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バラディアーとしてのマイルズの真価 〜「I Fall in Love Too Easily」

(4 min read)

Miles Davis / I Fall in Love Too Easily

同じ曲の話をなんどもしてごめんなさい、でも昨晩22時半すぎ、なにげなく流していたプレイリストでふと耳に入ってきたマイルズ・デイヴィスの「アイ・フォール・イン・ラヴ・トゥー・イーズリー」で、思わず泣いちゃった。

マイルズ1963年のアルバム『セヴン・ステップス・トゥ・ヘヴン』の3曲目なんですけど、この作品はウィントン・ケリー、ジミー・コブらがいたレギュラー・バンドの解散後、次のニュー・バンドを結成するまでの端境期に録音されたものです。

正確には二種類のセッションで構成されていて、2、4、6曲目が新しく結成したばかりのニュー・クインテット(ジョージ・コールマン、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムズ)による初録音。それ以外の三曲はその直前にロス・アンジェルスでセッション・ミュージシャンを起用して誕生したものです。

ハービーらで構成されるニュー・クインテットは、その後1968年まで目覚ましい大活躍をすることとなり、マイルズの音楽生涯を通しても一つのピークだったといえるほどなので、だから63年の『セヴン・ステップス・トゥ・ヘヴン』はその最初の入口にあるものと捉えられることがほとんど。

ですが、ぼくの見方は違います。このアルバムの聴きどころは、ワン・ホーン編成によるLA録音のバラード三曲。ハーマン・ミュートでどこまでも切なくリリカルに吹くマイルズの持ち味が存分に発揮されていると思うんですよね。

音楽的なシャープさ、新時代を先取りする気概、溌剌としたバンドの躍動感などはまったくないそれら三曲こそ、だからゆえにかえって、バラード吹奏におけるマイルズのチャームを理解するのにもってこいですし、ほんとうに美しいとぼくは心から感動します。

これは40年以上前からずっといだき続けている実感なんですけど、低評価ぶりと、ニュー・クインテットによる若々しいみずみずしさが聴ける三曲との落差が大きいので、あまりおおっぴらに公言できないままマイルズ・リスナー人生を送ってきました。

とはいえ過去にこのブログで一度だけ記事にしたことはありますけれど。

なかでもA面ラストだった「アイ・フォール・イン・ラヴ・トゥー・イーズリー」でのマイルズの切なさ極まる演奏ぶりは絶品。伴奏(ヴィクター・フェルドマン、ロン・カーター、フランク・バトラー)も肝所をおさえた職人芸で、ため息が出ます。

この曲はコロンビア時代の1945年にフランク・シナトラが歌ったのが初演で、シナトラ好きだったマイルズは、それが理由でとりあげたに違いありません。線の細い頼りなさげで女性的なハーマン・ミューティッド・トランペットのサウンドは、シナトラの味とはだいぶ違いますね。

マイルズの「アイ・フォール・イン・ラヴ・トゥー・イーズリー」、四人でどこまでも淡々と静かにおだやかにこの切ないメロディをつづっているようでいて、しかしそれでもやや熱を帯びているかと思える瞬間もあり、内に秘めた爆出しそうな孤独と哀感を音楽的にきれいに蒸化していく様子に、バラディアーとしてのマイルズの真価を聴く思いです。

みずみずしい三曲に比べ、それらには表現が円熟しきった退廃すら感じられ、それも理由でぼくはずっと愛してきました。

(written 2022.2.16)

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