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未発売映画劇場「霊界大混線」

江戸木純の名著「地獄のシネバトル」で紹介されて一部で有名になった、香港製ホラー「アグネス・チャンの香港大怪談/ひなげしのキョンシー」という映画があります。

アグネス・チャンが香港で出演したホラー映画を、他の映画会社がまるごと買い取って、自分たちで独自に撮影した忍者とキョンシーのバトルアクションを勝手に付け足し、「Vampire Raiders : Ninja Queen」(1987年)という映画に仕立て上げ、それの権利を日本のビデオ業者が買い付けたものの、発売直前にアグネスサイドからクレームがついてオクラ入りになったものだとか。ご存知のかたも多いでしょう。

けっきょく日本では幻になったその作品、いまはなぜかYou Tubeなんかに全編が流出していて、見ることができます。勝手に付け足した部分も相当なレベルのシロモノだし、全編英語に吹き替えられているのでものすごく変な感じ。言ってしまえば、「聞きしに勝る怪作」で、興味のある人は見てもいいけど、責任はとれませんよ。

ということで、「Vampire Raiders : Ninja Queen」こと「ひなげしのキョンシー」もけっこうなレア作品ではあるのですが、そうなるとその大元になった香港製ホラーが気になるもんです。われながらしょうもない悪癖だけどね。ちょっと調べてみました。

はい、その作品は「黐鬼線」というタイトルで、1984年の作品でした。「黐線」というのは電話の混線のことを言うそうで、「鬼」は幽霊のことなので、だいたいの内容は想像がつきますね。英語タイトルも「Mixed Up」です。

「ひなげしのキョンシー」に使われているのは、「黐鬼線」全体の半分くらいと思われます。そこで、そこから「黐鬼線」の全体像を類推してみました。

アグネスをはじめとする3人の娘は、ホテルの電話交換手。彼女らが、電話の混線でたまたま聞いてしまった電話の会話から奇怪なトラブルに巻き込まれるというのが、ざっくりしたあらすじ。その混線で聞いた情報をもとに、彼女たちは大金持ちの命を救います。お礼として招かれて、ボーイフレンドとともにボートでクルーズに出かけると、その船上で妖鬼にとりつかれた船員たちに襲われてキャーキャーというのが、クライマックス。

といっても、狭い船内でドタバタしたコントレベルの追いかけっこが、延々と続くだけで、怖くも笑えもしないという困ったもの。香港映画のデータベースでも「コメディ」にカテゴライズされている映画なので、全体にこんな感じなんでしょうね。

ただ、深夜の勤務を終えて帰宅するアグネスが、路上で幽霊らしきものとすれちがうシーンなどは、けっこう不気味なムードで、「霊幻道士」などでおなじみの香港製ホラーの凄みを垣間見せてくれます。

ちなみに「ひなげしのキョンシー」で撮り足された部分は、白人のおねえさんが赤忍者に扮して白忍者や紫忍者とともに黒忍者や黄色忍者やキョンシーと戦うという、製作者がどこをどうつなげたら「黐鬼線」につながると思ったのか、よくわからないレベル。

まあ、ショー・コスギの「ニンジャ」(1984年)やサモ・ハンの「霊幻道士」(1985年)のヒット後に作られたモノなのは、一目見ればわかります。オリジナルの「黐鬼線」はニンジャやキョンシーのヒットよりも前の作品のはずですからね。

とはいえ、この「黐鬼線」が正確にいつごろ撮影された映画なのかは、じつはちょっと謎。というのは1984年ごろならば、アグネス・チャンはすでに日本でも香港でもそれなりのスターだったはずで、なんでわざわざ香港でこんな安手のホラーコメディに出演したのか、いまひとつ納得がいきません。

彼女は来日以前の70年代前半には香港や台湾の映画に出ていたそうですが、日本で人気が出て以降は、この映画くらいしか出演映画がないんです。にもかかわらず、なんでこんなモノに? ひょっとしてもっとずっと前の作品なのか? 

でも写っているアグネスは、アイドル時代のそれではなく、ずっと年上に見えますねえ。もともと年齢不詳な感じのアグネスなので、この映画のアグネスが何歳くらいなのかは見た目からは判別不明ではありますが。

ただ、劇中で不吉なナンバーとして現われる数字が「1997」で、これは香港が中国に返還された1997年を意味しているんでしょう。だとすると、中英交渉で返還が1997年に決まったのは1984年のことですから、1984年製作でつじつまが合う気もするんですが。さて真相は?

どちらにせよ、「黐鬼線」は、すべての権利が売り払われたようで、香港や中国でもソフト化されておらず、現在はオリジナルな形のものを見ることはほぼ不可能だと思われます。ついでに言えば「黐鬼線」を買い取って「ひなげしのキョンシー」を作った会社も火災で原版の大半を失ったとかいうから、もはや「完全なる幻の作品」といって差し支えないでしょう。

アグネス・チャン的には「なかったことにしたい映画」らしいから一安心なんでしょうが、私は残念ですね

これが「ひなげしのキョンシー」だ! イヤハヤ(笑)

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