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隠者のカード

人間というのはまことにアンビバレンスなもので。大の子ども嫌いだった女性が自身の出産や育児を機に、よそのお子さんまで猫っ可愛がりしちゃうほど子ども好きになってしまうなど、ガラッと嗜好や性格が変わっちゃうなんてことがままあります。

わたしも昔は即物的で、自分の想像の範囲外にあることに共鳴する気がありませんでした。とりわけ理屈や道理を弁証できないオカルトなどは、話としての面白さは感じるものの、何か、どっかに、そういう不思議な結果になった理由があるやろ、と懐疑の目を向けていました。
信じていないということではないんです。けれど、例えば風水や占術は統計学で説明できなくないし、心霊現象は受け手の心理状態に魔が差してできた幻想のようなもんかもしれないし、虫の知らせもそれまでの情報の蓄積に対する総合判断分析が働いて、何か悪いことが起きちゃうかもという結論に、無意識に至っただけだと考えていました。

とある分野の情報誌で、毎号何人かのクリエイターさんの作品と人となりをご紹介する企画がありました。全国からやってくる若手クリエイターさんがスタジオに集い、その場で造形作品を創りあげ、撮影をしながらお話を伺うという流れです。作業を終えられた方々は、他の作家さんたちの手仕事が気になるようで、ご自分のパートが完了してもスタジオに残られていました。

その中でお一人、手相やタロットに詳しい方がいましてね。作家仲間さんたちの間でも占いが当たる!と有名な方だったみたいで、わたしもお昼休みにみていただいたことがあります。インタビューを前に距離感を詰めておきたかったので。

「あぁ、いい手相ですね。線がハッキリしてて強運の持ち主です。もちろん、このスタジオにいらっしゃるのはプロフェッショナルな方々ばかりですし、皆さんいい手相ですけど、それでも群を抜いています。両手にマスカケ線があって、神秘十字やら、親指の仏顔相やら、これもう豪運の域ですよ〜」

なんだかこそばゆいなぁ。褒めたって嬉しくねぇぞ!って、ワンピースのチョッパー並みに照れ笑い。で、その方はちょいと気になるからと、タロットもみてみましょうか、とおもむろにバッグからカードを取り出しました。

「パーソナルカードは『隠者』ですね。一般的には高い精神性、悟りを表わすカード。きっと、真理を探究する欲求、思慮深さ、洞察力の高さに優れています」

その方は、カードの絵柄を指差し「この人物が隠者なんですけど、右手にカンテラを持っているでしょ? そして左手には権威を象徴する杖。進むべき道を照らし、指導的な立場であるという意味があるので、人に助言を与えたり、ご自分の究めた何かを後進に指導するのが合ってるかもです」と。

「あるいは近い将来、何かを教える立場になるのかしら」

実はその頃、お取引のある企業さんから有志を募り、編集のお勉強会的なセミナーイベントを企画していた矢先だったのです。週末はカリキュラムを考えたり、それらを文章化したレジュメづくりに励んだり、まさに佳境を迎えていました。受講したいという生徒さんも徐々に集まりつつあって、あとは場所をどこにするか決めるだけというタイミング。ドンズバじゃん。

「ただ、この隠者のカード。世間から隔絶して殻にこもり、孤独になるという意味合いも孕んでいます。自分と向き合って理想を追い求めていくタイプなので、アーティストとしてはいいと思うんですが、会社の社長さんとしてスタッフを引っ張っていかれるなら、人の話にも耳を傾けたり、コミュニケーションをおろそかにしない姿勢が必要だと思います」

なるほど。そこは確かに不得手かも。初対面の方に見事なまでに見破られてて、わたしの性分をよくご存じのカメラマンさんやアシさん、スタイリストさん、ヘアメイクさんなどが、あちこちでクスクス。そこまでキャッキャウフフ盛り上がらんでも……。

まぁ、上述のように、ググればネットに出てくるよな通り一遍の話ばかりでなく、もっとあれこれ深い分析やアドバイスをいただいたりで、興味が尽きなかったんです。まぁとにかく当たりまくり。この仕事は撮影や取材が終わると、いつもそのままスタジオを会場に打ち上げのようなパーティに突入するんですが、そこに至ってもお喋りばかりしてました。

物質的な執着を持たない。得たものは惜しみなく与え手元に残さない。問題意識が強く納得のいく答えを探究し続ける。時に意見の合わない人と対立し、世を儚んで孤独に逃げる。あえて困難な道を選び、裏方の仕事で本領を発揮する。そして、クスクスは続く。
う〜ん、あらためて考えてみても全部当てはまる。

まぁ、だからなんだよっていう話ですが。人との出会いでガラッと価値観が変わっちゃうこともあるということです。ひたすら進むべき道を進んでいったその先に、なんらかのゴールが見えてくるといいんですけどね。

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