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尊敬する人の、尊敬しているところ

今日はいろいろあって疲れちゃったので、前々から書き留めて置きたかったことを綴ろうかと思います。
特に何かの役に立つとか、何かの足しになることは書いていませんので、筆者の日記としてスルーください。

やっぱ最初に挙げておきたいのは親
近年は「親ガチャ」などといった言葉が取り沙汰されるほど、「場合によっては親を蔑ろにしても構わない」という風潮が蔓延っています。いわゆる毒親と呼ばれる、どうしようもない人たちだっていますからね。
わたしだって、その理論に照らしたら、親ガチャ成功とはいえない幼少期を過ごしました。父は昔気質で頑固。躾という名の暴力は日常茶飯事で、うまくいかないことがあればすぐ感情的になって暴れました。母はそれを苦々しく思いつつも許容していました。母は息子を慈しんでくれましたが、現状打破を試みない時点で同罪だと思います。決して裕福じゃなかったですし、いい思い出はあまりありません。でも、父にしろ母にしろ、尊敬に値する美点がありました。それは、どんな場面でも息子を信じてくれたこと。これって大きいですよ。信じてくれているとわかるからこそ、悪いことは絶対できなかったですし、自由な道へ進むこともできました。父の「好きなことをやればいい。オレたちのことは気にしなくていい。その代わりに自分の家族ができたら必ず守ってやるんだぞ」には励まされました。結局、なんだかんだと老後の面倒を見ることになっちゃっていますけど、まぁそれはそれとして。ね。

クリエイティブの道を拓いてくれた上司
2つ目の会社に入って、わたしが上司として仕えた人は、その会社のエースでした。訥々とした語り口なのにプレゼン強者。頭の回転が速く、何事にも鋭いんです。それに、この人が発した言葉や行動の一つひとつは、どれもこれも、怖いくらいに意味があって。他愛もない話なんてのは一切なし。二人きりの時に語ってくれたこと、連れていってもらった場所、体験させてもらった出来事、すべてが後々、次に打つべき一手のヒントになっていました。見習うべきこと多々な人でした。

編集者として仕込んでくれたボス
3つ目の会社の社長のことは、たびたびこのnoteでも触れてきました。モノづくりの楽しさ、自分の可能性の広げ方、格の上げ方、交渉の仕方、今のわたしの仕事人としての素地は、ことごとくこのボスに教えていただいたものばかりです。今でも「こういう場合、ボスだったらどう動くだろう?」と、物事を判断する指針にさせていただいています。

カミさん
現在進行形でホントに感謝しています。仕事上ではたびたび意見を戦わせますし、プライベートでもフツウに夫婦喧嘩しますし、わたしとは相容れない価値観があると時折思ったりもしますが、人間として深く尊敬しています。この人が相棒でよかったです。本人にいったら「気持ち悪いし、私の方は御免被りたいわ」なんて呵々大笑されそうですが、来世で出会ってもできることなら一緒になりたいとさえ思います。

義父
今は亡き、カミさんのお父さんです。この方は途轍もない人でした。皆まで書いてしまうとバレるのでよしときますが、ご自分の死期が近いのを察して、病床に倒れてしまう随分と前から、お義母さんや子どもたちへのさまざまな遺財承継を、人知れず、すべて終わらせていらしたのです。
死後になってはじめてわかりましたが、お通夜や葬儀の手配はすべて完了済。お墓の準備やお寺へのお布施・永代供養料の類いもご自身で支払い済。連絡を取るべき方々はキチンとリスト化され、本葬の後、自宅に集まったわたしたち親族のために、ケータリングでもてなすところまで事前に手配されていました。
粗野にして繊細。これはわたしとカミさんの結婚式で、義父のご友人がスピーチされた時の、義父に対する印象的な形容ですが、いかに義父が残していく家族に思いを致していたかがわかったことで、尊敬の念をより強くしました。男とは、親とは、人間とは、かくあるべき。そう思わせてくださった人物です。

以上、個人的手控え。
お目汚し失礼いたしました。

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