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聴き手も歳をとらないとわからないものっていうのがある(1)〜 カーティス・メイフィールド

(3 min read)

Curtis Mayfield / New World Order

それでぼくも唐突に思い出し聴きなおしたカーティス・メイフィールドの遺作『ニュー・ワールド・オーダー』(1996)。これが出たときぼくは34歳、公私ともに好調だった時期で、あのカーティスがひさびさに新作をリリースした!首から下が不随で歌えないはずなのにどうやって?!という話題性のほうがあたまのなかで先行していたように思います。

2022年。あのころのぼくはいまやなく、持っていたものをほとんど失い、将来に向けて残されているのは不安と頼りなさと弱々しさだけ。人生の最終期への入口に立っていて、おだやかだけどダーカーな黄昏色がいや増すばかりですが、そうなってみればカーティスの『ニュー・ワールド・オーダー』みたいな音楽は聴こえかたが変わってきました。

大切なものをなくした喪失感や取りもどせない絶望とあきらめ、しかしそれは決して劇的なものではなくひっそりと平穏に心の底に常にありながら、つらく苦しい思いを重ねてきた結果たどりついた静かな日々の生活をつつがなく送っているという、そんな年齢と心境に達すると、カーティスの『ニュー・ワールド・オーダー』みたいな音楽が、心の芯に沁みるんです。

哀しみや苦しみやつらさ、平穏な諦観に寄り添ってくれる音楽だっていうか、カーティスがどんな気持ちでこういう歌を歌ったのかと想像するにやや恐怖すら感じますが、自分の人生はもう終わりだ、もうすぐ死ぬ、だけどもその代わりに新しい生命がいま誕生したじゃないか、それがニュー・ワールド・オーダーだ、というようなフィーリングが幕開けから最終盤まで横溢しています。

サウンドの色彩感も暗く夕暮れ的なものが支配的で、まさに「ダーカー・ザン・ブルー」なトーンに貫かれているんですが、この音楽にあるのはたんなる苦しみやあきらめだけではありません。これまでずっと人生をやってきた、いまはたしかに終末期だけど、かつての激しさやとんがりにとって代わっておだやかで落ち着いた静かな心境があるよっていう、そんな人間的説得力がこもっているんじゃないでしょうか。

こういった音楽に心の底から共感し、癒されるようになってきました。大事故で身体の自由が失われ音楽活動ができなくなって、どれほどのつらさや暗さ、絶望をカーティスは味わってきたことか、でもそれだからこそ最後にこんなおだやかであたたかい質感の音楽を残すことができたんです。

ほんとうに大きなものを失うことがなかったら決して産まれえなかった音楽、そういえます。

(written 2022.3.1)

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