『Vol. 1』と『Vol. 2』の二つのアルバムにすべてがまとめられています。1952/5/9、53/4/20、54/3/6と三回のセッションで収録されたもの。

このへんのマイルズ初期ブルー・ノート音源がもともと10インチLP三枚だったことは、一度くわしく書きました。ずいぶん前の記事なのでおそらくみなさん忘れているだろうということで、もう一回書いておくことにします。リンク書いて案内してもクリックされませんし(でもいちおう貼っておく↓)。

まず最初、1952年録音はJ. J. ジョンスン、ジャッキー・マクリーンをふくむセクステット編成。完成した六曲が同52年に『ヤング・マン・ウィズ・ア・ホーン』という10インチLPに収録され、発売されました。

1953年のセッションはJ. J. ジョンスン、ジミー・ヒースらをによる、これまたセクステット編成。やはり六曲が完成し、同年に10インチ盤『マイルズ・デイヴィス・ヴォリューム 2』として発売。

ラスト1954年は、ホレス・シルヴァーをピアノに据えたワン・ホーン・カルテット。このときも六曲録音して、やはりこれも同年に10インチ盤『マイルズ・デイヴィス・ヴォリューム 3』となりました。

マスター・テイクだけならこれでマイルズの初期ブルー・ノート録音はぜんぶです。いずれも六曲づつ、すべて10インチLP、一年に一枚づつその年の録音分が収録・発売されたわけですから、わかりやすいんじゃないでしょうか。

それらぜんぶひっくるめ、未発売だった別テイクも入れて、12インチLP二枚となってまとめられたのは1956年のこと。その際ブルー・ノートが採用したタイトルが『Vol. 1』と『Vol. 2』で、ジャケットもいちばん上に掲げた二つのとおりです。これらもちょっと10インチっぽいジャケですけどね。

それで、これら初期ブルー・ノート録音のマイルズのことが、個人的には大学生のころからけっこう好きなんです。世間的にはまったく人気がないし、評論家筋の評価もかなり低いということで、なんとなく言いづらい雰囲気が長年ありました。

そんなことを気にせずに書いた過去記事が上にリンクした2016年のものだったんですけれど、これもあまりアクセスがなくてですね。やっぱりなぁ、このへんのマイルズのことはみんなイマイチなのかも?とちょっぴり落胆したという次第。

でもねえ、ホント、たとえばバラード吹奏なんかは、この1950年代初期においてすでに完成されているとみていい立派な内容ですよ。マイルズ初期ブルー・ノート録音にあるバラードといえば、以下の五曲。

1952年(録音順)
「ディア・オールド・ストックホルム」
「イエスタデイズ」
「ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン」

1953年
「アイ・ウェイティッド・フォー・ユー」

1954年
「イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド」

54年の「イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド」をカップ・ミュートで吹いていることを除けば、すべてオープン・ホーンでの吹奏。マイルズにとってハーマン・ミュートがトレード・マークになったのは1955年ごろからのことですから。

また52年、53年はセクステット編成であるにもかかわらず、これらバラードにかんしてはワン・ホーン・カルテットでの演奏なのも特徴でしょう。例外は「ディア・オールド・ストックホルム」。そこではアルト・サックスのジャッキー・マクリーンのみごとなソロもフィーチャーされています。

おもしろいのは「イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド」も「ディア・オールド・ストックホルム」も、数年後にファースト・レギュラー・クインテットで再演していること。前者はプレスティジの『ワーキン』に、後者はコロンビアの『ラウンド・ミッドナイト』に収録されています。

しかしいずれもきょう話題にしているブルー・ノート・ヴァージョンのほうが情緒感があって出来もいいんじゃないかと思えるんです。個人的な好みもおおいに関係しての判断ですけれどもね。「イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド」はプレスティジ・ヴァージョンと甲乙つけがたいというのが事実ですが、ぼくはカップ・ミュートの音色のせいで仄暗いリリカルさの出ているブルー・ノートのほうが好き。

「ディア・オールド・ストックホルム」にいたってはですね、コロンビア・ヴァージョンではバラードであるという表現様式はいったん捨てて、ビートの効いたミドル・テンポ・ナンバーへと大胆に変貌させています。リズム・セクションの動きに特徴のある内容で、なかなかおもしろいのではありますが、バラードとして聴いたらブルー・ノート・ヴァージョンのほうに軍配が上がるでしょう。

「イエスタデイズ」「ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン」もみごとにリリカル。情緒的なバラード吹奏ぶりで、しかも、こういったムードを感じさせる要素は1955年ごろ以後マイルズから消えてしまったと思うんですけど、独特の丸さ、暗さ、ムーディさがあります。レギュラー・クインテット結成以後はもっとキリッと引き締まった痩身の演奏をバラードでもするようになりました。音楽としてはそのほうが上質でしょうけども。

まだそうなっていないぶん、テンポのいいグルーヴ・ナンバーなんかでは物足りなさを感じさせるいっぽうで、バラード演奏では(その緊張感のなさがかえって)リリカルな表現に独特のムードというかくぐもった仄暗さというか、えもいわれぬ雰囲気をもたらしているんじゃないかと思うんですよね。

初期ブルー・ノート時代のマイルズはいまだ未完である、がしかしそれゆえに、バラード吹奏では自分にしかできない独自の個性を見出しつつあって、ある意味これはこれで立派だとも言えるんです。チャーリー・パーカー・コンボ時代からリリカルなバラード表現には長じていましたから。

(written 2021.7.21)


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