12月12日。 隅谷正峯「鎌倉期の刀に匹敵するものを作る」

隅谷 正峯(すみたに まさみね、1921年(大正10年)1月24日 - 1998年(平成10年)12月12日)は石川県松任市(現在の白山市)出身の日本刀匠。

金沢一中時代、刀剣展を見て刀にひかれ、日本刀愛好会をつくる。立命館大学理工学部機械工学科卒業と同時に刀匠・桜井正幸に入門。独立後は興国日本刀鍛錬所(広島県尾道市)へ。その後、日本刀鍛錬所傘笠亭を松任市に開いて多くの作品を手掛けた。

1965年以降には新作刀に与えられる最高賞である「正宗賞」を3度受賞。1989年には伊勢神宮式年遷宮御神宝太刀を制作した。天下三名槍である「日本号」の写しは現存の写しの中で最高傑作と言われる。地鉄の研究にも熱心で知られた。1975年ごろから正倉院蔵刀子や四天王寺蔵刀剣類を参考に小刀や刀子を研究、制作を続けた。 鎌倉時代の備前刀を得意とし、隅谷丁子と呼ばれる独自の華麗な丁子刃文を完成した。1981年に「人間国宝」に認定された。

王朝時代を指導した貴族に代わり、勃興した武士が政権を担った鎌倉時代は各方面で新しい文化が花開いた。宗教。彫刻。絵画。工芸。建築。庭園、、。

仏教の主な宗派は鎌倉時代に起こった。大災害の連続と政治の乱れのあった平安末期以降には既成仏教の堕落があり、新しい仏教が多く生まれている。法然、親鸞の民衆仏教、日蓮の日本を意識する思想、栄西、無学祖元、一遍、、。 仏像も鎌倉期が最高だ。運慶は平安時代から鎌倉時代へと時代が移り変わる激動の時代に生きた日本史上最高の彫刻家であった。 作陶の備前焼の藤原啓も鎌倉期の力強い作風に惹かれる。

勃興し意気上がる武士の象徴が刀であり、日本刀も鎌倉時代が最高である。刀の形のよさは作り手の品性から生まれるから、鎌倉期の刀工は優れた鑑識眼を持った、人間的にも立派な人だったことになる。鎌倉期の刀工たちの魂をにらみ、日々鍛錬したのである。世界的な人間ができて初めて世界的な絵が描けると、日本画の横山大観も言っている。こういう思想は共通している。

岡山県倉敷に今泉俊光刀匠記念館を訪れたことがある。1898年生まれで、人間国宝の今泉俊光は、95歳当時(1993年)、これからどんな仕事をしたいですかという問いに、やはり「まだまだ頑張って鎌倉期のような刀を造ってみたい」と答えていた。

「 鍛錬」という言葉は、もともと日本刀を作るときのやり方を示した言葉である。鍛とは鋼をたたき鍛えること、錬とは水につけて練ることだ。これによって強く、しなやかな刀が誕生する。人についても鍛錬が大事である。剣豪・宮本武蔵は「千日の稽古をもって鍛とし、万日の稽古をもって錬となす」と五輪書で言っている。名匠・隅谷正峯は鍛錬の人であった。


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