1月8日。小森和子「ダメならダメでしようがない。まずは思った通りにやってみよう。そんな度胸のよさが人生を切り開いてくれることもあるのね」

小森 和子(こもり かずこ、1909年(明治42年)11月11日 - 2005年(平成17年)1月8日)は映画評論家、タレント。

『婦人公論』編集部を経て、菊池寛の『映画時代』編集部で仕事をし愛人となった。京都では川口松太郎の愛人となる。32歳、神戸でOLをしていた頃知り合った小森一郎(NHK会長の息子)と結婚。1947年、淀川長治編集長の『映画の友』で仕事をする。48歳、離婚。1958年、単身渡米し大ファンであったジェイムス・ディーンの墓参。滞在中に檀一雄と恋愛関係になる。六本木でムービー・サロン「ココ」を20年にわたり主宰。1992年には、映画資料1万点を熊本の映画サークルに寄贈。人材育成費として松竹に3,000万円を寄贈。

話を切り出す際の一人称として「おばちゃまはねぇ…」を使うことが多かったことから、テレビなどでは小森のおばちゃまと親しまれた。たまねぎのようなユニークな髪型と率直な言動で独特の雰囲気があるタレントだった。若き日の片岡鶴太郎がマネをして人気が出た。映画に詳しい女性としか知らなかったが、今回調べてみて相当なタマであることがわかった。

「『小森和子自叙伝 流れるままに、愛』は読み出すととまらない。小森のおばちゃまが、世界中の男は自分を愛してくれる…と自己愛満載で、思わず噴き出したり、うんざりしたり」(泉悦子)。

1983年に「テレフォンショッキング」に出演し、翌日ゲストのイルカに電話する際、相手の電話番号を口に出してしまう放送事故が発生し、翌日、登場したイルカは「おばちゃまのせいでイタズラ電話が殺到した」と苦笑していた。

小森和子には男女関係を巡る武勇伝が多い。不羈奔放な女性だった。そのエネルギーは「度胸」だ。自分を実像以上に見せようとして緊張するからあがるのであり、ダメならダメでしょうがない。思いきってぶつかって知り合った有名人との関係をこやしにして、体当たりで人生を切り開いていった人だ。

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久恒 啓一

名言との対話(平成命日編)5

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