1月21日。 西部邁「人間を正気にさせるのは、重病による入院、戦争、独房体験の三つしかない」

西部 邁(にしべ すすむ、1939年(昭和14年)3月15日- 2018年(平成30年)1月21日)は、日本の保守派の評論家、経済学者。

60年安保闘争の全学連は唐牛健太郎全学連委員長、西部邁書記長という布陣だった。その西部は経済学研究でスタートし、大衆化や米国流の経済思想を鋭く批判し注目された。 1988年、中沢新一の助教授推薦を教授会が拒否したことに抗議して東大を辞職。その後保守の月刊オピニオン誌「発言者」を創刊し主幹を務めた。討論番組「朝まで生テレビ!」のメンバーとして鋭い批判の言葉を繰り出し人気を呼んだ。

保守論客であった西部は、2003年(平成15年)にアメリカがバグダッドを攻撃した時、「これはアメリカの間違いである」と批判した。皇室の皇位継承については、日本国家を統合するための象徴機能は皇室であり、「血」統よりも「家」系を重視するのがよく、「女系」にも「女子」にも皇位継承が可能なようにすべきとしている。国家の自立と自尊の確保を目指す立場から日本の核武装、徴兵制の導入、防衛費の倍増、尖閣諸島の実効支配強化を主張している。

2018年5月28日発刊の『日本人とは、そも何者ぞ』を読んだ。澤村修司と浜崎洋介と一緒に日本の聖徳太子から始まる1400年の歴史を縦走しているこの本では「グローバリズムの挫折と国民国家への回帰という世界史な流れの中で、日本だけが、まるで国家としての活力をなくしたかのように静まりかえっている」「、、ペラペラな存在になった。感情を無くして、みんなスマホを見て、世界の情報を黙々と見て、すぐ忘れる。これが現状です」「日本人はもういません」と絶望している。また、武士道を説いた『葉隠れ』にある「死ね」と「暮らせ」の矛盾を西部は「死ぬべき時と、死ぬ理由をしっかりと見極める」と解釈している。

西部は著書などでは「自然死といわれるものの実態は『病院死』にすぎない」、「生の最期を他人に命令されたりいじり回されたくない」、「死に方は生き方の総仕上げだ」と記し、自ら命を絶つ「自裁死」の意思があることを述べていた。

2000年12月に単行本が出て、2004年12月に文庫となった『私の死亡記事』(文藝春秋編)という面白い本を読んだことがある。ネクロロジー(死亡記事、物故者略伝)では、客観的評価が記されるが、本人が思っていることとは別である。この企画は生前に本人に死亡記事を書かせようという前代未聞の企画である。102人の識者がこの企画に賛同して真面目に、ユーモアたっぷりに書いていて読ませる。この中で、西部邁は、「薬物自殺。自死、自裁、享年78・自死」と書いている。2017年1月21日に愛する妻との思い出が残る多摩川で78歳で自裁しているから、60歳前後からこの時期に決行しようと決めていたのである。病院で不本意な延命治療や施設で介護など受けたくない。それを避けるなら自宅で家族の介護に頼るほかない。だがそれも避けたいとなれば、自死しかないという判断だろう。

「重病、戦争、独房」によって初めて人間は正気に返る、という西部邁の生涯を通じてのメッセージは、死生観も含めて「日本人よ、正気に戻れ」ということであろう。

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久恒 啓一

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