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歴史からの八艘飛び ~堺屋太一先生追悼~

1、教授室にて

私はドアをノックした。教授は苦手だった。私は地理は好きだが歴史は苦手。なのに単位の関係で、歴史の授業も取らなければいけない。諸般の事情で、この教授の単位は絶対に落とすわけにはいかない。

「入りたまえ」

教授の低い声。自分を『白い巨塔』の大河内教授とでも思っているのかしら。とっつきにくく厳めしい教授は、苦手だった。

「…事情はわかった。実は、他の学生からも、救済措置の申請が来ている。そこでだ、この本を読んで、レポートをまとめて提出すれば、単位を認めることにしよう」

教授は一冊の本を取り出す。私は緊張した。歴史漫画ならともかく、歴史の分厚い本を読むとなると、バイトもデートの時間も削られる。これ以上睡眠時間を削るのはきつい。頭の中でto doのアプリを起動した私の心中を見透かしたように、教授は文庫本を差し出してきた。…薄い!良かった!

堺屋太一先生の『歴史からの発想』だ」

2、歴史はなんのために学ぶのか?

自室に戻る自転車の上で、私はぐるぐると考えていた。

「歴史からの発想…ねえ。地理はわかるよ。実際に『いま』のことだから。飛行機に乗れば地球の裏側まで行ける。実際に行ける。学ぶ意味があるよね。でも歴史の舞台には行けないじゃん。行けないところのことを学んで、何の意味があるの? タイムマシンでもあればいいけど、ドラえもんいないし。高校の先生は『とにかく覚えろ』だけで苦痛だったし…」

私は自室の机の前に座ると、早速に教授から受け取った文庫本を取り出した。彼とのデート時間を捻出するために、一刻も早く終わらせる。

「堺屋太一…。明石家さんま? 元落語家かしら」

3、堺屋太一さんの略歴

私は著者である「堺屋太一」をWikipediaで調べた。著作には著者がいる。当たり前だが、どんな人が書いたのかを知ることで、その本の内容は想像がつきやすくなる。福本信行の漫画なら、だいたいギャンブル狂とアゴのとがった男が出てくるのと同じだ(『銀と金』は、彼の影響で読み始めた。自分だけだと絶対に手に取らない部類の漫画だったけど…)

略歴が出てきた。私は軽く目を通す。このような内容だった。

堺屋 太一(さかいや たいち、1935年~2019年)。日本の元通産官僚、小説家、評論家。経済企画庁長官(第55〜57代)、内閣特別顧問、内閣官房参与などを歴任。また、株式会社堺屋太一事務所および株式会社堺屋太一研究所の代表取締役社長であり、様々な博覧会のプロデューサーとしても活動。
本名は池口 小太郎(いけぐち こたろう)。ペンネームの由来は、先祖の商人が安土桃山時代に堺から谷町に移住した際の名前である「堺屋太一」から採ったものである(堺屋は屋号にあたる)。

…ふーん。元官僚。堺屋太一はペンネームなのね。ま、「偉い人」か。大臣までやってる。しかし、官僚が書く文章って、硬いイメージがあって嫌なのよね。

そう考えつつ、ページをめくる…。

4、歴史はなんのために学ぶのか?の答え

…案外読みやすい。私はそう思った。そういえば略歴のところに「小説家」ってあったわね。モノカキなのか。元官僚らしからぬ文章に、私は惹きつけられていた。

「はじめに」のところに、歴史は繰り返すか否か、がまず書いてあった。

「歴史は繰り返すか、繰り返さないか。歴史は繰り返すといえる要素もあれば、絶対に繰り返さない要素もある」

このような趣旨だ。そりゃそうか。新作ファッションでも、去年と同じものはまず出てこないけど、何十年か周期で繰り返して同じものが出てくるもんね。続けて、その説明が続く。こんな感じだ。

「技術や人口、資源に関する変化は、不可逆的だ。その意味で、歴史は段階的に発展するのであって、繰り返すものではない

「歴史は繰り返す、というのは、異なる状況の中で相似た事件が起こる、ということに過ぎず、その類似性の範囲内で参考になる、という意味だ」

「技術や人口、資源の状況は変化しても、もう一つの歴史の要素である人間の本性は、それほど急激に変わらない。二本足で歩き、食事と睡眠が欠かせない。強欲で怠惰、恐怖に弱い、無鉄砲、自分の利益を正義と信じやすく、他人の評判を気にする反面、嫉妬深い」

…ボロクソに言うてはるな、堺屋先生。まあでも、人間の本性はそういうものかもしれない。私だって、お腹はすくし、寝たいし、新作ファッションを買いたいし、彼に別れを切り出されるのが怖いし、話したこともない教授の部屋に直談判に行くほど無鉄砲だし…と考えて、自己嫌悪になりそうなのでやめた。続きを読んでいく。

「世の中の事象の動きを学び人間性を知ろうとする上で、歴史には大きな利点がある。そこには時代の大きな流れが明確に描かれていることだ」

「現実社会では、情報は常に混乱している。嘘は嘘、誤報は誤報だ。歴史では、世の本流だけが、真に重要なものとして書き出されている

「しかし、歴史が『短縮』され『単純化』されている便利が、しばしば読者に重要な誤解を与えることもある。その一つが、短縮され単純化されているがゆえに、歴史の中に生きた人物の悩みと迷いを十分に伝えないこと。もう一つが、読者は事件の結末を知っているが、歴史の中に生きた人々はそれを知らなかったということである」

「歴史の中で繰り返された人間性を知るためには、歴史に生きた人々と同じ立場に立って、注意深く読むことが大事だ」

…なるほどね。確かに、歴史は「短縮」され「単純化」されている。高校の歴史の教科書は、無味乾燥でそのくせページ数が多かったけど、何千年もの歴史を書いているのにあれだけしかページ数がない、とも言えるのか。「生きた人物の悩みと迷い」なんて書いてなかったもんな。書いていったら、何百冊にもなって、学校に持っていけないから。そのかわり、人間味がなくって面白くなかったんだよね。「そのとき、徳川家康は悩んだ」とか書いてあったら、もっと面白かったのに…。

…でも確かに、徳川家康も関ヶ原で勝つかどうかなんて、わからなかったんだよね。だから勝つための作戦を練って、勝てる確率を高めて、それでも誤算もあって、もしかしたら滅亡するかもという恐怖と闘いながら行動したんだよね。

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「はじめに」を読み終えた私は、意外と歴史に興味を覚えて、次の章へとページをめくった…。

5、提出後にて

…私は教授室を出ると、自転車をかっ飛ばして彼との約束の場所に向かった。ちょっと遅刻か。意外と時間に厳格な彼は、待っていた。

「…遅いよ!」

「ごめんごめん、ちょっと歴史関係のレポートに手間取っててさ」

「歴史? どんなレポート? 俺にも見せてよ!」

「(こいつ、歴史好きだからな…)いいよ。でもその代わり…面白い歴史の漫画、紹介してくれる?

6、まとめにかえて

さて、彼女は「歴女」への道を歩むのでしょうか? それは彼次第といったところですね。

2019年2月、堺屋太一さんがお亡くなりになりました。1935年のお生まれですので、年齢的にはじゅうぶん生きられたと言えるかもしれませんが、橋下元知事と同様に、私も、もっともっと生きていただき、「歴史を学ぶ楽しさ」を教えていただきたかったです。『団塊の世代』など、世を切り取る言葉を作る巧みさは随一の方でした。

しかし何といっても、豊臣秀吉にも通じるような「人間通」の部分が、著作を魅力あるものに仕上げていると思います。私が一番面白いと思う大河ドラマ『秀吉』も、著作である『豊臣秀長 ある補佐役の生涯』が原作です。

この文章は、堺屋太一さんを追悼する意味も込めて、書かせていただきました。よろしければ、『歴史からの発想』をぜひお読みください。「はじめに」を部分的にしか紹介できませんでしたが、おすすめです。『停滞と拘束からいかに脱するか』という副題の通り、停滞・拘束気味の方は、ぜひ歴史を学んで、八艘飛びで抜け出しましょう(もう一度貼り付けます↓)。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


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