1、正直不動産

まず最初に、『正直不動産』という漫画をご紹介します。大谷アキラさん、夏原武さん、水野光博さんの漫画です。

不動産=大金が動く、契約に持ちこめば勝ち、口八丁手八丁、ちょっとダーティな部分がある…そんなイメージはありませんか? 不動産業界は「千三つ」と呼ばれており、千のうちに三つしか真実が無いという、営業に不必要な情報は言わない、都合の悪い情報は言わない、嘘の情報にあふれた業界だそうです。そんな中で「正直」に営業をする(嘘をつくことができなくなった)男の奮戦を描いた漫画です↓。

そのような状況では、チーム営業もへったくれもないかもしれません。事実、「正直不動産」の営業現場では『フルコミ』の営業部員が出てきます。完全歩合制です。売り上げが上がれば上がるほど給料が増える。ただし売り上げが無ければ給料も無い。まさに一騎駆けの武者、功績を挙げた者勝ち、不動産業界は、そのような会社も多いのかもしれません。

私は前のnote記事で、このように書きました↓。

『百歩譲って、営業部など競争し合うフィールドであれば、自由放任でやらせる方法もあります。お客さんと相対する営業であれば、社内間競争もあり、1つの美味しい案件をめぐって、知恵と根性で取り合うことも必要かもしれません。営業の仕事は必ずしも定型なものではないからです。あえて例えれば、ゴールを狙うフォワード、ストライカーの世界です。ゴール前では密集してようが何しようが、ゴールに押し込めば勝ちです。』

この文章は、『正直不動産』の現場をイメージしながら書いたのですが、半分はそうだと思う反面、反面違うのではないか、とも思っています。「方法もあります」とぼかして書いたのはそのためです。

サッカーの例えを使って書いたので、もう一度サッカーで例えますと、圧倒的な個人技でゴールを狙う「一騎駆け営業」みたいなフォワードもいれば、チームで1つの戦略の元でパスを細かく回してゴールを狙う「チーム営業」みたいなフォワードもいる、ということです。もとより、フォワードは基本的には個人の力量がものをいう世界ではありますが、「何も考えずに個人だけ」のフォワードと、「戦略を共有した上でチームで動く」フォワードとでは、得点力に差が出ることは明白です(一部の天才を除く)。なぜなら、サッカーは団体競技だからです。会社の営業も、基本、組織で動くので同じです(一人親方、個人のフリーランスなどはこの限りではありません)。

前置きが長くなりましたが、この記事は「一騎駆け営業」と「チーム営業」について考えます。

2、V字回復の経営

三枝匡さんの『V字回復の経営』という本があります。瞬く間に全国に広まった大ベストセラーです。テーマは「戦略」。いかに企業を立て直すか、企業再生の本です↓。

強烈に面白くてためになるので、詳しくはご一読いただければと思いますが、この本の内容の一部を引用いたします。少し長くなります。場面は、企業再生を目指す主人公の「事業部長」が、営業方法の現状を確認すべく、「現場の営業担当者」にヒアリングを行っている場面です。営業担当者の回想という形式で書かれています。

「売りにくい商品があれば、他の商品でカバーすればいいということになっています…」あたしもドジでね(笑)。…この一言が火に油を注いだ感じでした。私はまだ、事業部長が何を気にしているのか、よく分からなかったのです。「おかしい。そんなやり方をしたら、『何を売ってもいい』ということになってしまう。本社の営業戦略が成り立たないじゃないか」「でも、アスター工販の営業部長も、売上合計のことしか聞いてきませんよ。品目別は、単なる内訳の話です」「単なる内訳?…」「それを気にしているのは、アスター事業部のプロダクトマネージャーだけですね。時々、事業部から電話がかかってきますから」事業部長は、何か、ものすごくがっかりしたような感じでした。

こんな感じで、末端の営業部隊に、本社の営業戦略が浸透していない現状が明らかになります。事業部長はさらに問い詰めていきます。

「君の部下一三人が出す日報は、一カ月三〇〇枚近い、それを全部読んで、一人ひとりの行動を商品別に押さえて、さらに顧客別に拡販の進み具合をチェックして、特に新規の開拓状況を確認する…バラバラに出てくる日報で、そんなことを全部フォローできるの?」できません(笑)。…ホンネで言えば、全部アタリです。「結局は売れそうな話が出てきたら一本釣りで、どうなってる、どうなってるって追いかけ回して、そして月末が来たら売上総額が達成できるかどうかで尻を叩く…そういう形だろ?」これは、かなり的確な描写ですよ…すごいですね。感心している場合じゃありませんが。「そうやってかけずり回っていると、本社の重点方針が何だったかなんて、どっかに行っちゃうだろう?」

引用はこのあたりまでにしますが、要は、戦略がなく(浸透せず)とにかく売り上げを上げればよい、となると、帳尻合わせで動くだけ、戦略(方針)に従って動くと見せかけて実は各自バラバラに動いているだけ、となります。活動管理もできません。ただの「烏合の衆」となります。

三枝匡さんは、この本で「不振事業の症状50」を挙げておられますが、この場面ではこんな「症状」が挙げられています。

症状38:営業の「やってもやらなくても同じ」は、①「戦略」が個人レベルまで降りていない、②毎日の「活動管理」のシステムが甘い、の2つによる。

売上合計だけ合わせればいい、何を売ってもいい、活動も管理されない。こういう状況では、「チーム営業」を装った「一騎掛け営業」になっていきます。フルコミのような、肝の座った「一騎掛け営業」ではありませんから、自信も度胸もない。ただ毎月の売り上げを何とかしているにすぎない。これは変えなければいけないと、「事業部長」は抜本的な改革に乗り出すのですが、気になる方はぜひ『V字回復の経営』をお読みください。

3、一騎掛け営業 VS チーム営業

さて、この2つの本の事例から、一騎掛け営業 VS チーム営業について考えていきましょう。

人間には個性があります。特に、営業は個性がものをいう世界です。なぜなら、顧客という人間相手だからです。人間は好き嫌いが激しいものです。となると、魅力ある営業担当者には、顧客がついていきます。魅力のない営業担当者には、顧客がついていきません。つまり「属人化」です。

一方で、組織にも個性があります。しかし、組織は人間の集まりですから、個々人の好き嫌いを考慮しないことがあります。「組織の論理」というもので、一人ひとりの事情を聞いていたら全体は動かせない、ということは多々あります。営業面で限れば、「あいつは気に食わないけど、あいつの会社のモノはいいから(利益があるから)取引しよう」ということはよくあります。つまり、組織だと、ヒトの個性よりもモノ・金の論理で動くことが多いのです。「脱属人化」です。

そう考えると、以下のような図式が成り立つのではないでしょうか。

個人=人に依存する=属人化傾向

組織=人以外(モノ・カネなど)に依存する=脱属人化傾向

…これ、しごく当たり前ですね。個人=属人化なんてそのまんま。しかし、もう少し考えを進めますと、このような図式になるのでは。

個人で商売する=人に依存する=属人化傾向

個人相手の商売=人に依存する=属人化傾向

組織で商売する=人以外(モノ・カネなど)に依存する=脱属人化傾向

組織相手の商売=人以外(モノ・カネなど)に依存する=脱属人化傾向

いわゆるBtoB、BtoC、CtoB、CtoCなどの考え方ですね。B=Business(法人)なのか、C=Customer(消費者)なのかにより異なる。このあたりの定義などは、以下の記事にてどうぞ↓。

『正直不動産』の営業は、世帯向けのマンションや一戸建ての不動産を仲介する仕事が多い描写になっていますので、どちらかというと一般消費者(C)相手です。大家さんも個人(C)のことが多い。つまり、営業担当自体は組織(B)なのですが、CtoCのビジネスです。ましてや、フルコミ(完全歩合)の担当者は、組織(B)に属していながら、実態はフリーランス、つまりCに近い。こういう状況では、人間の魅力、一騎掛け営業的なもののほうがフィットします。

一方、『V字回復の経営』の営業は、基本、組織と組織のビジネス。つまりBtoBです。こういう状況では、いかに魅力ある商品を、いかにそれを求めている組織にアプローチするのか、組織的な動きが求められます。こういう状況では、チーム営業的なもののほうがフィットします。一騎掛け営業ではどうにもならない部分が多いからです。

しかし問題は、『V字回復の経営』でも出てきたように、組織的に戦略に基づいてアプローチしなければならないのに、実態は一騎掛け営業を強いられているケースが多いことです。というか、大部分の営業担当者は、そのような状況に置かれているのではないでしょうか。

一見、確固とした営業戦略があり、本社(本部)からの縛りがあり、戦略的にチーム的に動いているように見せかけていても、実はそうではない「仕事ごっこ」ということもあります。そもそも、営業戦略が正しいのかどうか、現場では判断しにくい部分もあります。間違った営業戦略に縛られて営業をすることほど、苦しいものはりません。それでも「根性」で売り上げを上げている営業もいるので、その営業戦略が失敗か成功かを見極めるのは難しい。団子サッカーの修羅場の中では、落ち着いて戦略を見極める暇がないのです。だからこそ、監督つまり経営者の現場外からの目で、戦略を構築する必要があります。

長くなりましたがまとめると、「それぞれの業界、それぞれの顧客の状況を見極めて、戦略ある一騎掛け営業、戦略あるチーム営業を行うべき」となりますでしょうか。どちらにしても、戦略は必要なのです。

4、目的>戦略>戦術

私は以前に、このようなnote記事を書きました↓。

ここで引用した「戦略の定義」を、もう一度引用します↓。多田翼さん(@countand1)のツイートより。

目的:成し遂げたいこと [Why]
戦略:目的を達成するために、やること・やらないこと [What]
戦術:戦略の具体的な実行プラン [How]

戦略とは、やることととやらないことを明確に区別することが大事です。サッカーのフォワードで言えば、自分の得意なシュートを意識して、その強みで勝負すること。ヘディング・ボレー・長距離・ドリブル・PK、なんでも得意の天才なら良いかもしれませんが、強みを意識して戦略にのっとってゴール前に詰めた方が、得点の確率は上がるということです。

最後に、一つ漫画を紹介して、締めとします。映画化もされたのでご存知の方も多いのでは。

原泰久さんの『キングダム』です。最初は「個人戦」「一騎掛け」で戦うことが多かったのですが、最近は「団体戦」「チーム」で戦っています。戦略や戦術がたくさん出てきますので、ぜひどうぞ。というか、物語としても圧倒的に面白いです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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