表紙_02-01

#7 原太一郎さん(青根温泉若大将/川崎町)

誰もが持っている「自分を形成しているもの」
それをゲスト本人に5つ選んでいただき、
どういう人かを紐解いていきます。
7人目のゲストは青根温泉 流辿 若大将 原太一郎さんです。

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五月晴れの爽やかな日、人生で初めて青根温泉へと足を踏み入れる。
自宅から温泉街までの1時間、ドライブがとても心地よい日だった。
道中車窓から見える風景に終始圧倒されながら、心なしかワクワクする気持ちを少し落ち着かせ愛車のJimnyを走らせる。青々と茂った木々のトンネルを抜けると、そこには急斜面に建つ温泉旅館たち。
その一角に今回主役の原 太一郎さんが務める「山景の宿 流辿」がある。

係りの方に案内され、中に入ると忙しそうに業務をこなしながら私を誘導する原さん。
ちょうど日帰り温泉のお客様が帰られる時間だった。

白鳥:忙しいのに、今日はどうもありがとう!
:イヤイヤ、全然だから、全然暇だよ!

私と原さんは高校の同級生、ということで今回のインタビューもとってもフランク。その空気感をぜひ読者の方々にも伝えたいので、あえてこのままの口調で掲載させていただく。

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1、青根温泉


ー父親の背中がカッコ良かった、一緒に働きたいと決心させてくれた存在


白鳥
:では早速、始めましょうか!一番目のパーツ「青根温泉」
原さん(以下原):今となれば自分の人生がこの言葉に集約されていると思いますが大学卒業して戻ってきてからすぐの頃は、今の気持ちは全くなかったんだけど(笑)
白鳥:そうなの!?
:ただ働いてるだけだったかな。今の気持ちに変わっていったのは4、5年くらい前から。
白鳥:大学卒業してすぐにここで働き始めたのだよね?ということは10年近くは気持ちが乗っていなかったの?
:そうだね、長いね(笑)8年ぐらいにしておきたいね(笑)
白鳥:本気で向き合うようになったきっかけは?
:4、5年前に青根温泉旅館組合の組合長になったことがきっかけ。いい加減、本気でやってみようと思い始めたのかな。街にも貢献したかった、小さい街だしね。
白鳥:10年経てね(笑)
:(笑)
白鳥:旅館は家族経営?
:そうだね、基本的に一番上の姉が切り盛りしてくれている。すごいでしょ、この年になっても四六時中家族と顔合わせてね、よくやってるでしょ(笑)もう慣れたけどね。
白鳥:お父様も現役で?
:父親は僕が25、6歳の時に社長から会長職について、母親が社長へ。僕は専務取締役、専務に取り締まられ役だけどね(笑)

白鳥:原家がここで旅館を始めたのはいつから?
:昔から小さいペンションで旅館業をやっていて、僕が大学生の時に父親が今の場所を買って規模を広げたの。そこからは家族全員で関わり始めた。
昔は親が旅館の仕事してることがダサいと思っていて、人に親の仕事のことを言えなかった。もっと煌びやかなことに憧れがあったから。でも今は楽しくて仕方がないけどね。
実は親と大げんかして、一回辞めようとした事があるんだ。その勢いで別の企業に再就職しようとしたら、電話口で「今、社長が不在なので」と言われたことで、思い止まった。結局辞めずに今もこうして続けている。あの時連絡取れてたら、今ここにはいなかったかもしれないね。
家族経営のいいところは、家族だから喧嘩してもすぐ元に戻れるところかな。何もなかったように接することができる。甘いのかもしれないけどそれが自分にはしっくりきたんだね。 

白鳥:いつ頃から家業を継ごうと思い始めたの?
:大学卒業前に一時帰国した時(大学がニュージーランドだったため)、父親の働く姿を見てここで働こうって思ったんだよね。父親の背中がすごくカッコ良く見えて。父親と働いたら楽しそうだって思った。人との繋がり方も上手な人だしね。

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2、情熱


:これは姉に言われたことなんだけど、「お前のいいところを一つだけあげるとしたら、その”情熱”だ」って。情熱に感情も加わったネチっこいタイプの情熱なんだけれども(笑)
白鳥:簡単に切り離せないタイプの”情熱”だね。
:そうなの!ビジネスでは割り切らないといけない事も多いのに、情熱と感情が混ざり合って上手くいかない事もあるけど。長所でもあり、短所でもある。簡単にいうとわがままなのかな!(笑)猪突猛進型だから、家族が止め役になってくれていて。そういう意味でも家族と仕事できていることは良い事だと思うね。

白鳥:”情熱”が一番の原動力?
:そうだね、これのおかげでいろんな事が出来ているのかもしれないね。僕は「コドナ*」だからね(笑)この情熱で突進するのは、ある種自分の役目なのかもと思ったりしている。

*子供と大人でコドナ、造語

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3、湯神神社


:人生の転機だね、青根温泉を愛するようになれたのは湯神さんのおかげ。
湯神神社は温泉のお湯を守る神様として祀られた神社で、4、5年前に僕が組合長になったことをきっかけに湯神神社の存在を知って、どんな場所なのか見に行ったのが最初の出会いだった。
初めて行った時誰も人が寄り付かない、空気も死んでいる感じ。とにかくボロボロ、建家も柱が倒れそうになっていたし、忘れ去られたような神社だった。小さい子供がいじけて泣き続けているような雰囲気を感じた。それが悲しくて一人で毎日掃除に通って、他の旅館にも声をかけて保全金を募って改修工事をしたり。
掃除をしているうちに、お寺のお坊さんが毎日掃除をするのは何故なのかと考え出して。ある時”これは終わらないものなんだ”って気が付いたの。掃除のやり方を日々考える中で、その行為が自分の人生にも置き換えて考えらることに気がついた。その時々の対応を考え、次にどう行動するのかを。
白鳥:修行だね!
:最初はどうやっていいか分からなかったけど、3週間かかって掃除していたことを、今は
1時間ぐらいでできるようになったりね。掃除することで勉強させられたんだね。
白鳥:学ばせてもらったんだね、素晴らしい出会いだ。
:今は湯神さんにお願いすると100%かな、願い事を叶えてくれるんだ。
白鳥:すごいね、何故だろう?何故だと思う?
:多分願いを叶えたいから、お参りする前にすでに自分自身で行動していることを、言葉にして拝んでいるからもしれないね。拝む時は「叶えてください」という表現はしないようにしていて、必ず「知恵をさずけて下さい」という拝み方をするの。
白鳥:なるほどね、願いは口にしないと叶わないとよく言うし、よき相談相手ってことなのかな
:本当にそうだね。湯神さんとは夫婦のような感覚に近いというか。例えば自分の奥さんが介護が必要になったとして、それを助けてあげる感覚。子供は教えれば自分でできるようになるけど、介護は違うでしょ?そういう感覚なのかな。接客業の延長なのかもしれない。神社がある場所は自分の土地ではないのにね(笑)自分の土地じゃないからこそ、ここまで出来るのかもしれないと思う。
白鳥:今後の湯神神社との関わり方はどう?
:毎日は行けないけれど、いつも想ってる存在で居続けてほしいね。お互いに見守り続けるというか、「お互い様」の存在。

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4、歩く


:「歩く」とは自分の人生を歩くという意味かな。昔は憧れが強くて、憧れた人そのものになってしまいたいと思うぐらい。でもそれは違うと気がついて。自分は自分でないといけない。「歩く」って”少し止まる“と書いて歩くでしょ?だから止まってもいい、僕の性格はむしろ走ってしまうから(笑)自分に焦るなと言う意味も込めて「歩く」なんだろうな。あとは筆ペンで書く自分の「歩く」文字が好きで(笑)人には読めない!と怒られるけど、自分の文字の「歩く」が何故か好きなんだ。

実は4番目のパーツがなかなか思い浮かばなくて、迷走した言葉になってしまった(笑)
いつもそう、前半は調子よくいいことをすらすら言えるのに、後半失速してズタズタになってしまう・・・
白鳥:太一郎らしいけども(笑)ぜひもっと成長するため人生を「歩いて」ください(笑)
:はい、歩きます(笑)

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5、適当

:その時々にあった適合の仕方。人に同調するのではなく、しっかりと自分の意見を持ちつつその時々に合わせた答えの出し方が「適当」だと思う。
人と話すとき、着地点をどこにするかを必ず決めて話すようにしていて。落とし所は決めておく。
「適当」というのはその時々に適して合わせる、だけど目指す着地点以上にはならないようにしているとうこと。
白鳥:すごい、そこまで考えているとは・・・
:考えすぎてしまう弱点もあるのだけれど(笑)

白鳥:最後のこのパーツは、私にとってとても太一郎らしいという印象があって(笑)高校生の時の印象が、悪い意味の「適当」だったの(笑)その印象が今もそのまま残っているの、でももっと進化していたね。
:高校の時の友達はどんなに年数が経っても、話始めるとあの頃に戻ってしまうから、いくら真面目な話をしていても締まらないというか、「お前何言ってるんだ」と思われるような気がして、少し話ずらいよね(笑)
白鳥:こうして深く話す機会もなかなかないから、成長したんだなと、なんでも適当だった太一郎が、今は深く考え行動、立派になって嬉しいです(笑)
では最後の質問、今後はどうしていきたい?
:最終的には青根温泉をテーマパークのような場所にしたい。
また来たい、帰りたくないと思ってもらえるような場所にしていきたい。
あとは子供の声が増えてほしい、観光で来る人の数ではなく移住する人の数を増やせたらと思う。

白鳥:私も微力ながら手伝えることがあった協力するね、今日は本当にありがとう!
:是非是非!一緒に何か出来たら嬉しい!こちらこそありがとうございました!

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終始笑いが絶えないインタビューとなった今回の取材。
思い出話も交えながら、お互いの成長を感じつつ素敵な時間を過ごさせてもらえた。
帰りに「温泉入ってけ!」と温泉まで入らせてもらい、仕事をしにきたのだけれども癒された時間だった。
何かに追われている様な人たちに、ぜひ青根温泉で時間が止まるという感覚を感じてもらいたい。そのくらい何もかもがゆったりとした空間だった。「原 太一郎」という人の持つ優しさも、あの空気作りに一役買っているのかもしれない。

原 太一郎
1982年生まれ 宮城県川崎町出身
青根温泉旅館と県内のフランチャイズステーキ店を2店舗経営する青根温泉「山景の宿 流辿」2代目。高校卒業後、ニュージーランドの大学で経済学を学ぶ。帰国後、家業の青根温泉に就職し日々奮闘する。

山景の宿 流辿 ホームページ http://www.aoneonsen.com/ryusen/

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